第49話 ドリームランド(5)

 イムホテプが室内の椅子に腰掛けた。


「で、朧木さんはなぜこのような場所に来られたのですかな? 現実逃避のためにわざわざここに来たとは考えられんのですがね」

「仕事ですよ。現実で昏睡したままとなった人がいる。それを追っていたら自分の夢からこんなところに。まぁ、あのサキュバスに連れてこられたんですがね。話を聞くに、彼女の背後にはまだ黒幕がいるようですが」


 朧木は壁に背をもたれ掛けさせた。


「なるほど、事情は察しましたがね。わざわざご足労、ご苦労様です」

「それよりイムホテプさん。先ほど、とんでもない事をやってくれたと言っていましたが、それはどのような意味ですか?」

「あぁ、それはですな。サキュバスは来訪者達の性欲処理をしていたのですよ。夢魔も命を奪うまではしなかった。男共はどうやってもここから逃れられませんし、夢魔としてもキャッチ安堵リリースしてやる方が継続的にエナジーをドレインすることができましたからな。双方にとってよりと言う共存共栄の関係だったのですよ。それを朧木さんは倒してしまった。人間の根源的な欲望をかなえるこのドリームランドで、野獣共が野放しになったようなものですよ。知りませんよ? 来訪者達が他の女性の来訪者達を襲うようなことになっても」


 イムホテプの発言は朧木にとっては意外な内容だった。夢魔が人間と相互関係を結んでいる。


「あの流れではそうするしかなかったでしょう。それにしても、その話は少々僕にとっては予想外でしたね」

「この世界の主は人間を生かさず殺さずで飼い殺したいようで。夢の中で食事をすれば、現実でも餓死しないで済むようにもなっておりますからな。嫌な事から逃れて、やりたいことだけやっていられる。ここはやはり真の理想郷のようですぞ」


 イムホテプが自信満々にそう語る。しかし朧木はその意見には反対だった。


「それでも夢の世界に囚われ続けている。それは人生の浪費。無駄に命をすり減らしているようなものじゃないですか」


 朧木の言葉にイムホテプが笑った。


「喰う為に嫌々仕事をして時間を奪われる生活も、無駄に命をすり減らしている人生といえるのではないですかな、陰陽師殿」


 イムホテプの鋭い切り替えし。朧木は反論できずに言葉も返せなかった。


「人には現実でこそ幸せになる義務、責務と言うものがあるのでは・・・・・・」

「それこそ凡庸な思い込みというもの。夢もまた人に与えられたもの。そこで幸せになってもいいじゃないですかね。なにせここには全てがある」

「ここにあるのは欲望を満たす為だけのものばかり。そんなものが、そんなものが良いとは僕には到底思えない」

「価値観の相違ですな。それは仕方ありませぬなぁ。しかし、人々はこちらの側が良いから帰ろうともしないのではありませんかね」

「そういえば僕はそんな人を探しているのだった。学生を知らないですか?」


 朧木ははっとして自分の目的についてを尋ねた。


「学生ならば大勢おりますからなぁ。子供ならばゲームばかりやっているか、図書館で漫画本でも読んでいるのではなりませぬかな」


 イムホテプが思案しながら答えた。


「ではその辺りを探してみますよ。イムホテプさん、お助け頂いてありがとうございました」


 朧木がイムホテプに礼をする。


「ならば、わたくしめがこのドリームランドを案内して差し上げましょうぞ。なに、しばらくここに滞在していたので、どこになにがあるかは大体把握しておりもうする」


 イムホテプが椅子から立ち上がった。


「かたじけない。頼みました」

「あぁ、朧木さん」


 二人は隠れ家を出る事となった。

 ドリームランド中央の飲食店街を迂回するように移動する。この辺りにいる来訪者達からサキュバス退治の件で恨まれているかもしれないからだ。


「図書館もすばらしい場所でしてな。エンタメ重視の小説や漫画がごまんと置いてあるのですよ。いやはや、ここに滞在するだけで一生を終えてしまうやも知れませぬな」


 イムホテプがドリームランドの施設についてを語る。


「それは学業や仕事の合間の息抜きとして楽しむべきものでしょう。娯楽をむさぼる事だけに人生を費やしていては、いずれは飽きてしまうのでは?」


 朧木の疑問にイムホテプが笑う。それは軽快に笑う。むしろ壮絶ですらあった。


「ほっほっほ! 陰陽師殿は人の心が判らぬと見える。堕落していく人間の欲望に限りなどございませぬからなぁ」

「むぅ、そういうものでしょうか・・・・・・」


 朧木には徹底的にこのドリームランドが理解できなかった。一時の夢であれば問題ない。しかし、ここから帰らぬと言うのが理解できないのだ。それでは現実を損なうばかり。


「目覚めなければ、ここも現実と同じ。そうは思いませぬかね?」


 イムホテプの言葉に、朧木は軽く心を見透かされているような気分になった。


「はたしてそうでしょうか?」


 朧木ははぐらかす事しかできなかった。


「さて、その図書館が見えてきましたぞ。あの大きな建物がそうです」


 古いレンガ造りの建物が見えてきた。あるのは娯楽。知識の殿堂ではない。

 二人は建物の中へ入った。そこには所狭しとあらゆる本が置いてある。


「確かに漫画や小説だらけのようですな」

「アニメ化されたものなどは個別シアターに行けばご覧になることが出来ますぞ。陰陽師殿も楽しんで行ってはいかがかな?」

「いや、僕は結構。今は仕事中ですから。それに、ここの図書館は違法に蔵書を集めた物では? ウェブで違法に漫画や小説をアップロードしているのと大差ないですよ、これじゃ」

「おや、痛いところを突かれましたな。確かにここで人がいくら本を読もうとも、作者には一銭も入りませぬなぁ」


 イムホテプの言葉を余所に朧木が図書館を見回していたところ、座席で漫画を読んでいた人物が寝たきりになっていた子供だった。


「やぁ、君。いつからこのドリームランドに?」


 朧木が子供に尋ねた。


「僕? さぁ、こっちに来てからカレンダーを気にしたこと無いから」

「そうかい。現実では君は寝たきりになっているんだ。お母さんが心配していたよ」


 朧木が単刀直入に本題に入る。しかし、子供の反応は朧木が思っていたのと違った。

「やだよ! ここから出たくない! 学校へももう行きたくない! ずっとここで過ごしているんだ!」


 子供はあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。


「むぅ、しかしだね。現に君は昏睡状態となっているんだ」

「そんなの僕の知ったことか! ここがいいんだ! 僕はドリームランドから離れない!」


 明確な拒絶を伴って手が振り払われた。仕方が無いので朧木は引き下がった。


「困りましたなぁ、陰陽師殿。彼らにはこちらの方が住みやすいのやも知れませぬぞ? なにせこちらではドリームランドの人々がちやほやしてくれますからなぁ。どのような人間でも人格肯定してくれる。嫌な事はやらずにいいんだ。あなたは何も悪くないのよ、と」

「むむむ、思っていた以上にこのドリームランドは危険だ!」

「人間とは高きより低きへと流れる者。辛さから逃れて甘やかされる事を望む。それでいながら一丁前に人並み以上の幸せや成功を望む。まぁ、ここまでくると目障りだから身の程を知ってもらいたいくらいではありますがね」


 イムホテプの辛らつな言葉。


「それは少々手厳しすぎますよ。彼らのありようもわからなくもない」


 流石に朧木はドリームランドの来訪者達に同情を覚えた。現実が幸せでないからこちらに入り浸っている事は明白だったからだ。


「はっはっは! 陰陽師殿はその程度には人に理解がありましたか?! いやはや、みくびっておりましたわ」


 イムホテプは笑った。豪快に笑った。それはそれは凄惨に笑った。


「しかし困りましたね。このままでは誰一人僕の話を聞いてくれないでしょう。すると、この事件は来訪者達を説得して解決するのは不可能という事になる」

「ならばこの世界でも壊されますかな? 人の身で可能であるならばの話ですがね。それでも人々が望まぬ事をするという事には変わりませぬが。それでもあなたはこのドリームランドの来訪者達を救いたい、とそう申されるわけですかな?」


 イムホテプの問い。それはこの世界では幸せに過ごしている人々を現実に戻すのか、と言う問いだった。朧木は答えが出せずにいた。


「誰が為の行いか・・・・・・そうか。僕は今、僕の行いに大義を見出せないでいる・・・・・・」


 朧木は世の人々の静謐の為に祈り闘う。それが今、揺らいでいる。その人々はドリームランドにいる事を望んでいるからだ。


「ふっふっふ! それでもあなたは人の為、と偽善をなさいますかな?」


 それは明確な罠。仕掛けられた構図。朧木はイムホテプから精神攻撃を受けていることに気がつかなかった。これは朧木の根幹を揺らしにきているイムホテプの姦計だった。


「・・・・・・たとえ人々が望まずとも、それが人の為にならぬと思うのならば、僕は僕の正しいと思うことをなしえよう」


 朧木は答えを搾り出す。それが本当に正しいのかと自問自答を繰り返しながら。

 イムホテプは人を狂わす。破滅、自滅させるのを得意とする。そうやって踊る人間をあざ笑うような存在だった。まさに邪悪。それは善意を装って行われる悪事。これまでの彼の行いの全てがそうだった。全ては自ら滅ぶように先導する。

妖怪の手先であるイムホテプの正体に朧木は気づいていない。朧木はイムホテプが善良なる人間であると勘違いさせられていた。これまでのイムホテプの計略の全てがそのように仕組まれている。悪意ある存在を身の近くに置く。それがこれほどまでの脅威となっていた。明確に敵意を向けて襲ってくる相手などは怖れるに足りなかった。しかし敵意を隠して善意を装って近づく相手はこれほどまでに危険な相手なのだ。イムホテプには明確な知性がある。それはともすると人を凌駕したかのような邪悪な知性が。その全てが朧木を破滅へいざなおうとする。

 今回のドリームランドは朧木に対して仕掛けられた壮絶な罠。今まさに彼の動機、信念を覆し、狂わせようと牙を剥いてきている。


「その意気や良しと言ったところですかな。ならば吾輩も止めますまい。人の為に人の望まぬ事をする。そんなあなたに敬意を表しましょう!」


 そんな気など微塵も無いであろうイムホテプの言葉。イムホテプは悩み苦しむ朧木の姿を見て愉しむのだ。自己の存在理由すらをも攻撃する怪異の攻撃。それは朧木が知るどんな妖怪よりも狡猾で邪悪な攻撃だった。


「それに、僕はこのドリームランドを作った者の意図をまだ知らない。どんな危険な思想で行われているのかを確認し、必要とあらば止めるまで」


 朧木は明確な答えを出した。それもまた筋道の通った話であった。


「ふむ、それもまた必要な事でありますな。なれば俺の知るこのドリームランドについて、もう一つ重要な施設をご案内いたしましょうか」


 イムホテプはそういうとどこかへ向かって歩き始めた。彼が案内したのはドリームランドの外れの山。そこには大きな神殿が建てられていた。やがて神殿の周りに、白に黒色で星を描いたローブを来た集団が現われる。皆口々に「ドリームランドの主神に祈りましょう!」と声をかけていた。


「イムホテプさん。ここは一体・・・・・・」


 朧木も周囲の異様さをすぐに察知した。


「こここそがこのドリームランドの真の主である主神がおわす神殿であらせられるぞ。朧木さんが知りたかったのはこの存在ではなかったのですかね?」


 イムホテプは神殿に向かってばっと手を広げた。そこにあるのは荘厳なる石造りの神殿。朧木もドリームランドの支配者を知りたかったので興味が引かれた。


「なるほど。少なくとも神を名乗る存在はいるという事ですか。見て行きましょう」


 朧木が神殿の中に入ると、中は大広間となっていた。そこに大勢の人々が集まっている。彼らは一心不乱に神に祈っていた。

 大広間の中心に、大神官と思われる者が立っていた。


「さぁ、皆さん。ドリームランドの神である■■■■■■■■へ祈りを捧げましょう! 神に祈ればどんな願いもかなえてくださる! 愛も幸福も全て! 病気の者はその障害のすべてが取り払われる事でしょう! 苦もなく享楽の全てを与えてくださる全能神に信仰を捧げましょう!」


 大神官が人々に語りかけている。その大神官が語る神の名は、まるでノイズが掛かったように聞き取れなかった。

祈りを捧げているのは来訪者の人々のようだ。誰も彼もが両手を組み、熱心に祈りを捧げていた。

 朧木は神の名が気になった。ノイズが掛かった為に聞き取れなかったが、少なくとも彼の知るどんな神話の神にも該当はしないのではないかと思うような名に感じられた。


「どうですかな、朧木さん。ドリームランドの神はいかなる人間へも救いをお与えくださるそうだ。どんな神話の神であっても、人に何らかの恩恵をもたらす存在。このドリームランドの神もまた、救いなく悩める者達をお救い下さるのだ。尊い存在とは思いませんかな?」


 イムホテプの思惑。それは朧木が新たにした決意への攻撃。ドリームランドの神が善良であるとする事で、朧木の行動その大義名分を奪おうとしているのだ。

 なるほど、朧木は唸った。


「むぅ、その存在を知らないとはいえ、人々への救済を行おうと言う神であると言うのか」

「陰陽師殿が知らないのも無理はありますまい。何せかの神はこの星でももっとも古きモノの一つに数えられるような存在・・・・・・。月に吼える者とも呼ばれる人に叡智を授けし者」


 陶酔したように語るイムホテプ。朧木は名の知れぬ神に言い知れぬ不安を覚えた。


「そんなありがたい神であるならば、現代に名の残る存在であるはずだ。うまく聞き取れなかったが、少なくとも僕の知る範囲の神話にその名は存在しない」

「陰陽師殿が知らぬのも無理らしからぬ事。大々的にその名を知られるような神ではございませんからな。しかし霊験あらたかな神である事は確か。疑いようの無い事実にございまするぞ。ですからドリームランドはこのように人に優しい世界なわけでして」

「・・・・・・少なくとも当事者達にとっては救いになっているわけか」


 イムホテプと会話をしている朧木の元へと大神官がやってきた。


「あなたは名のある術者のご様子。この神殿へどのような御用向きでしょう?」


 大神官は物静かな語り口で朧木に問う。


「僕はこのドリームランドを作った存在が気になったのでやってきた。今のところ世界のありようと神のありように矛盾は無いようだが、一体ここの神はどこの神話由来の神なのですかね?」


 朧木は探りを入れた。出自さえ確かならば気にもかけないのだ。それさえ確認できればよかった。


「ほほう、神を知りたいと申されますか。よろしい。お答えしましょう。ここの神は古くはエジプト地方辺りで奉られておりました。しかし遥か古代にその名は途絶え、人々の口伝のみに名を残す形で今日まで語り継がれております。碑文などからはその名は削り取られましたので、きちんとした遺跡等には痕跡は残っておりませんがね」


 大神官はにこやかな笑顔で朧木に答えた。


「ふむ。エジプトで断絶した歴史の向こう側の存在ですか。しかし、その名が削られるという事はなにかあったはず。それはご存じないですか?」

「ほほう。事象を詳細に分析するお方だ。術者の方は皆そうなのですかね?」


 大神官の言葉に朧木が何か引っかかるものを感じた。


「ふむ、僕以外にもここと訪れた術者がいたのですか?」

「えぇ、少し前に。ここの神についても尋ねていかれました。しかし、我らが神はいかなる者をも受け入れる。特に気にはしませんな。して、碑文からその名が削られた意図については詳しくは知らされておりませんが、我々が知る範囲ですと古代エジプト第十八王朝の時代にファラオであるアクエンアテンが行ったアマルナ改革、ご存知でしょうか?」

「むむ、寡聞にして知らず。ご教示いただきたい」

「アクエンアテン王は宗教改革を行いました。それは彼が崇拝するアトン神こそが至上とし、旧来のエジプト神を排斥するようになりました。その時に我らが神は排斥され、信徒は弾圧を受けました。そしてその神の名は崇める事が無いようにとあらゆる一切合財の碑文よりその名が削り取られました。この説明でご納得いただけましたかな?」

「むぅ、確かにエジプトではファラオの名などが削られるという事があるというのは聞き及んでおりましたが・・・・・・」


 朧木は大神官の話に特に異論を挟みこむような点はないように思えた。


「陰陽師殿。大神官様のいう事は間違っておりませぬ。アクエンアテン、またの名をアメンホテプ4世。そのファラオがやったことは後世に伝えられておりまするからな。気になるならネットで調べられるがよろしかろう。少なくとも、このわたくしめも知っている話でございまする。そしてここの神の名は、吾輩がまだ中東にいた頃にその名は聞き及んでおりました。ゆえに小生も知っているのでありまするよ」


 イムホテプが大神官の話を補足した。


「わかりました。その話、信じましょう。いまひとつ。その神を信望するあなた方が、今の時代で救済活動を始めたのはなぜなんです?」


 朧木は納得がいかないもの、気がかりなものはこの際一気に片付けてしまうつもりのようだ。


「我らは故郷より離れ、遠くこの島国にやってきましたが、ここは八百万の神がいる国という事。我らが神も客神として奉られる様に、こうして我々が動き始めたのですよ。見ましたか? このドリームランドを訪れた人々のなんと幸せそうなことか! 辛い現実から逃れ、この地で平穏に暮らしているのでありますよ。我々としてもお助けする事ができて光栄にございます」


 なるほど。その目的とドリームランドのあり方にも矛盾はない。慈善活動で行っていると言われれば、確かにそうですなと答えられる。

 朧木はしかし警戒を解いてはいなかった。サキュバスの件がある。夢魔は黒幕の事を匂わせていた。そしてこのドリームランドは夢魔の力を借りていたのだ。夢魔の存在さえなければ大神官の話も信じていただろう。ゆえに朧木は教団の上っ面には納得だけして見せる姿勢を示すことにした。この教団も西洋の妖怪達と示し合わせていないと言う保証は無いのだ。


「わかりました。あなた方のいう話に嘘偽りがない事も。その救済活動には完全には同意しかねますが、しかしあなた方の意向はわかりました」


 朧木の言葉に大神官がにっこりと笑う。


「信じていただけましたか! では一つ、術師殿もこの神殿で神に祈られて行ってはいかがでしょうか?」

「ふぅむ。それは辞退しておきましょう。僕は日頃諸天善神には祈りを捧げております。そのカテゴリにここの神が含まれるならば、日頃から祈っているのと同じ事」


 朧木はしまったかなと思った。少々言葉に棘があった。これではここの神は諸天善神には含まれていないのではと言っているようなものだ。しかし、大神官は気を悪くした様子はなかった。


「なるほど。あなたにはあなたの祈る神がいるわけですからな。無理強いは出来ますまい。しかし、この神殿は万人に開かれておりまする。悩める事がありましたら是非お越しください。我らが神は寛容ですから、いかなる者をも受け入れましょう」


 大神官はぺこりと頭を下げて去って行った。

朧木は秘めたる敵意を気取られなかった事に安堵した。今はまだ黒幕の姿が見えていない。末端の人間と争うつもりはなかった。


「陰陽師殿。納得いただけましたかな?」


 イムホテプが朧木を振り返った。


「なるほど。このドリームランドのおおよその事は理解しました。世界を造りし神の存在も。全ては慈善事業で行われていると言うのであれば、訪れた人々が望まぬ限りは僕にも手出しできそうにありませんね」

「その通り。いかがなさいますかね?」

「一旦僕は帰ることにします。現実でどのくらい時間が経過したかもわかりませんしね」


 朧木は神殿を出てゆく。


「ふっふっふ。ワタクシはもうしばらくここに滞在いたしましょう。案外ここの生活も悪くはないですからな」


 朧木はちらりとイムホテプを見ると神殿を後にした。

 そのまま元来たトンネルへと向かう。しかし、そこには出口はなかった。


「・・・・・・? おかしいな。確かにサキュバスの案内でここから入ってきたはずだが・・・・・・」


 朧木の目の前には岩盤があった。トンネルはない。朧木はドリームランドが明確に人を捕らえておこうとしていることに気がついた。・・・・・・そこに僅かな悪意を感じる。

 朧木は一度岩盤を振り返ると、そのままドリームランドへと戻って行った。

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