第27話 恋愛成就の呪い 後編
女狐CLUBでパワフルな女幽霊とであった翌日。朧木はジュリアに頼まれた女の子のアパートを訪れていた。
質素ながらに整理された部屋。ただしカーテンは締め切ったままだった。現れたのは青い顔をした女性。
「僕は女狐CLUBのジュリアさんに君のことを頼まれてやってきました。都内で陰陽師もやっている探偵の朧木良介と言います」
「ジュリアさんからお話は聞いてます。何でも色々な事件を解決されている凄腕とか」
「凄腕だなんてそんな。僕は僕にやれるだけのことをしているまでです。それで、今回は何があったんですか? 御話を伺ってもよろしいでしょうか」
女性は居住まいを正した。
「はい。朧木さんは最近噂の運命の相手を知る魔術というのはご存知でしょうか」
「えぇ、聞き及んでいますよ」
「では詳細の説明は省きますが、私もあの魔術を試したんです。ちょうど深夜0時。洗面器に張った水の上に男の人の顔が浮かんできました。その人は知っている人物だったんで、『あっ』といいながら口を開いてしまったんです。そうしたら咥えていた針が水面に落ちてしまいまして・・・ちょうど水に映った男性の左目の辺りに落ちてしまったんです。そうしたら水の色が血の様に真っ赤になってしまって・・・・・・」
「ふむ・・・・・・その時の水はいかが致しました?」
「気味が悪かったんで捨ててしまいました。あれがあったほうが調査はしやすかったでしょうか?」
「まぁ、見てもわからない事もあるかと思いますがね。それでそれからどうなりました?」
「私には特に何もなかったんです。ただ、ある日事件が起こりまして・・・・・・その・・・・・・水に映っていた男性が事故で左目を失明してしまったんです。私、驚きました。あの時水面に針を落としたときも左目の辺りでしたし、もしかしてこれは何か関係があるのでは? と思ってしまって・・・・・・それからは気分が悪くてずっと仕事も休んでいました」
「それは無理も無い。しかし災難でしたね。むぅ、偶然と片付けるにはいささか難しいか」
「はい。それはもう私も気になっていたんです。あれが私のせいなら私はどうしたらって思い続けまして」
「関連性は今のところわかりません。ですが、この魔術が危険なことだけははっきりと感じました。今までそんな噂の話は聞いた事がない。この魔術を広めた人物にきちんとした話を聞いた方がいい。由来や出自がわかればもしかしたらと思います」
女性が困ったような表情をした。
「私も噂で聞いただけでして・・・・・・ただ、この魔術。ある繁華街の占い師が広めたのが元になったという噂も聞いた事があります」
「占い師? ふぅむ。占い師の中には本物の魔術師がやっているものもいる。もしかしたらありえるかもしれませんね。僕はその占い師を探してみる事にします。あなたはひとまず体調を戻す事に専念した方がいい。後のことはお任せください」
「わかりました・・・・・・。何かわかった事があったら教えてください。もし私が原因だった場合はあの人に償いたいんです・・・・・・」
女性はぺこりとお辞儀をした。ただ、その表情はまだ晴れない。彼女を安心させねばなるまい、朧木はそう思った。
朧木は女性のアパートを後にする。いかんせん手がかりが無い。繁華街の占い師というだけで探さなければならないのだ。だが、ふと思い立った。噂話として流れているというのなら、ネット上にもどこかに記録が残っているのではないかと。
朧木はスマホでインターネット検索を行う。件の噂話の出所を検索したところ、該当しそうな情報があった。ある占い師が広めたという。
キャシー梅田。それが占い師の名前だ。渋谷道玄坂のラブホテル街付近に占いの館を構える実力派といわれている。
朧木は早速占いの館を目指す。店名は知れていたので、探すのはそう手間ではなかった。だが、店には長蛇の列が並んでいた。朧木もキャシー梅田に会うために、女性客だらけのその列に並んだ。男性客はいてもカップルの片割れ。男一人で並んでいるのでとても目立つのであった。
「うーむ。なんとも気まずい・・・・・・だがこうせざるを得ないな。ここまで繁盛しているという事は占い師としての力も一流なのだろう」
待つこと二時間。ようやく朧木の番が回ってきた。レースの垂れ幕の中に入ると一人の女性が座っていた。ローブで身を包んでいて、顔にもヴェールが掛けられているので素顔は判らない。テーブルの中央にはとても大きな水晶の玉。いかにもな占い師の姿をしていた。
「あら、男性一人の客とは珍しい」
「ははは、ちょっと恥ずかしかったですよ」
朧木の目にはキャシー梅田は魔術師の類には映らなかった。水晶玉も普通のものである。
「それで、今日はいかがな事を知りたいのかしら」
「そうですねぇ。たとえば・・・・・・運命の相手とか」
朧木はとりあえず話をあわせる事にした。何を聞いたものかと思ったが、ここに来る客の大半の目的であろうことを聴いてみることにする。
「お任せあれ! ナンダーラヘンダーラー・・・・・・」
占い師が水晶玉の上で手を左右する。特に水晶玉に何かが映るわけでもない。
「あら、あなたは既に運命の相手と出会っているわね。身近にいるんじゃないかしら。・・・・・・タイミングを逃さない為にも積極的にアプローチはかけるべきね」
当たり障りのない事を言われる。だが、ふと朧木はついさくらの事が頭をよぎった。他に普段から関わっている女性は魔紗ぐらいか。他に思い当たるとすればジュリアくらいだ。・・・・・・意外と思い当たる節はあるのであった。だが、どの女性ともそんないい関係ではない。
「ふむ。・・・・・・実は最近女性の間で噂の、運命の相手を知る魔術というのが気になりまして。キャシー梅田さんがその始まりの人であるという噂を聞いて今日は来たんですよ。その話を詳しくお聞かせ願えないでしょうか」
「あら。あなたもあの噂を聞いてきたのかしら。ええ、良いわよ」
「やり方は既に有名なんで大丈夫です。その魔術がどういった魔術なのか知りたくてですね」
「へぇ、そんな事気にする人は今までいなかったはね。効果はあるのだからそれでいいんじゃないかしら」
「得体の知れない魔術は怖いじゃないですか。だから背景だけでも教えていただけたらなと思いましてね」
「背景といわれてもねぇ。ちょっとお待ちになって」
キャシー梅田はテーブルの下から古びた本を一冊取り出した。・・・・・・どうも魔術書であるようだ。朧木の目にも本物であると見て取れた。表紙には謎の文字がびっしり書かれている。
「へぇ、本格的な魔術の本をお持ちなのですね。・・・・・・その表紙。人皮装丁本なのでは?」
朧木はついうっかり踏み込んで尋ねすぎた。一目で人皮装丁本かどうかを見破れるようなものは一般人にはいない。
「・・・・・・あなた、もしかして本物の魔術師かしら。何の御用? もしかして私の人気を探りに来た人?」
「あぁ、申し送れました。僕は陰陽師をやっているものです。職業柄占いにも通じていて、それで昨今有名な占い師の技とはいかがなものかと思いましてね」
朧木は自らを明かしつつもこの場を訪れた本当の動機は隠した。だが、朧木は既に警戒域に入っている。人の皮で表紙を作るような魔術書がまっとうなものである確率は低い。そしてその話をしてもキャシー梅田に驚いた様子はない。どうも承知の上で使っているようだった。
「そう、ある意味同業者ってわけなのね。なら自分の商売道具をさらけ出すような真似は出来ないわね。お引取り願えるかしら」
キャシー梅田に警戒される形となった。
「それがそうもいかないんですよ。その魔術に危険性が示唆されましてね。僕はその調査を行っているんですよ。あなたはその魔術の危険性をご存知なんですか?」
「危険性って何よ。広めたのは運命の相手を知る方法じゃない」
どうやらキャシー梅田は危険性を知らずにその魔術を広めているようであった。
「あなたの魔術の呪いで失明した方がいるんですよ。これを黙認するわけには行かなくなりました。あなたにはその魔術を使わないように周囲の人達に伝えてもらいたい!」
キャシー梅田はぱたりと本を閉じた。
「私の人気に嫉妬しているわけ? いまさら止めるわけないじゃない。この魔術のおかげで私は有名になれたんですもの・・・・・・」
キャシー梅田がパチンと指を鳴らした。浪人笠を被った影法師が現れる。
「こいつらは・・・・・・あなた、妖怪と繋がりがあるんですか!」
「本当に色々と御詳しいのね。それがあなたの命取りよ。お前たち、やっておしまい!」
影法師が抜刀し朧木に襲い掛かる! 朧木は座っていた椅子を盾に後退する。狭い室内では思うように動けない。その間にキャシー梅田は逃げ出そうとしていた。
「逃がすか! 月魄刃!」
朧木の立てた人差し指と中指の間に、青白い三日月の刃が現れる。そしてそれはキャシー梅田の行く手をさえぎろうと飛び交う!
「きゃあっ!」
キャシー梅田は驚いて本を取り落とすが、そのままに這いつくばって一目散に逃げ出した。後を追おうとする朧木の行く手を影法師達が遮る!
「影法師め、邪魔だ!」
しかし朧木は徒手空拳である。刀を持った相手には分が悪い。朧木は座っていた椅子を担いで影法師に向かって投げ飛ばす。
影法師は椅子を刀で払おうとするが、椅子に刀が食い込んだ。そこにすかさず朧木が跳び蹴りを放つ。ドカッと吹き飛ぶ陰法師。
影法師はよろよろとしながらキャシー梅田のあとを追って撤退して行った。無手でも影法師に後れを取るような朧木ではなかった。
「むぅ、逃がしたか。しかし・・・・・・」
朧木は床に落ちていた魔道書を手に取った。この魔道書の内容を解析すれば魔術の正確な情報もわかるであろう。
所変わってそこは暗いビルの中。朧木から逃げ出してきたキャシー梅田が札束を手に逃げる準備をしている。どうやらこれまで溜め込んだ金のようだ。と、そこにキャシー梅田の携帯に電話が掛かってきた。
「・・・・・・はい。先生、本日は陰陽師を名乗る男が現れました。先生から預けられているあの影法師のおかげで何とか逃げおおせられましたわ! ただ、先生から頂いていたあの魔術書はなくしてしまいまして・・・・・・」
キャシー梅田は不安だった。電話の主から与えられていた今の自分の拠り所となっている魔術書を置いて逃げてきてしまったのだ。だが、電話の主はどうやら気にしてはいないようであった。
「・・・・・・はい、はい。そうでございますか! 先生にそういっていただけますと私も助かります。ええ、今回の目的はどちらにせよ果たせそうだと? 私が先生の御手伝いをできていたのであれば幸いでございますわ!」
キャシー梅田は上機嫌だった。どうやら電話の主に褒められたらしい。
「今回噂に上がっている魔術の事ですか? あぁ、あれは本来であるならば災いをたらす運命の相手を事前に知る魔術でございますわ。酒癖が悪かったりギャンブル癖があったり、DVをするような相手と結婚する運命にある女性が、その運命を先に知り『呪い』で相手を撃退する魔術、でございましたか。ですが、そのような陰気な魔術では幅広い女性の支持を獲得するのは難しいと判断しまして、良縁の運命のある相手を知る魔術として広めましてよ。一度は結婚まで行くのですから少なくとも思うところのある相手のはず、と読みまして・・・・・・えぇ、わたくし、そのように致しました。・・・・・・えぇ、でかした、と先生に言ってもらえて私も光栄ですわ!」
キャシー梅田は客に嘘をついて魔術を広めていた。当然相手を害する目的の魔術である事は知っていたのだ。
「えぇ、えぇ。何でございましょうか? 人を呪わば穴二つ、というこの国の俗信が本物かどうかを試すですか。どういったお話なのか全く見えませんが・・・・・・ええ、確かにあれは相手を呪う魔術でございますので、魔術を用いた女性は何らかの罰が与えられてもおかしくは無いでしょう」
キャシー梅田は困惑している。電話の主の意図が読めないようであった。
「・・・・・・はぁ、ウィンチェスター・ミステリー・ハウスでございますか。サラ・ウィンチェスターが霊媒師に言われて増築した家、左様でございますか。霊障を避けるために・・・・・・ウィンチェスター家が代々製造してきた銃のせいで大勢の者を死に至らしめた為に受けた霊障にございますか。世の中には色々な禍があるのでございますね。それがいかなる意味をもたらすか、でございますか。・・・・・・はぁ、なるほど。霊障は引き金を引いた相手だけに起こるとは限らない、と。なるほど、教訓的な話になるのでございますね・・・・・・えぇ、それがいかがいたしまして?」
・・・・・・やがて電話は切られたようで、キャシー梅田は携帯電話から離れた。
「最後の話の意図が全くわかりませんが、はてさて。先生のお心はわたくしにははかりかねますわ。しかし、わたくしに栄華をもたらしてくれた事は確か! ほっほっほ、いずれはテレビ出演も果たし、もっともっと有名になって見せましてよ!」
キャシー梅田は札束を手に高笑いした。・・・・・・と、その時である。ぽたり、ぽたりと札束に赤い液体が落ちる。・・・・・・それは血であった。
「えっ、なに?」
それはキャシー梅田の額から流れ落ちる血液。ぽつり、ぽつりとキャシー梅田の肌に針で空けたような穴が空く・・・・・・。
「痛い、痛い! なに、なんなのよ!?」
流れ出る流血がキャシー梅田の視界をふさぐ。キャシー梅田は札束を床に落とした。
「あっあっあっ・・・・・・」
キャシー梅田は床に崩れ落ちた。・・・・・・ぽつり、ぽつりと体に針を刺した様な穴が開いていく・・・・・・。
朧木は翌日にキャシー梅田の行く手を知る事となった。だが、それは事件としてだ。
「キャシー梅田が自宅で怪死しただと!?」
それは朧木にとっても衝撃だった。ニュースで占い師のキャシー梅田が謎の死を遂げたと伝えられている。死因は出血多量。全身を針で刺したかのような傷が元で死亡したらしい。
「良介、どうしたかいね?」
猫まんは朧木の様子がおかしい事に気が付いて声を掛けた。
「昨日取り逃がした占い師が自宅で殺されていたらしい。・・・・・・いや、他殺かはまだはっきりとはしていないが、どうもそうとしか思えん死に方だな。まるで拷問にでも掛けられたような・・・・・・」
朧木は驚愕している。
「ふぅむ。それは困った事になったねぇ」
「影法師を連れていたから背後に妖怪がいるのは間違いなさそうなんだが・・・」
「地獄に落ちた人間どもの成れの果てかいね。それはろくな妖怪じゃあないだろうねぇ」
「昨日その殺されたキャシー梅田が所有していた魔道書を手に入れてきたんだ。こいつをみてくれ。僕には読めない字で書かれている」
朧木はテーブルの上に昨日手にした魔術書を置いた。猫まんがテーブルの上に乗って本を覗き込む。
「これは・・・・・・ラテン語だねぇ。昔ゆえあってラテン語の本も読む機会があったから少しは読めるよ。表紙に書かれているラテン語は特に意味を成さない言葉の羅列だねぇ」
「ふむ。ロレム・イプサムというやつか」
ロレム・イプサム。無意味な言葉や関係の無い文章をダミーとして記述する、デザインとして評価する為の表現技法。内容を評価する必要は無い為、全く無関係の文章等が用いられる。
「そんなところだろうねぇ」
猫まんはぺらりとページをめくった。怪しげな図等の出てくる本だった。
「中身ははやり魔術に関するものかい?」
「索引をみるとそのようだねぇ」
「猫まん。その本の中に運命の相手を知る魔術というのはないかい?」
猫まんはぺらりぺらりとページをめくる。
「・・・・・・そんな面白そうな魔術は無いねぇ。どれも禍々しいものばかりだよ。・・・・・・似たようなので、悪しき運命をもたらす結婚相手を事前に知り、呪う魔術なんていうのがあるねぇ。なんでも針を口に咥えて水面を眺めるのだとか」
「それだ! なるほど。知るだけでなく呪う技法だったのか。だから運命の相手が失明した女性は本来の使い方をしてしまったのだな・・・・・・なぜ女狐CLUBに関わる女性ばかりが運命の相手を知る事が出来るのかわかってしまったな・・・・・・彼女らには不幸な事だが」
「良縁を知る方法ではないようだからねぇ。悪縁を知り、尚遠ざける魔術、というよりも呪術だねぇこれでは」
猫まんは魔術書を閉じた。
「実践魔術であるのはわかった。確かにこれは危険だな。なんとかこの魔術の噂を封じられないだろうか・・・・・・」
「難しいだろうねぇ。少なくとも一度は結婚を考えるような相手が現れるのだもの。まっとうな恋愛のおまじないと勘違いをする子が多発するだろうよ。・・・これは社会に与えられた呪いの様なものだねぇ。人間も本当に度し難い」
猫まんはいやだいやだといってテーブルから降りた。
「悪い運命の相手でも知る事ができる・・・・・・一応効果的な魔術ではあるから、本当のことを広めても無くなりはしないか・・・・・・」
「そうだろうねぇ。それはそれで需要はあるだろうからねぇ」
「この本も何らかの形でキャシー梅田の手に渡ったようだが・・・・・・背後に妖怪の気配がある。まだ黒幕ははっきりとはしていない。このままで終わるとも思えないな」
「困ったものさね。悪さする妖怪もいなくなる事はなさそうだよ」
「ふぅむ、この魔術、丼副君にも本当のことを話せないぞ。これはこれで彼女は食いついてしまうだろう」
「あの子も困ったものだからねぇ」
猫まんは笑っている。だが朧木は真剣そのものだ。
「しかし困ったな。今回相談を受けた女性に本当のことを話したものだろうか・・・・・・。かえって気にしてしまうかもしれんが・・・・・・。ふぅむ。被害者に償いたいとも言っていたが、本来は良縁ではない相手。あまりお勧めはできないのだが・・・・・・」
「どちらにしても事故は起きた。ならばきちんと話はしておくべきではないかねぇ」
「・・・・・・ありがとう、猫まん。僕の考えも纏まったよ」
朧木は意を決したようだった。
ともかくその日はとんでもない始まりだったのだ。だが朧木には更なる運命が待ち受けていた。
お昼過ぎとなった頃である。さくらはまだ出社していない。猫まんもいない。ヴォルフガングもいない。朧木だけが事務所にいる時に訪れた。パトカーのサイレンの音が外から聞こえる。どこかで事件でもあったのかと朧木は思った。
と、コンコンと玄関をノックする音。
「はい、ただいま参ります」
いないさくらに変わって朧木が来客を出迎えに行く。玄関を開けた先にいたのは・・・・・・いかつい刑事達だった。
刑事は警察手帳を見せながら室内に入ってきた。
「私は近くの署の者ですが、朧木良介さんですね? たまに署のほうで捜査協力を頂いていると伺っています」
「はいそうです」
朧木の知り合いの刑事ではなかった。刑事課も広い。朧木も刑事全員の事を知っているわけではないのだ。
「失礼ですが、昨日朧木さんはどこにいらっしゃいましたか?」
刑事の表情はとても固い。
「どこ・・・・・・と申されましても・・・・・・」
「でははっきりと伺います。占い師のキャシー梅田さんが亡くなっていた事件についてはニュースでもご存知でしょうか」
「えぇ、拝見いたしました」
「朧木さん。そのキャシー梅田さんの占いの館に昨日訪問していませんでしたか?」
朧木は確かに訪れていた。
「はい。確かに訪れていましたが・・・・・・」
刑事の目が鋭く輝く。
「朧木さんはその占いの館で大暴れしたとか・・・・・・キャシー梅田さんが占いの館からいなくなる直前にあなたが占いの館から出てくるところを目撃した女性が複数います。建物の防犯カメラにも確かにあなたが出てくるところが映っている」
朧木はしまったと思った。確かに大立ち回りをしてしまっている。その翌日にキャシー梅田が死んでいたのだ。真っ先に嫌疑がかけられていてもおかしくは無い。
「それは・・・・・・」
朧木は咄嗟にうまく説明できずにいた。
「朧木さん、署まで同行願えますでしょうか?」
刑事が有無を言わさぬ口調でそう言った。朧木にとっては蒼天の霹靂。だが十分に理解できる話であった。
「・・・・・・わかりました」
朧木はおとなしく捜査協力に出るのであった。
長年色々な人間たちが出入りして来たのであろう警察署の取調室。無機質なデザインで飾り気の無い壁と机。机に置かれたライト。その机を挟み込んで刑事と朧木が座る。
刑事がドン、と机を叩いた。
「お前がキャシー梅田をやったんだろう! とは言いませんよ。あぁ、おどろかせてしまってすみません」
よくある刑事ドラマかと思うような始まりだった。
「いや、さすがにそこは驚きますよ!」
雰囲気に驚かされるし、いきなり事情聴取ともなれば尚の事だ。
「ですがね。朧木さん、あなたなぜ自分が疑われているのかはわかりますでしょう?」
刑事はいかつい顔をしていて何を考えているのか読みづらかった。
「確かに僕は占いの館を訪れましたよ。そこでキャシー梅田さんとも揉めました。その時に椅子を一つ壊したくらいですよ。僕がやったことといえば」
「朧木さん、困るんですよねぇ。器物損壊罪、ご存知ですか? 他人の所有物を損壊する事は犯罪であると刑法261条で定められているんですよ」
朧木はまず占いの館の器物損壊の件を咎められていた。
「いやぁ、それにもわけがありまして・・・・・・その場にいた人間の成れの果てが抜刀して切りかかってきたものでして、咄嗟に座っていた椅子を投げて応戦したんですよ。椅子を切ったのは僕じゃなく相手なんです」
朧木の台詞に刑事が困った表情をする。刑事は指先で机の上をトントンと叩いている。
「そのあたりの事情はわたくしにはわかりませんがねぇ。なんですか、人間の成れの果てとは。妖怪とも違うわけでしょう? それに、その場の状況を証明できる人物も証拠も無いわけで。器物損壊罪は親告罪であり、損壊した物の所有者から告訴でもされなければ成立しませんが、キャシー梅田さんが殺害された件はそうはいきませんよ。前日に揉めた朧木さんが真っ先に疑われるのは当然でしょう。・・・・・・ただ、不可解な点も有るため困っているんですがね」
朧木がおや? といった表情をした。
「不可解な点ですか? なんでしょう」
「キャシー梅田さんが殺害されたのは彼女の住居のマンションなんですが、出入り口のセキュリティは万全でオートロックが掛かっており、監視カメラでも不審なものの出入りは無かったんですよ。キャシー梅田さんが時代劇に出てくるような誰かを連れて帰ってきた点以外は」
「浪人が被る笠を被ったやつですか。彼らが影法師。地獄を住処とする人間の魂です」
「あぁー、○特案件だったか。その影法師ってやつがですね。キャシー梅田さんの部屋に入るところまでは監視カメラの記録もあるんですが、出てくるところは無かったんですよ。事件が発覚するまで同じ部屋にいたはずなんですが、影も形も無い」
刑事は非常に困ったような表情だ。あからさまに怪しい格好をしたやつが監視カメラに映っていた。その相手がどうも見つからないらしい。
「それはやつらが異界と繋がる穴を行き来しているからでしょうね。影法師が関わるのは人に害を為す妖怪が絡んでいる証拠です」
「まぁ一応他の超常現象専門家の話をきちんと聞いて見ますがね。朧木さんは今回の件では重要参考人なので、事件の捜査協力を依頼するわけには行きません。わかりますね?」
「それは当然でしょう。僕も疑われている事ですし、それは当然と思っています」
「朧木さんはキャシー梅田さんのマンションへ出入りしたという形跡が残っていないというだけで、特殊な能力のある朧木さんのような方ならなんらかの術か何かで殺害現場へ出入りしたりできたりしないでしょうな?」
「僕は忍者かなにかですか!? 僕は一応魔術師に分類はされますが、そのような術に覚えはございません」
朧木は冗談のような話をしているなと思った。状況はとても冗談を言えるようなものではなかったが。
「朧木さんのような特殊技能所有者ですと、そのような技能がないという立証が必要となるんですよ。どういったことが可能なのかはきちんと取り調べさせていただきます」
「わかりました。僕としても身の潔白は証明したいところ。積極的に協力いたします」
朧木は根掘り葉掘り陰陽道の事を聞かれることとなった。使える術等を全て洗いざらい話すこととなる。その聴取は一時間以上に及んだ。
聞き取りが一通り終わり、一息つく形となる。
「朧木さんには以前も別件で捜査協力させていただいている事もあるので疑いたくは無いのですが、これも仕事ですのであしからず。・・・・・・前回は警察関係者にも犠牲者の出た吸血鬼がらみの事件でご協力いただいていたとか」
「えぇ、あれは厄介な魔物が相手でした」
「朧木さんのご協力が無ければどうなっていたかわからなかったと聞いていました」
「そんな・・・・・・僕は出来ることをやったまでですよ。それにあの時の吸血鬼はきちんと捕らえるべきだったと後悔しています」
「警察官の死者も出てしまいましたし、あれは仕方が無かったと思いますよ。その朧木さんの視点で、今回の事件の犯人は何者だと予想されますか? 捜査協力いただくわけではないのですが、興味本位で伺いたく」
刑事が真剣な面持ちで朧木に尋ねる。朧木が顎に手を当てて考える。
「キャシー梅田さんの死因が全身を針で刺したかのような傷が元の出血多量、部屋へ出入りしたものが影法師だけという事実。影法師は人をそのような方法で殺すとは考えにくいですので、状況証拠から判断するに高度の魔術、呪術によって呪殺されたのではないかと考えます」
「その際はどうやって犯人を特定しますか?」
「人を殺傷するくらいの呪術ですとそれなりに大々的に行わなければなりませんし、事件現場に何かしらの痕跡は残るものです。今回の件。呪術対策が必要と思われますので、そういった専門家にご相談されると良いかと」
「そうですか。一応心にとどめておきます。ともかく今日は捜査協力頂きありがとうございます。今日はもう帰って頂いていいですが、くれぐれも怪しい行動や事件の捜査への介入はお控えください」
「はい、わかりました。この件は警察と今後協力されるであろう特殊案件の専門家達にお任せします」
朧木が警察署から開放されたのは夕方過ぎくらいになってからだった。
疲れた表情で帰宅する朧木。探偵事務所に辿り着いた時、事務所には明かりがついていた。
「ただいまー。いやー、疲れた! まさか僕が取調べを受けることになるとは」
事務所にいたのはさくらだった。
「お帰りなさい、所長。今日は大変でしたね。猫まんに所長が警察に連れて行かれたと聞いた時には驚きました」
朧木はコーヒーを入れて一息ついた。
「まったくだよ!? 丼副君の運命の相手を知るまじないがとんだ事件に繋がっていたよ。ジュリアに仕事を安請け合いしたのも失敗だったな。まさかこんな面倒な事件に絡んでしまうとは」
「所長、なにやったんです?」
「何って、今朝方ニュースになっていたキャシー梅田さんという人が怪死していた事件に関してなんだが。彼女が殺される前日、僕は彼女の占いの館に行っていたのさ。丼副君が話してくれた運命の相手を知るおまじないの噂の出所としてさ。十中八九妖怪がらみだ。影法師の出迎えを受けたから間違いない。こんな事ならもっと慎重にこの件に関わるんだったよ」
「こんな事件に発展するだなんて思いませんものね」
「しかし、困った事にこの事件。僕が介入するのは警察に止められてしまった。僕自身が重要参考人だからね」
「実は所長が犯人だったら証拠隠滅されてしまうかもしれないですからね!」
「まぁそんなところだ。悔しいけどこの件には僕は深入りできないな。事件を目の前にして指を咥えてみているだけとは・・・・・・」
「常日頃の行いが悪いからですよぉ」
「むむむ、なるべく善行を積もうと努力はしているんだがね。まぁここは同業他社の頑張りに任せよう。たぶんなんだが、キャシー梅田の本当の死因に行き当たるのはかなり困難だと思うよ。今の時点では僕も見当がつかない」
「じゃあこのままでは解決されないんですかね」
「事件の入り口からして不可解な点だらけだからね。昨日僕はキャシー梅田を巷に広がる魔術の件で追求したばかりだ。その直後にこんな事になるとは。まるで狙い済ましたかのようだよ」
朧木はうんうん唸っている。どうも腑に落ちないようだ。
「所長がこっそり捜査を行っちゃえばいいんじゃないです?」
さくらがいたずらっ子のような表情でそう呟いた。
「うーむ。警察には止められているんだよ。無理は出来ないさ」
「キャシー梅田さんが殺されたかもしれない件の捜査に関わるのはダメなんですよね? 彼女のバックにいた妖怪についての捜査はだめなんですか?」
「直接の関わりがあるかはわからないようだがどうだろうなぁ。・・・手がかりは一つあるんだよ。キャシー梅田が所持していた魔道書がいま僕の手元にある。これを使って捜査することは可能さ。・・・・・・本来なら警察に提供しなきゃならない品なんだろうなぁ」
「ならその魔術に関する調査ならどうなんです?」
「それならギリギリ問題はなさそうだな。ふむ、一つ追ってみるか」
「そうそう、それがいいですよ、わくわく♪」
「・・・・・・なぜ丼副君がそんなに乗り気なのかね?」
「やだなぁ。そんなに乗り気に見えました? ただどんな魔術なのか気になっただけですよぉ。というか、その魔術書を拝見させてもらってもいいですか?」
「それはだめだね。君に悪影響を及ぼしそうだ。断じて断る」
「私にも出来そうな魔術があったらいいなって思っただけですよ。誰でも出来るから噂として広まったんでしょう?」
「そんな魔術がそうそうあってたまるかい! ふーむ、そういう意味ではこの魔術書は誰にでもできるようなものでありながら、これまでその存在が有名になったわけでもないという変わったものなんだな。誰にでもできるなら既に有名であってもおかしくはないのだが」
朧木はなにか気になる点があったのか、深く考え込んでいる。
「どういうことなんです?」
「これは過去から綿々と受け継がれてきたようなものではなく、ある日突然現れたようなものなんだよ」
「じゃあ、どこからきたんでしょうね。その魔術」
さくらも頬に指を当てて考え込んだ。
「・・・・・・実践的でありながら無名の魔術か。時代によっては危険視されて禁書焚書にされていてもおかしくはない。これは一体なんなんだ」
朧木は所長デスクの引き出しに入れていた魔術書を取り出した。
「その本が例の魔術書ですか。なんだか古ぼけているけれど、そんなにすごいものなんですか?」
「すごいかどうかという意味では本物の魔術書であるからすごいものではあるのだろう。ふむ、明日あたりに魔術鑑定にでも出してみるか。郵送で受け取ってやってくれる専門機関があるんだ。現代って便利なサービスがいっぱいあるよね。現代の魔術師ご用達の機関なんだ」
「所長ってたまに変な専門誌とか読んでますよね。グッドファミリアとか」
「ははは! あれは使い魔契約を結びたい人必携の書物だよ。魔術師たるもの色々なアンテナを張っておかなければ。専門情報のリテラシーは大事だよ」
この日ようやく朧木は笑顔となった。朧木にとっては事件に巻き込まれてしまった状況。この事件は表向き警察が捜査を行っているが、結局有力な手がかりはつかめず迷宮入りするのであった。
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