アルベルト戦記 Ⅱ
外山康平@紅蓮
第一章「精霊王国の危機」
第1話『エアハルト対ベガルタ・魔界軍の脅威』
……生命の恵みをたたえる精霊王国パルパティアの青き海と空は、今や曇天に覆われ見る影もない。海岸には悪魔のごとき軍艦が布陣し、壮麗なる大自然を踏みにじる。漆黒の艦体に紅蓮のマーキングが施されている。
──今、稲妻が走った! その光景は禍々しい。
生命の神秘、精霊魔法の楽園であるパルパティア王国は、横暴なる魔界軍の侵略を受けていた。万世一系の精霊王が君臨するパルパティアの、かつてない戦乱の時代が始まったのだ。
パルパティア王国国王エアハルトはこわばった面持ちで応接室に踏み入る。国家元首として魔界軍との停戦交渉に望む緊張を見せつつも、やはり一国の君主であるからその足どりは勇ましいものだ。
だが相手も負けていない。
対するエアハルトは七三分けであり紳士的、悪く言えば真面目で無機質な官僚に見える。事実エアハルトは文官であり前宰相である。兄宮アーノルト前国王が魔界軍により命を落として以来、パルパティア王国の統治権を総覧する国王はエアハルトだ。
威厳、心理的優位ということを考えると若干エアハルトが押されている。
「(アルベルト。せめてお前がいてくれたら)」
エアハルトは英雄として崇められている甥に思いを馳せた。だがそれも束の間、エアハルトは威儀を正し魔界からの交渉者に全身全霊で対峙する。
「ようこそおいでくださいました。ベガルタ軍務尚書閣下」
「こちらこそ、協議に応じていただき感謝いたします。国王陛下」
ふたりは外交における社交辞令を形ばかり述べたのち、着席した。
先に切り出したのはエアハルトであった。
「……まず明らかにしなければならないのは、聖地ガイアの領有権は我々パルパティア王国にあるという事実です。グォーザス皇帝陛下の勅使でおられる閣下にはその点ご承知おきいただきたい」
エアハルトの懸案事項は、パルパティア王室の祖先である女神アポロニアが眠る聖地ガイア付近に、次々と転移魔法で出現しつつある魔界艦隊である。
「いえ。
要するに、上の命令だから逆らえない。だから聞く耳は持たないしそちらに配慮はしないという理屈である。
ため息をつくエアハルト。
「女神アポロニアは我らパルパティア王室の祖先であらせられます! そこに艦隊を展開されることは到底受け入れられることではありませんな」
エアハルトは席を立った。
「これ以上こちらから申し上げることはありません。あしからず」
退室するパルパティア王国国王をベガルタは横目で見送った。
* *
今は亡き王太子アルベルトはパルパティア王国の英雄である。
人間界から転生した女子大学生桜このは、海軍連合艦隊司令長官ローラント、そして今は亡き侍従長クラウスを従え、王国を命に代えて守り抜いたのだ。
パルパティア王国の命運をかけた最終決戦の最中、アルベルトは想いを告げ、桜このはと結ばれた。桜このはこそパルパティア王国の神話に記された伝説の桜の巫女であった。彼女の力により女神アポロニアは目覚めたのだ。
……今、アルベルトとこのはは、もうひとつの精霊王国『方舟』に転生している。
ふたりは方舟宮殿から青き澄みわたる湖水と緑豊かな下界を見下ろしていた。
「……いつまでこの世界にいていいんだろうか。パルパティア王国を思い出すとたまに不安になる」
ぼやいたアルベルトにこのはが振り向く。金髪に
「私も。なんかクラウスさんを思い出して……」
クラウスはアルベルトの腹心であり、桜このはをめぐる恋敵でもあった。
アルベルトはこのはのシルクのような栗色の髪にふれる。互いに初めての恋人であったが、既にふたりは精神も肉体も結ばれた関係である。互いをいつくしむことにためらいはなく、プライベートではこのははアルベルトに淫らに愛を求めることさえある。
パルパティア王国を偲びため息をついたふたりに、人影が近づく。
「イナバ諜報長官?」
アルベルトとこのはの前に現れたのは、容姿こそうさぎ耳を持つ可愛らしい獣人族の少年であるが、彼は方舟の諜報を
「王太子殿下、コノハ様、女王陛下の命によりお耳に入れたいことがございます。パルパティア王国の戦況がかんばしくありません」
アルベルトとこのはは顔を見合せた。
* *
……パルパティア王国沖合に紅蓮の魔方陣が回転し、巨大な影が現れる。
黒鉄の艦体に動脈のように深紅のマーキングが施されており、各所から黒煙を噴き出す。魔界軍殲滅型重戦艦カラドボルグ級だ。
それも一隻二隻ではない。
国王エアハルトが言っていたのはこれだが、数はもはや数えきれないほど膨れ上がっている。次から次へと魔方陣で転移してくるそれは魚群を連想させる。
その数──なんと一千隻!
果たして、精霊王国パルパティアの運命やいかに──!?
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