Ep.5 彼の留守の間に――。

「本当に大きな建物だね……どうやって建てたんだろう?」


 まるで夜の空の如き闇が広がるその場所を、精霊樹より放たれる蒼白い光が辺りを明るく照らし出している。


 強大な根っこが至る所の地面から突き出ている場所の一つに、人間の少年と少女、そして妖精の一匹が少年の肩に乗せられながら遠くに見える精霊樹の根元に交わった大きな屋敷を見つめて息を飲んでいた。


 


少年――ハボックの先ほどの問いかけに彼の肩に乗って寝そべる妖精がため息を吐く。


「さぁね。ある日突然屋敷ごと現れたから、ボクたちにもどうやって建てたのか、彼がいったい何者なのか、よくは知らないんだ。ただ一つ言えるのは、“ここ”の住人ではなかったから“外”から来たんだろうね。だから、この森の出方も知ってると思うよ」


「気になってたんだけど、どうしてあんたではこの森の出口を見つけられないの?」


 ハボックの後ろをついて来ていた少女――リリーが妖精に問いかける。


「ボクたちは君たち人間が住む世界とは本来交われないんだよ。君たちも同じだけど、次元が違う別の世界だから干渉することは難しいんだ。それこそ特別な存在でもなければ別の世界の干渉なんてできない。ボクたちは自分の世界に繋がる森の出口は見つけられるけど、君たちが言うそっちの世界に繋がる出口は君たちじゃないと見つけられない。だから無理なんだ」


「それなら私たちとあんたがこうして関わっているこの現状は何なの? 別の世界の存在が他の世界に関わることが不可能なら、その世界の存在と関わるのも不可能なはずでしょ」


「……お前、よくそんなつらつらと言葉並べられるな。本当に子供か? まぁいいや。この森が特別だからだよ。この森はどういうわけか、そっちの世界と僕たちの住む世界、両方に存在していてその世界同士を繋げてる。いわば、川の間に掛かる橋みたいなもんかな。だから、本来交流することもできないはずのボクたちもこうして会うことができてるのさ」


「へぇ……不思議なものね。森が別の世界同士の橋渡しをしてるの」


「あ……あのさ、難しい話は僕じゃ分からないから聞くだけだけど、もうそろそろあの家の人に出口を聞きにいかない……?」


 話を聞いていて頭を抱えるように顔をしかめていたハボックが二人の会話に割って入る。


「それもそうね。時間を潰すのはごめんだわ。さっさと行きましょ」


「……お前が聞いて来たから話が長くなったんじゃないか」


「ま、まぁまぁ」


 肩の上で頬っぺたを膨らませる妖精をなだめながら、ハボックも先に屋敷に続く道を歩くリリーの後を追っていく。


 それにしても、ここは見渡す限り本当に幻想的な場所だ。見たこともない植物やキノコが生えているところに、おとぎ話で聞いた精霊の光る樹がそれらをより一層美しく照らし出している。禁じられていた森の奥にこんな不思議な空間が存在していたなんて、まるで夢のようだ。


 青白い光に照らされた景色にハボックが見惚れて歩いていると、先を行っていたはずのリリーが立ち止まっていることに気が付く。


「あれ? どうしたのリリー?」


「あれ見て。他の妖精が屋敷の周りに集まってる……。あんたの仲間?」


 リリーが指さす屋敷の方向に何十匹もの妖精たちが屋敷の周辺を慌ただしく飛び交っている。よく見れば妖精たちは中に入ろうとしているのか、玄関のドアノブを綱引きのようにして引っ張ったり屋敷の窓を小突いて乱暴をしている。


「いつもあんな感じなの?」


「いや……いつもはみんなあんな無茶はしない……。どうしたんだ?」


「……あ! ちょっとっ! 妖精さんっ!?」


 ハボックの肩に乗っていた妖精が勢いよく羽ばたきだす。ふらつきながら妖精は飛んで行いくと、そのまま屋敷の玄関に集まる仲間たちのもとへと向かっていく。


「なんだかただ事じゃなさそうよ。行きましょ」


「えっ! リリー!? 待って!」


 


 先に飛んで行った妖精の後を追い、リリーとハボックも屋敷の玄関まで続く階段の道を走っていった――。



――@――



「お~いっ! どうしたんだー!?」


 少女に握りつぶされた時の痛みが疼きながらも、妖精は曲がってしまった羽を精一杯バタつかせて仲間の妖精たちのもとへと向かう。


 すると、玄関の前で群がっている妖精の一匹がこちらに気付いて手を振ってきた。


「スペンシー! 良いところに来たな! こっちだっ!」


 少し小太り気味の妖精が両腕を大きく振りながら呼びかけてくる。妖精――スペンシーはその妖精の元へと進路を変えて彼の前へと制止した。


「あれ……? おまえ、どうしたんだその羽! 何かに襲われたのか!?」


「いや、その話は後でするよ。それよりも、なんで屋敷にこんな無茶してるんだ? アイツに見つかっちまうだろ」


「いやいや、それがだな。実はアイツ、今留守なんだよっ! なんで出てったかは知らないけどさ、最大のチャンスじゃん? お前も一緒に手つだ……」


「なんだってぇっ!!?」


 喜びながら早口に話す小太りの妖精の声を遮り、スペンシーは大声を出して仰天する。


 それではまずい。折角自分を痛めつけてきたあの人間の生意気な小娘とガキに、人間嫌いで有名なあの屋敷の“主人”を会わせてまとめて報復を考えていたというのに。


 これでは失敗どころか、下手をすればあの何かと察しのいい娘に知られて今度こそ殺されかねない。


 連れてきたあの二人を出し抜く方法を早急に考えなければ。


(……そうだ! 今なら皆にあのガキどもに襲われたと知らせて、あいつらをまとめて打尽したら帰ってきたアイツの前に放り出せばいい!)


「ど、どうしたんだよ急に……アイツがいない事がよっぽど嬉しかったのか?」


「あ……あ、あぁそうさ! いや全くだよ! そうだったんだな! あ、いやそれよりも、聞いてくれ……! 実はここに来る時に人間におそわれ……」


「人間だっ!!?」


「えっ」


 スペンシーが語るよりも早く、集まっていた妖精の一人が後ろの方を指さしながら叫び声を上げる。その声に連れられ、妖精たちの視線が指し示された場所の存在を捉えると、すぐさま皆驚愕した声を上げて叫びだした。


「人間だ!! 人間の子供がいる!!」


「しかも二匹もいるよ!?」


「どうして人間がっ……!!」


 スペンシーも恐る恐るその方向に視線を動かす。案の定、あの人間の子供――ハボックとリリーがすぐそこまで近づいて来ていた。しまった、突然の事が続いてこいつらの事を忘れていた。


「あ、あのみんなそいつらは……」


「おい人間っ!! なんの用だっ!! ここから立ち去れっ!!」:


 スペンシーの声を遮り、いかつい顔の妖精がリリーの前に勢いよく飛び出し叫ぶ。


「あら。さっきの妖精が優しかったから他の妖精もそうなのかと思っていたら違うのね。なら安心したわ」


 そう言うとリリーはか細い腕を振りかざし、ものすごい勢いで目の前を浮遊しているいかつい顔の妖精を殴り飛ばした。殴られた勢いで妖精は飛んでいくと、悲鳴のような甲高い声を上げながら飛ばされた方向に力なく落ちていく。


「「「「ひぃいいいいっ!!!」」」」


 その光景を目にしていた妖精たちが一斉に目の前の少女に恐怖する。少女は落ちていった妖精の方を黙々と一瞥すると、今度は妖精たちの方へと顔を向けた。


「次はどいつかしら」


「「「「ひぃやぁあああああああああっ!!!!」」」」


 妖精たちは殺されまいと一目散にその場から散り飛んでいく。


 状況に呆気に取られていたスペンシーもそこで我に返るが、逃げ惑う妖精たちの数匹がスペンシーの肩や足にぶつかり身動きがうまく取れない。


「ちょっ!? みんな待ってよっ!! ボクも一緒にいきっ……」


「見つけた」


「ぐぇっ!?」


 逃げる妖精たちに続いて飛び去ろうとしていたスペンシーの体をリリーが乱暴に掴み取った。


「ちょっ、くるしぃ……ぎぇぇ……」


「あんた。仲間に変な事言わなかったでしょうね? 言ってたら殺すわよ」


「リリーっ! ダメだってっ!!」


 リリーがスペンシーを手掴んでいると、後から来たハボックがこちらへ駆け込みながら強引にリリーの腕からスペンシーを奪い取る。


「っ……!」


「傷つけたり殺しちゃダメって言ってるじゃないか! リリーには妖精さんを近づけられないよ。まったく……」


「はぁ……はぁ……助かった…………」


「ふん」


 間一髪だった。もう少し強く握られていたらあばらの骨ごとへし折られていたかもしれない。

 自分を優しく包むハボックの手の中で咳き込みながら、リリーの様子を伺う。


(……こいつ、子供の無知な行いとはやっぱ違う……普通に殺しを殺しとして理解してやってやがる。殺戮者かよ……)


「それで、玄関はこれね」


「そうみたいだね」


 そんなスペンシーをよそに、リリーたちは自分の背丈よりも大きく見事な屋敷の玄関を仰ぎ見る。ぎりぎりに届く取っ手にリリーが手を掛け力任せに引っ張っるが、当然のように扉はビクともしない。


「やっぱり、屋敷の人はいない?」


「見たいね。妖精たちが乱暴してたぐらいだし、家の中も何だか暗い様子だったからそうだと思った」


「……妖精さん。どうしよう? 他に行く当てはないの?」


「……いや、ないな……アイツ以外に出る方法を知ってそうな奴は知らない…………」


「ねぇ、今ここの住人の事をアイツと呼んだわよね? さっきの妖精たちの様子もそうだけど、あんたたちとここの住人は仲が悪いの?」


 あ、やばい。なんか探り入れてきてる。

 スペンシーは呻いて具合の悪いフリをする。


「それと思ったのだけど。仲が悪い住人に対してわざわざ森の出口を聞きに行くのもどうかと思うわ。仮にその住人に会えたとして、その事情から妖精のあんたが一緒に立ち会うとも考えにくいし。それに、さっきの妖精たちの私たちの対応からして、その住人からもあまりいい反応が返ってくるとも思えない」


 スペンシーが入ったハボックの両手にリリーは黒い顔を近づけながら問いかける。


「私たち二人でその住人に会った時、よっぽどその人がお人好しでもなければ良い対応をされる気がしないのだけど。どうなの? 妖精。何か企んでたんじゃない?」


 やべぇぇええええええええええええ。


 スペンシーは咄嗟に頭を伏せる。


 これは目を合わせちゃいけないやつだ。なんだかよく分からない黒い気配を感じる。今はハボックの手の中に居るので手を出しては来ないかもしれないが、気を抜いたら何かの拍子にうっかり殺されてしまいかねない。そんな気がする。


「やめなよリリー! 怖がってるじゃないか!」


 顔を近づけるリリーから距離を放し、ハボックはスペンシーの入った両手のひらを頭上へ上げる。


「リリーは妖精さんに近づいちゃダメ! 傷つける気満々なんだから!」


「……ふん」


 あぁ、よかった、助かった。とりあえず難を逃れた。引き続き油断をしないようにしなくては。


 スペンシーは頭上の手のひらからリリーを覗くと、んべっ、と舌を出した。



To be continued.

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