第3話

 心配なことがある。

 レナのことだ。

 それは不満顔なんていうレベルではなく。


 レナの情報がないのだ。

 ネットを調べても。

 公式サイトにゲーム専門の攻略サイト、果てはwikiのようなユーザーの集合知でさえ、レナの名前がない。


 名前がない以上、当然ながら容姿についても、戦闘スタイルや性格についても情報がない。

 公式では秘密扱いであっても、ユーザーの手にかかればどこからか情報は洩れるのがネット社会だ。秘密にしたいのならば、むしろ、ユーザーを秘密を守る側、共犯者の立場に置かなければならない。

 しかし俺はそんなメッセージは受け取っていない。


 俺が気付かなかったという可能性もゼロではないが、それならば他にも気づかずに公開している人が居ておかしくないはずだ。と、そんなことを考えもするが、実際問題、ない。

 レナ自身は俺のパーティーメンバーとして戦っているのに、だ。

 ネット全てを検閲して、情報統制を行っているのではないかと、無茶なことを考えたくなるほどに、ない。


「あらあら、まあまあ」


 オタケさんから回復魔法が飛び、破れた鎧が瞬く間に修復されていく。

 HP減少は数字として存在するだけで、キャラ自身が怪我をするわけではない。

 万が一、一撃で倒れるような攻撃を受けたところで、キャラの体が真っ二つになるようなグロ映像にはならない。


 その代わりに、HP減少に伴って、鎧や服が壊れ、破れる。

 ギリギリで助かったような状態だと、見えてはいけないものまで丸っと見えてしまう。

 一枚絵ならギリギリ隠れる感じの破れ方でも、動きを伴う3Dモデルはポロポロとこぼれ放題だ。


 今もアリスが敵の攻撃を避けられずに受けたことで、オタケさんが直すまでの数秒間は柔肌が覗いていた。ただし、金属製の鎧が壊れ、鎧下に着ている服が切り裂かれても、アリスの肌には傷一つない。


「主様、やりました!」


 空振りの後に、今度はちゃんと攻撃を当てて敵を倒したアリスが報告に戻ってくる。

 空振りはもう諦めたが、空振りのあとは体制を崩して敵の攻撃を食らう。オタケさんがいるから回復出来るとは言え、セットでないと運用出来ないというのも困りものだ。


 アリスに軽く手を上げて答えながら、スタメン入りは難しいかなと考える。

 レベル上げ目的のデイリークエストならともかく、攻略に使うメインパーティーに入れるにはアリスの性能は随分とピーキーだ。他のメンバーをサポート役にして、バフを乗せまくった一撃を入れる、そんな使い方になるだろう。


 背中に感触を覚えて、首だけで振り返ると、肩越しに不満そうな目が見える。

 レナは戦闘が終わるといつの間にか俺の背後に回っている。


「あー、オタケさん、レナにも回復をお願い」


 俺の背中に手を置いたまま不満そうな顔をしているレナに、回復魔法を掛けてもらう。オタケさんはいつも通り「はいはい」と言いながら回復してくれた。


 レナの情報がネットから手に入らないので、レナの運用がこれでベストなのか分からない。回避盾としては、安定した役割を果たしてくれるようになっている。

 HPは少ないし、攻撃力も控え目なので他に選択肢を思いつかなかったというのもある。


 敵との相性があるから常にパーティーに入れるキャラではないにしても、メインパーティーに入れても問題ないほどの成長を果たした。流石は虹演出のレアキャラである。


 デイリークエストは敵の強さの割には経験値が多い。難易度別に3つあるデイリークエストは、経験値効率はとても良いものの、一日で一回、すべての難易度を回ったとしても三回しか出来ない。


 当然のことながら、ガチャで引いた直後のキャラは弱く、難しいデイリークエストはクリア出来ない。アリスとレナは、数日前にやっと一番難しいクエストまでクリア出来るようになった。後はルーチンワークだ。日々クエストを熟していくだけでレベルはカンストするだろう。


 レベルがカンストしたら、メインパーティーのメンバーとして数えられるようになる。

 疲労の概念があるこのゲームは、ずっと同じメンバーで戦うわけにもいかないので、メインパーティーは入れ替え前提だ。複数のパーティーを組めるだけのキャラ数が必要になる。


 ちらりと後ろを見ると、相変わらず不満顔のレナが見える。

 背中に置いていた手は離れているものの、俺の背後からは移動するつもりがないらしく、不満顔のまま後ろにくっついている。


 今日の分のデイリークエストはクリアしてしまったので、後は、フリークエストで欲しいアイテムを集めるつもりだが、この不満顔のまま背後に居られるのは、精神的にちょっとキツイ。

 俺はキャラの疲労を言い訳に、メインパーティーに切り替えようと、メニューを開いた。

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