第140話 淡雪

 一軒の飲み屋。


 ゴクゴク・・・

 ごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅ・・・


 凄い勢いで減っていく黄金色の液体を見ながら考える。

 これは止めた方がいいだろうか。

 だが、まだ一杯目だ。

 野暮なことを言って、盛り下げるのも躊躇われる。

 初めて呑むわけでもないし、そこそこ呑みなれているはずだ。

 しばらくは様子を見よう。


 せめて、減っていく量に比例して、ストレスも減っていくとよいのだが。


『ぷはっ』


 魔法使い(PG:男)と魔法使い(PG:女)が、ほぼ同時に一杯目を飲み終えた。


「今日は凄い飲みっぷりですね~」


 後輩はマイペースで飲んでいる。


「まあ、大変だったろうしね」


 先日の蟲型モンスター(プログラムバグ)の襲撃で、かなりストレスが溜まっているようだ。

 今日は課長と魔法使い(PG:ベテラン)は来ていない。

 上がいると、こぼせない愚痴もあるだろう。


☆★☆★☆★☆★☆★


「結局、原因は自分が作ったところじゃなかったんですよ」


 珍しく魔法使い(PG:男)が愚痴っている。


「原因は調べるまで、分からないしね」


 とりあえず、相手の言うことを否定せずに、相槌を打っておく。

 他人の尻ぬぐいで大変だったことに文句はあるが、必要であったことは納得しているといったところか。

 説教じみたことも、下手な慰めも、言う必要はなさそうで安心した。

 文句は良いが、納得が無いと、冒険者(サラリーマン)は続かないからな。

 愚痴を吐き出せば、ストレスも少しは減るだろう。

 愚痴を吐いている間は、アルコールを飲む量も減る。

 倒れるほど飲み過ぎることは無いだろう。


 さて、もう一人の方は・・・


「ごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅ・・・」

「あ、これ、おいしいよ~」

「ぱくぱくぱくぱくぱく・・・」

「あ~、全部食べないでよ~」


 よく分からん。

 いつも通りのようにも見えるし、ヤケ飲みヤケ食いをしているようにも見える。

 後輩がいるから大丈夫だとは思うが、飲み過ぎないか少し心配だな。

 さて、どうするか。


「おっ!」


 なにげなくメニューを眺めていて見つけた。


「どうしました~」


 気づいた後輩が、こちらに声をかけてくる。


「ほら、これ」


 そこには、こう書かれていた。


『夏を先取り!フローズンビール、日本酒シャーベット』


 話題転換にちょうどいい。

 それに、単純に興味もある。


「実はフローズンビールって、飲んだことがないんだよなぁ。流行っていたのは知っているんだけど」

「けっこう、おいしいですよ。泡がシャリシャリしていて」


 魔法使い(PG:男)は飲んだことがあるらしい。

 話に乗ってきた。


「日本酒のシャーベットって、おいしそうですね~」

「甘いアイスやシャーベットとは違う味で、おいしいわよ。キンキンに冷たくて、スッキリした後味で」


 決まりだな。

 店員を呼んで注文する。


☆★☆★☆★☆★☆★


 ふわりと盛り上がった泡。

 冷たいだけのビールでは、こうはならない。

 フローズンだからこそ成り立つ見た目だ。


「飲むのは一年ぶりです」


 そして、雪のように見える塊。

 子供が雪合戦で使う雪玉のようにも見えるが、アルコール度数は、そこそこあるはずだ。


「これ日本酒を凍らせて削るだけで、家でも簡単に作れるんですけど、なかなかお店と一緒の味にならないんですよねぇ」


 味わったことがある二人は、品が来ると同時に、さっそく口に運ぶ。

 一口ずつ味わいながら、楽しみ始める。


「あ、ほんとだ~。普通に日本酒を飲むより好きかも~」


 後輩は日本酒シャーベットを食べ始めた。

 なかなか気に入ったようだ。


 自分はフローズンビールを飲んでみるか。

 個人的に、ビールは泡があってこそだと思う。

 それが、こんもり盛られているのだ。

 興味が湧かないわけがない。


「喉ごしがいいな」


 ビール自体の味はそれほど変わらない。

 だが、泡が違うだけで、味わいが別物だ。


「もうすぐ、夏ですね」


 もう、愚痴は聞こえてこない。

 淡雪が解けるように、ストレスも流れていったようだ。

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