Virtual Game OutRange 2 -ガチャに出会う、好きになる-

工事帽

第1話

 スカウトと書かれたボタンを押すと、ボタンは目の前から消え去り、光が渦を巻く演出が展開される。

 虹色に光る渦に上がっていくテンション。


「来るか? 来るか? 来るか?」


 虹の渦が収束し、そこには一人の姿が現れる。

 バランスを崩して座りこんだ少女は、お尻を打ったのか、手でさすりながら立ち上がる。

 ショートカットの髪は赤茶けていて、少女の気の強そうな顔を後押ししているようだ。

 身に着けているのは簡素な革鎧で、その腰に帯びた短い剣と合わせて見ると、防御力よりも動きやすさを重視していることが分かる。

 動きやすさを重視しているのは体格が理由なのか、控え目の身長と、控え目の胸のサイズは、革鎧の胸当てで隠れていることを踏まえても、とても控え目であろうと予想される。


「痛ったぁ。なんなのよ、もう」


 予想よりも若干低い声は、アニメ声のような作られた声ではない生身の音で、少女の困惑が伝わってくる。

 ツリ目気味の瞳が辺りを伺うように動き回り。俺と目が合う。

 美しくも不安に揺れる瞳を見ながら、俺は思わず声を上げた。


「誰だこいつ」



 VR(ヴァーチャル・リアリティ)。その言葉は幾多の娯楽の一つとして生を受けた。

 仮想現実とも呼ばれるその虚構の空間に、様々な物語を詰め、その世界でしか通用しないルールで無限の自由を謳歌する。


 その娯楽は、ヘッドセットと呼ばれる被る物から始まり、次第にその範囲を映像と音のみならず、臭い、声、そして触覚まで網羅するに従って全員を覆うように進化していった。

 VRはその汎用性の高さから、娯楽に限らず、教育にもビジネスにも、そして軍事にもその用途を広げていったが、娯楽は、多くの娯楽がそうであるように、黎明期の起爆剤となったのは、エロであった。


 人の三大欲求と呼ばれる、食欲、睡眠欲、そして性欲。

 生き物の原始的な欲望であるこれらのうち、食欲、睡眠職はそれを拒み続けると死に至る。正に、生きていくための根源である。

 そして性欲。拒んだとしてもそれ自身が自分の命に関わるわけではない。だが、時代の命に関わる最後の欲求は人類の歴史の重みを持って個人に迫る。


 黎明期を遥かに過ぎ、多くの用途でVRが利用されるようになるに従い、直接的なエロ表現を含まないジャンルへも波及。他の娯楽と同様に、エロは害悪とのレッテルを張られ自主規制の枠組みが作られる。

 しかし、一方では間接的な表現を含むソフトなエロ表現への需要は根強い。僅かに覗く日焼け跡。下着が見えそうな体勢。至近距離での会話等。エロではないと言い張れるギリギリのシチュエーションはジャンルを問わず多用され、コンテンツの人気の一端を確かに支えていた。



「誰だこいつ」


 思わず上げた俺の声に、不安に揺れていた瞳が一変する。瞳に力が籠り、ツリ目気味に見えた瞳が攻撃的に燃え上がる。

 虹演出だったから、レアキャラなのは間違いない。ないが、見覚えもない。

 そもそも今回のガチャのピックアップは長髪で凛としているように見えるドジっ子属性の女騎士のはずだ。


「あんたこそ誰なのよ!」


 すり抜けてきたかと、少し残念に思いながらもレアはレア。育てれば相応に強くなるだろうし、俺が知らないだけで使い勝手の良いキャラの可能性もある。

 手を剣の柄に掛けながら大声で言い返す少女に、俺は慌てずにメニューを操作し始める。


「答えなさいよ!」


 メニューから親密度を上げるアイテムを選択する。俺に手に現れるのは香水のような小さな瓶。頭の中で目の前の少女に使用するように念じれば、小さな瓶はかき消されるように失われる。


「こ、答え、答えてよ、ねえってば」


 剣の柄から手を放して、俺に抱き着いてくる少女の肩に手を回す。

 親密度は重要だ。

 新しく入ったキャラはレア度に関係なく親密度ゼロから始まる。パーティーメンバーに加え、何度も出撃を繰り返すことで親密度は上がっていくが、ものすごく時間が掛かる上に、親密度が低い間は戦闘の指示にも従わないことが多い。


 だから、俺はいつもこのアイテムを使う。アイテムは少々高いが、親密度の低い間は指示を無視することもあって、難易度の低い戦闘を繰り返して親密度を上げていく必要がある。そんな面倒で、効率の悪いことはしたくない。


「ごめんごめん。それで、名前を教えてもらえるかな」


 少し潤んだ瞳で見上げる少女の体格は、やはり控え目だった。

 俺の腕の中にすっぽりと納まる華奢と言っても良い体格。顔を伏せれば俺の肩あたりに来る瞳は、今の見上げた状態でも俺の顎の高さだ。お互いが真っ直ぐ立ったままであれば、キスは額にするのがやりやすい。


「レナよ。あなたの名前も教えて」


 チョロい。ここがゲームで、そういうアイテムを使ったのだから少女の反応は正しいし、課金アイテムを使ったのに反応が変わらなかったら、そちらのほうが変だ。

 それでも、ここまであからさまに変わり、抱き着いた後で自己紹介とか、順番がくるくると入れ替わり転がり落ちる様はどこのエロゲだよと言いたくなる。


「俺の名前はフリー。これからよろしくな」


 そう言えばこのゲーム18禁だったわ。

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