第11話「正体と失態と落とし物」
11話「正体と失態と落とし物」
サイン会の会場である東館3階に着くと、すでにすごい人だった。グッツ売り場は手前にあり、その中を覗くと沢山のお客さんがいた。中には親子連れもおり、絵本が好きなのかなーと思うと、しずくは温かい気持ちになった。
その隣の教室がサイン会のようで、大勢のお客さんが並んでいる。2人の作家さんが同時にサイン会をするのだから、仕方がないことかもしれないが、絵本の人気を再確認してしまった。
「キノシタ先生のサイン会は人数も多かったので並んでますが、さつきさんはもともとかなり人数が少なかったので、すぐに入れますよ。」
ウサ耳を弄りながら青葉は、そう教えてくれた。ここに来る途中も、子どもたちに「うさぎー!」と呼ばれては喜んで手を振っていたので、本人は大分楽しんで着けているようだった。
入り口で、しずくは数冊の中からさつき先生の絵本を選んだ。白が持っていないものにしようかと考えたが、白はあの絵本が気に入ったようだったので、同じものにした。お気に入りの絵本に、作家さんが直筆でサインをしてくれるのだ。
私も嬉しいし、白も喜んでくれるだろう。
絵本を購入すると、青葉が「これをどうぞ。」と参加券と書いたイラスト付きの可愛らしい券をくれた。
それを受けとると、青葉はなぜかニコニコしながらしずくを見つめていた。
「それ、受けとりましたね!」
「え、、、?うん、貰いました、よ?」
「実はその券の裏には僕の連絡先が書いてありますー!」
「、、、え、えぇ?」
驚きながら参加券の裏を確認すると、確かに連絡先の電話番号とメールアドレスがしっかりと書かれていた。
「お姉さんの事、なんだか気になっちゃったので。連絡待ってますね!」
またもや爽やかな笑顔のウサ耳青年に、そう言われてしまい、しずくは声を失ってしまった。
告白させることはほとんどなく、白を除くと久しぶりすぎて、どんな反応をすればいいのかわからずに、おどおどしてしまう。
付き合っている人がいるのだから、しっかりと断らなきゃいけないのはわかるが、とびきりの笑顔を向けられてしまうと、恋愛経験が少ないしずくはたじろんでしまう。
しずくが困り果てていると、突然青葉が後ろから何かされたのか、体がビクッと跳ねた。
「いったいな、、、って、心花先輩ー!急に背中叩かないでくださいよ!」
「青葉!何やってるのー?お客さんを口説くの止めなさいよ。」
どうなら心花先輩と呼ばれる人が青葉を叩いたらしく、青葉は背中をさすりながら話をしていた。
その女の子を見ると、小柄で可愛らしい女子生徒のようだが目を引くのはピンク色の髪だった。綺麗に色が入っており、可愛らしい雰囲気の彼女にはとても似合っており、違和感を感じなかった。絵本から出たようなそんな雰囲気を持つ人だなと、しずくは思った。
「迷子になってたから道を教えたんですよー!不思議の国のアリスみたいですよね。」
「、、、え、それアリスの白ウサギだったの、、、?」
小花は、呆れるように青葉の服装を見てため息をついていた。
確か白ウサギは、スーツではなかったとしずくも思い、思わず笑ってしまった。
「すみません。それ使い終わったら捨ててくださいね。」
「えー!なんでですかー?」
「あのねー、彼氏さんとかいるに決まってるでしょ!綺麗な人なんだし。」
心花の言葉を聞き、青葉に「え、彼氏さんいるんですかー?」と質問されてしまう。二人に見つめられ、しずくは焦り戸惑いながらも、「はい。」と答えた。その瞬間、頭の中に白の顔がよぎり、いっきに恥ずかしくなってしまう。
そんな様子には気づかず、心花は「やっぱり!」と嬉しそうに笑い、青葉はがっくりと肩を落としていた。
「でも、もし彼氏さんと別れたり、浮気されたりしたら連絡くださいね!」
「こらっ!!そんなこと言わないの!!ごめんなさい、あの青葉の事は気にしなくていいので、どうぞお入りください。」
心花が参加券をチェックする係りだったのか、サイン会の参加券に済の判子を押すと、入場をうながしてくれた。心花はすみませんと頭を下げていたが、まだ青葉が何かを言っているようだった。だが、しずくは彼に小さくお辞儀をして入室した。
突然のアプローチに驚いてしまったが、この先にはさつき先生がいるのだと思うと、先ほどとは異なる緊張感があった。
しずくは、絵本と参加券をぎゅっと握りしめ、一度軽く息を吐いてから、教室へと足を進めた。
パーテーションで区切られており、部屋には行っただけでは、さつき先生の姿は見られなかった。
すると、スーツを着たスタッフが「こちらへどうぞ。」と案内をしてくれた。
そのあとに着いていき、パーテンションの端からさつき先生がいる場所へと進む。
そこには、テーブルがあり、その向かえに椅子に座っている男性がいた。
その男性を見た瞬間、しずくは目を大きくし立ち止まってしまう。
さつき先生も全く同じ表情をしていた。驚き、笑顔が固まってしまっている。
「白くんっ!?」
「しずくさん!!」
2人の多きな声は、静かに進められていたサイン会の会場に、響き渡っていた。
「さつきくん、お知り合いですか?」
2人は驚きのあまりに固まっていたが、隣にいたスタッフに声を掛けられ、我に返った。
しずくは、ゆっくりと白に近づき、白は「はい。」と、スタッフに答えた。
「しずくさん、、、。」
「白くん、なんだよね。」
「、、、はい。」
驚きのあまり、椅子から立ち上がってしまっていた白は、ゆっくりと椅子に座る。
2人雰囲気で、何かあるのかと機転をきかせて、スタッフが「絵本を先生に渡してください。」としずくに声を掛けた。
しずくは、焦りながら絵本をテーブルの上に置いた。頭の中が真っ白になり、しずくは今の状況をあまり理解出来ていなかった。しずくが好きで子ども達に読んでいた絵本。初めてのデートで白自身が気に入って買った絵本。その作家が白だった。
疑問は沢山あるが、すべてが「どうして?」だった。
1番しずくを切ない気持ちにしたのは、「どうして秘密にしていたの?」だった。
目の前で、ペンをサラサラと踊らせて、綺麗にサインを書いていく。本当は「白さんへ」と、書いてもらうつもりだったが、それも必要のない事。
なにも言わなくても「しずくさんへ」とさつき先生である白は書いてくれた。
やはり、さつき先生は彼なのだと思い切った。
「ありがとうございます。」
「あの、、、さつき先生。」
しずくが、彼をそう呼ぶと白はかすかに瞳を揺らした。そして、「はい。」と返事をした表情が今にも泣きそうになっているのに気づき、しずくはハッとし視線をを逸らした。
「、、、さつき先生の絵本、大好きです。私も。」
本当は「私も彼も大好きです。」と伝えようと思っていた。
その用意した言葉もいらなくなった。
これ以上、白の前にいるのが辛くなり、しずくは絵本を受け取って、部屋から出ようとした。
「しずくさん!」
白に呼び止められて、しずくはビクッと体を揺らした。
ゆっくりと振り向くと、そこには泣きそうな顔ではなく、焦りを感じている表情の彼がいた。しずくが逃げ出そうとしていると思ったのかもしれない。
「この後、約束通り会いましょう。どこかで待っててください。連絡します。」
しずくは、頷くとパーテーションで区切られた空間からすぐに出た。白の視線から逃げるように。
その時、しずくは気づいていなかった。
参加券を絵本と一緒に白に渡してしまい、今もまだ白がいるテーブルに置いてある事に。
そして、白は参加券をしずくが落としたのだと重い拾うと、もちろん後ろに書いてある物にも気づいたのだった。
白は、思いがけない失態や驚きが同時に起こり、深いため息をついた。
そして、白は裏にメモがされている参加券をポケットにしまった。
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