第7話「初デート 前編」


   7話「初デート 前編」


 白が連れてきてくれたのは、駅前から外れた少し距離のあるショッピングモールだった。

 車を持っていないしずくが、足を運ぶ機会が少ない場所を選んでくれたようだ。実際、しずくは初めて訪れた場所だった。

 そして、前に少しだけ話した事を白が覚えていたようで、「しずくさんが好きだって話してたアニメの劇場版が公開されたばかりだったので、予約しておきました。」と、映画のチケットもすでに購入していた。

 自分よりも10歳も年下なのに、年上のようにリードされてしまい、しずくは「気を使わなくていいよ。」とお金を渡そうしたが、「僕が誘ったので。」と全く受け取ってくれず、しずくはその好意に甘えるしかできなかった。


 映画が始まるまで少し時間があったため、グッツを覗こうという事になった。

 しずくは見る作品のものを見つけ、ついつい夢中になって見てしまっていた。

(あ、このキーホルダーかわいいな。クリアファイルもかっこいいし、パンフレットも欲しいな。)

 しずくは、手にとって商品を吟味していると、隣で白が楽しそうにニコニコと微笑みながら見ているのに気がついた。

「あ、ごめん。夢中になっちゃって。」

 しずくは、持っていたものを慌てて戻すと、「もっとゆっくり見てていいですよ。」と白は笑った。

「なんかすごく真剣に悩んでたので、本当に好きなんだなぁって思いまして。」

「・・・うん。この作品は、好きなんだ。」

「何か買いますか?」

「映画見て良かったら、パンフレットと何か買おうかな。」

「楽しみですね。」と白はしずくにチケットを渡した。


 平日の午前中だったため、映画館は好いていた。

 しずくと白以外に数人がいるぐらいで、落ち着いて見る事が出来そうだなと、しずくは思った。

「しずくさんは、アニメではどのキャラが好きなんですか?」

 などと、待っている間は作品の話で盛り上がった。白は原作の本を読んでいたようで、映画を見るにあたってアニメも見て来たと言っていた。

 しずくが好きな物を知れて嬉しいと、さらりと恥かしい言葉を溢した白に、しずくはまたドキリとしてしまう。

 そんな事に気づくはずもなく、場内が暗くなると白は視線をスクリーンに向けた。しずくは、その瞬間小さく息を吐いたのだった。


 映画は、予想以上に楽しい物であっという間に終盤になった。

 ラストは感動的なシーンがあり、もともと涙もろいしずくだったが、大好きな作品という事もあり、涙を堪えるのに必死だった。

 となりにいる白に見られてしまうのが、どうも恥かしく我慢していたが、1回涙が出てしまうともう駄目だった。次から次へと涙が零れてしまう。

 白にバレてしまう事を覚悟して、こっそりとバックからハンカチを取り出して涙を拭いた。

 だが、白は何も言ってこなかった。見てみぬふりをしてくれているのだろうか。

 しずくはどうしても気になってしまい、顔を少しだけ横にして白を隠し見た。

 すると、白は真剣にスクリーンを見ており、全くこちらの様子に気づいていないようだった。

 そして、しずくは見てしまった。

 白の横顔、そして瞳から流れた涙を。白も泣いていたのだ。

(綺麗に泣く人だな。)

 しずくは、すぐにそう思った。スクリーンの光を浴びて、涙を光らせる。目から1つの道を辿るように雫が流れていく。

(私は泣いたらぐじゃぐじゃになっちゃう。)

 そんな事を思って白の横顔を見つめた時だった。

 一瞬、違う光景がその姿と重なったのだ。小さな少年が泣いている。小さい頃の白だろうか。

 その少年も綺麗に泣いていた。

「あッ。」

 その姿を見た瞬間、しずくは小さな声を出してしまった。慌てて手で口を押さえたが、もちろんもう遅い。

 さすがの白も気がつき、驚いてしずくに視線を向けた。もちろん、泣いた顔のままで。

 白は自分が泣いたままという事に気づいて、恥かしそうにしながらも「大丈夫ですか?」と小声でしずくに声を掛けた。しずくは、「大丈夫。ごめんなさい。」と返事をして、スクリーンを見たのだった。

 

 それから、最後までの短い時間だったが、しずくは映画の内容が全く頭の中に入ってこなかった。



 映画が終わり館内が明るくなる。

「楽しかったですねー。」

「うん、いい映画だったね。」

「途中大丈夫でしたか?」

「うん、ごめんね。」

「・・・泣いてるところ見られてしまったのは恥かしかったですけど、しずくさんも同じだったんですね。」

 白はそう言うと、しずくが持っていたハンカチを指差した。

 あの思い出した光景の事で頭がいっぱいになり、ハンカチをバックにしまうのを忘れてしまっていた。しずくは、仕方なく「感動したから。」と正直に話すと、白は「あれは泣いちゃいますよね。」と嬉しそうに言ったのだった。


 会場を出た後、2人は別々に別れてトイレに向かった。

 手を洗って、自分が写る鏡をしずくは、ボーっと眺めていた。

 考えていることは、もちろん思い出した泣いている少年だった。その少年は何かを持ってそれを見ながら綺麗にぽろぽろと泣いている。

 しずくは、少し離れたところからそれを見ているようだった。

 だが、思い出せることはそれだけだった。


 綺麗に泣いている。

 白に共通するところはそれだけだった。似ているといえば似ているが、小さい時の記憶だから曖昧だろう。

 綺麗に泣いているから、あれは白の記憶だと言い切る事は出来なかった。

 それに、思い出したことをそれだけ。

 なんのヒントにもならなかった。


 しかも思い出したのが「泣いている小さい頃の白かもしれない。」という事。

 とても、彼に話せるような記憶ではなかった。

 しずくはため息をつきながらトイレから出た。


 出たところで白が待っていると思ったが、そこには誰もいなかった。考え事をしていたので、少し待たせてしまったかもしれない、と思っていた。

 少し待ってみるが、白はなかなか戻ってこなかった。

 周りを探してみようかな、と会場から出ようとした時。少し離れたところから、走ってこちらに向かう彼を見つけた。


「すみません。お待たせしました。」

「大丈夫。何かあった?」

「あ、これを買ってきました。」

 そう言う白は確かに2つの袋を持っていた。そして、「これがしずくさんの分です。」と、1つの袋をしずくに渡した。

 しずくは、不思議に思いながらも御礼を言いその袋を受け取って中身を覗いた。そこには、先ほど見た映画のパンフレットと、しずくが悩んでいたグッツが何個は入っていた。

「・・・これ。」

「はい!いい映画だったので、パンフレット欲しいかなって思って。あと、グッツもあのキャラクターのでよかったですよね?」

 心配そうに言う白に「うん。」と返事をしながら、白はしずくが欲しいと思って手に取ったグッツを、しっかりと見ていたのだと初めて知った。

 袋に入っていたのは全てしずくが欲しかったものなのだ。

「ありがとう。これ、欲しかったの。」

「よかったです!当たってましたね!あ、僕も全く同じの買ったんですよ。」

 と、白は嬉しそうに自分の袋も中身も見せてきた。白が言ったように、しずくにくれた物が入っていた。

「パンフレットは今日の思い出ですし、しずくさんとお揃いが欲しかったので。」


 そう言いながら、持っていた袋を嬉しそうに眺める白は、欲しいおもちゃを手に入れた子どものようだった。

 そんな姿を見て、しずくは思った。

 思い出すならば、白の笑っている過去がいい、と。



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