最強生物 ゴブリン
ゴブリン三等兵
魔王の蟲毒編
第1話 気が付けばゴブリン
意識がもうろうとしている
頬には冷たい感触
(あれ、俺床に倒れているのか? ぐうっ!)
激しい痛みで強制的に覚醒させられても事態が飲み込めない
(いったいどうなってる!?)
無意識に痛みの根源へと視線が向けられる
すると自身の手足があらぬ方向へと延びて、さらには折れた骨が突き出ているではないか
「あぁ! 俺の腕がぁ!脚がぁ! なんなんだよ、これ!?」
「ワタル! 今、回復魔法をかけるからね! がふっ!?」
声の方に目を向けると、そこには頼もしい仲間のひとりである回復術師のユウジが自分を回復させようと手を伸ばしかけていたが、途中ビクリと身を震わてから動きが止まる
(ん? なんだか様子がおかしい)
その顔色から、みるみる血の気が引いていく
向けられれば、すべての女性が頬を染めると言っても過言ではない優し気な笑顔はそこに無く、そればかりか端正な顔立ちは苦痛にゆがみ、口からは血が滴っている
「ユウジ! あああぁ 何だよそれっ!?」
有り得ない光景に目を見開く
自分を癒そうと手を伸ばした、彼の左胸に腕が生えていた
そしてその手には赤い液体を滴らせた何かが握られている
それは持ち主から離れても鼓動を打っていたが、無残に握りつぶされた
ユウジの目から命の光が消えていく
「ワタル ごめんね・・・」
最後の力で絞り出された言葉
いつも仲間の事に気を配ってくれた心優しい回復術師
彼は最後まで仲間を思って息絶えた
「・・・・」
黒衣に鎖帷子を身に纏った盗賊の少女
彼女は怒りに身を任せ、叫び出したい気持ちを必死に押し殺して怨敵の背後を取り愛用してきた短刀を逆手に握る
手の皮が破れ血が滲観そうな程力強く、この狂いそうな憎悪を相手に叩きこむために
この状況にさえなれば、彼女の必勝のルーティーン
道中、あまたの魔物の首を斬り飛ばしてきた
彼女は、盗賊の技術を総動員して力強くされど気配も音も断ち切り、この世界に来てからの最速をもって、必殺の斬激と共に魔王とすれ違う
ゴトリッ
「シノブ!? あああああああああああぁ!」
胸の内を告げられず、せめて大好きだった人の仇を討つのだと放った全身全霊の刃は、はかなくも届かず
地に落ちたのは、彼女の頭部だった
その眼からは無念の雫が流れ落ち、かすかに光る
「くそっ! ここは俺が食い止める! アオイ! ワタルを連れてマコと一緒に逃げろ!」
仲間のうち身体能力がずば抜けた彼は、守りの要となる重騎士となった
ドワーフの鍛冶師達の中でも最高峰の技を持つ者達が作り上げた鎧兜を身に纏い、その大楯は魔物たちの攻撃をものともしなかった・・・・
今日この日までは
自慢の大楯を固定させ、どのような攻撃だろうと凌いでみせるとばかりに身構える
禍々しい世界より召還されし魔剣の斬激か?
はたまた、膨大な魔力を注ぎ込まれた禁断の攻撃魔法か?
しかし実際に放たれたのは、そのどちらでも無かった
彼でさえも全く反応できない速度で距離を詰め、魔王は騎士の最強の盾を中指でもって弾く
まるで子供がビー玉遊びをするが如く
巨人の一撃さえ耐え凌いだ
その大楯もろとも吹き飛ばされ、壁に激突する重騎士
盾は大きくひしゃげ、彼自身からも身体中から押しつぶされるような嫌な音が響いた
「まじかよ!? おい! タケシ! ダケシ!」
しかし、壁にめり込んだ彼から返事はなく、身体はピクリとも動かなかった
「だめ! 私の解除魔法では、この扉は開かない!」
絶望で今にも泣きそうな顔を浮かべ、そう訴えてくる魔導士の少女
それを聴いて彼女は腹をくくった
「マコ 私が時間を稼ぐ! あなたが魔法を発動できるまで! できる?」
ふるふると頼りなく頭を縦に振ると、杖につかまり、やっとの思いで立っている魔導士は、自分が放てる最高の攻撃魔法を発動させるべく詠唱を始めた
(たとえ敵わずとも、せめて一太刀、腕の一本はもらう!)
今この状況の中、一番冷静だったであろう女剣士は居合の構えに入る
矢でも魔法でも、たとえ鋼の如く強固な甲殻をもつ昆虫型モンスターであろうも
その間合いに入ったものはすべて一刀両断できる心技体を彼女は兼ね備えていた
超高速で移動可能な魔王の接近に備え、全神経を集中させる
だが、彼女の思惑を外れ敵は、魔王はゆっくりと歩み寄ってくる
その顔には、彼女が見たこともない笑みが浮かんでいた
そして見た者すべてが死を覚悟する笑みを形作る要素の一つ
瞳の奥を覗いてしまった
その瞬間、今まで窮地と呼ばれる状況の中でも、心を乱されたことなど無かった彼女の背中に悪寒が走る
震えを必死にこらえようとするが、体が言う事聞かない
魔王の瞳の中に渦巻く、人の想像をはるかに超える邪悪な意志を感じ取り、彼女の心が恐怖に染まってしまったのだ
魔王が彼女の間合いに踏み込む
「はぁっ!」
恐怖を吹き飛ばすが如く気合の一声を放ち、鞘から一閃の煌めきが直線を描く
「なっ!?」
鋼をも断つ居合の技は、魔王の人差し指と親指
2本の指に阻まれ微動だにしなかった
(無念)
その思いと共に、彼女の命は刈り取られた
召喚前より才色兼備、容姿、学力共に校内一と誉れ高かった彼女は、魔導士となりその才能を魔術の分野でも開花させた
こと炎の属性魔法にかけては師であった宮廷魔術師ですらもはや敵わずと言わしめた
如何に個の力が強くとも、数の力によってあっさりと潰される事もある
視界を覆いつくす魔物の大群に囲まれた際、彼女の魔法なしでは生き残れなかった
そんな状況は一度や二度では無かった
仲間たちは、彼女を彼女が繰り出す強力な魔法を、どれ程頼もしく感じていた事だろう
だが、それほどの魔術を繰り出せるにもかかわらず,彼女は他の仲間程この世界に順応出来ていなかった
醜悪な魔物が迫ってくるたび、恐怖のあまり詠唱をしくじりそうになる
だが、そんな不甲斐ない自分を、女剣士は常に守ってくれた
「私の間合いの中にいろ! お前に指一本たりとも触れさせはしない!」
その言葉が、その背中がどんなにも頼もしかったことだろう
彼女がいたからこそ、自分は今まで戦ってこれたのだ
その頼もしかった背中は今は無残にも引き裂かれ、見る影もなかった
この世界に召喚される以前から、かけがえのない親友であった剣士が、命と引き換えに稼ぎ出してくれた時間
一瞬たりとも無駄にはすまいと、一心不乱に詠唱を続ける
魔導士がすべての魔力を絞り出して生み出した攻撃魔法
その業火に今まで耐えられた者はいなかった
詠唱を終え眼前の敵へと放つ
「お前だけは絶対に許さない! 燃え尽きろっ!」
実際のところ、魔王は詠唱が終わる前に魔導士を始末できた
余りの遅さに欠伸が出たほどだ
だがそうはしなかった
したくなかった
相手に全力全力を出させ、その上で踏み潰す
そして相手が絶望し、恐怖でゆがむ表情は堪らなく滑稽だ
膨大な熱量を伴って迫る炎系の上級攻撃魔法
しかも最高峰クラスの魔導士が全魔力をつぎ込んで生み出したのだからその威力は戦術級と言っても過言ではない
魔王はそれに、ふうっと息を吹きかける
誕生日ケーキのローソクを火を吹き消す子供のように
地獄の業火を思わせる炎が消えることは無かった
だが、その圧倒的に敵を焼き払うはずの奇跡の炎は、いとも容易くその目標を変えた
「えっ! うそ!? ぎゃああああああああああああああああ!」
咄嗟に唱えた魔法障壁も魔法耐性に優れた最高級のローブもアクセサリーもさして役に立たず
魔導士は自分自身が放った、渾身の炎に全身を包まれ転げまわった
やがて絶叫も、その動きも、程なく途絶える
プスプスという炎の残滓が、かすかに響くばかりだった
(しかし、今回の勇者達は、期待外れもいいところだったなぁ)
一瞬で片が付いてしまった
(あ!いいこと思いついちゃった!)
魔王は一人ほくそ笑んだ
勇者は、みじめに一人生き残っていた
仲間たちが命を掛けて盾になってくれたおかげで
この姿を、その言動を見れば、もはや彼を勇者と称える者はいないだろう
四肢は砕かれ身動きも取れず
「なんだよこれ? フザケンなよ! 何でこんな奴に!?」
「嫌だ! まだ死にたくないよぉ!」
挙句の果てには泣き始めてしまった
「こんな奴にってのは傷つくなぁ」
(いやぁ でもその情けない泣き顔は笑える)
この時初めて魔王が口を開いた
まるで子供のような声だった
いやまさに、その姿さえ子供だった
ぶかぶかの白衣を纏い
遊んでいる子供そのものだった
その姿をみて、斬りかかるのをためらった
その一瞬で四肢を砕かれ、意識を刈り取られた
魔王が歩み寄り、ワタルの顔を覗き込む
「この偉大なる魔王ショウタロウをこんな奴呼ばわりするなんてダメだなぁ」
「悪い子には罰を与えないとねぇ」
そして今、彼は白衣の子供の姿をした死神に、その命も一瞬で刈り取られた
こうして異世界に召喚された高校生たちの人生はあっけなく終わった
「おお! ワタルよ! 死んでしまうとは情けない!」
どこかで聞いたようなセリフが、頭の中に響いて覚醒する
「さぁ、今から新しい人生、いや魔物生を始めてもらうよぉ!」
その子供の声は、以前聞いたことのある
(魔王!)
「今の君、前より更に弱いからさぁ」
「頑張って生き延びてね!」
魔王が何を言っているのか理解することも出来ず
出来ることと言えば、警戒しながら周りを見渡くらいだった
そこは周囲を石の壁に囲まれた小さな部屋のようだ
調度品はベッドになぜかこの世界では高級品とされる鏡
壁には、小ぶりの剣と盾、皮鎧がぶら下がっている
徐に自分の手が目に入った緑色の細い手
(緑色?)
慌てて鏡の前に、ヨタヨタと走り寄り姿を確かめる
「うそだろ? なんだよこれ?」
そこには、魔物の姿が映っていた
この世界に来てからは、見向きもしなかった小物
最弱のモンスター
「ゴブリンだよな?」
ワタルは誰に言うでもなく、吐き出すように呟いた
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