第40話 脱出

 冒険者(サラリーマン)の集う都市(名古屋)。

 東に首都(東京)、西に魔都(大阪)への道が続く。

 たまに、通過するだけの中継地点(名古屋飛ばし)として扱われることもあるが、交通の要所として位置的には悪くないだろう。

 大規模なダンジョン(有名な自動車メーカー)もあり、冒険者(サラリーマン)にとっては拠点にしやすい場所だ。

 もっとも、冒険者(サラリーマン)以外の旅人にとっては、縁の無い都市(魅力に欠ける街、ダントツの1位)と言われることもあるが。


 季節は冬。

 昼くらいから降ってきた白い結晶によって、夕方には辺り一面が白銀に輝いていた。

 美しい景色だとは思うが、冒険者(サラリーマン)にとっては別の意味を持つ。

 クエスト(お仕事)を早めに切り上げ、転移ポータル(名古屋駅)へ向かったのだが、遅かったようだ。

 そこには、地獄絵図が広がっていた。


☆★☆★☆★☆★☆★


「やっぱり、止まってますね~」


 一緒にギルド(職場)を出た後輩がつぶやく。


「今日中に再開しますかね~」

「だんだん、雪が酷くなってるしなぁ」


 周囲には普段以上の人だかりができていた。

 しかも、普段なら減る人数と増える人数のバランスで、一定以上にはならないのだが、今日は増える一方だ。


「タクシーは・・・すごい行列だな」

「それ以前に、自腹だとつらい金額ですよ~」


 いざとなったら、後輩の分も払ってもいいのだが。

 もっと早く帰らせればよかったのだが、それをさせなかったのは、自分のミスでもあるだろう。

 だが、行列の長さと減り方を見ていると、それも難しそうだ。


「会社に戻ろうか」

「そうですね~。寒いですし、喫茶店も混んでますしね~」


☆★☆★☆★☆★☆★


「あれ?」


 戻る途中で、見習い魔法使い(プログラマー:女性)に会った。


「どうしたんですか?」

「止まってた~」

「JRも近鉄も駄目だった。地下鉄は動いていたみたいだけど」

「そうなんですか、どうしよう」


 彼女も帰る手段がないようだ。


「今日は会社に泊まりですかね」

「それしかないかな」

「修学旅行みたいですね~」

「わたしは、仕事で徹夜の思い出がよみがえるけど」


 ゆっくり身体を休めるなら、ビジネスホテルに泊まる方法もあるのだが、こんな日は満室だろう。

 それに、転移ポータルが再開する可能性も低いがゼロではない。


☆★☆★☆★☆★☆★


「といっても、仕事はきりのいいところまで終わってるし、やることが無いな」

「わたし、コンビニにいって、お菓子でも買ってきますね~」


 荷物を置くと、後輩が出ていった。


「あれ?」


 しばらくすると、見習い魔法使い(プログラマー:女性)が入ってきた。


「どうしたの?」

「向こうのメンバーは、みんな帰ったみたいで。寂しかったので、こっちに来てみました」


 そう言って、後輩の席を、ちらりと見る。


「コンビニに買い物に行ったよ」

「じゃあ、ここで待っていていいですか?」

「適当に椅子を使っていいよ。コーヒー買ってくる」

「あ、わたしも行きます」


 少し雪に濡れたせいか、寒くなってきた。

 コーヒーをすすりながら、身体を中から温める。


☆★☆★☆★☆★☆★


「お待たせしました~」


 30分ほどして後輩が戻ってきた。


「結構、時間がかかったわね」

「来てたんだ~。レジが行列だった~」


 無理そうだと判断した人間が、同じことを考えたのだろう。

 その割にギルド(職場)には人が少ないが、そういえば別ルート(地下鉄)で帰るメンバーが多かった気がする。


「おにぎりとかサンドイッチも買ってきましたから、二人も食べてください~」

「お金、払うよ」

「いいですよ~。わたし、いっぱい食べるから、多めに買ってきましたから~」

「先輩として後輩に奢られるわけにはいかないから」


 そう言って、無理やり押し付ける。

 見習い魔法使い(プログラマー:女性)も払うと言ってきたが、それは断った。


☆★☆★☆★☆★☆★


 残っている人間が少ないことだし、会議室の1つを占領して、本格的にくつろぐことにした。


「ワンセグで見てたんですけど、やっぱり動きそうにないですね。名古屋駅もすごい人混みです」


 横から見せてもらうと、自分たちが行ったときより、さらに人混みが酷くなっている。

 どうやら、今日中に脱出するのは、無理なようだ。

 早めに諦めて戻ってきたのは、正解だった。


「中継でコンビニの商品が売り切れ続出って言ってました~。買えてよかったです~」


 後輩に感謝だ。

 食糧を確保できたのは大きい。

 寒い上に空腹だと、不安で惨めな思いにかられるものだ。

 それを避けることができた。

 むしろ、飲み物で身体を温めて、空腹も満たされたので、眠くなってきた。


「雪を見ていると、温泉に行きたくなりますね~」

「そうだなぁ」


 あくびまじりに答えを返す。


「温泉行くなら、そのまま旅館で熱燗でも飲みながら癒されたいですね」

「いいねぇ。温泉に行くなら、やっぱり日帰りより泊まりだよね」


 くつろいでから移動するのは、どうももったいない気がする。

 温泉は泊まりで行くものという印象がある。

 うつらうつらと、夢の中に片足をつっこみながら、相槌を打つ。


 ・・・・・


☆★☆★☆★☆★☆★


「始発から動くみたいですよ」


 いつの間にか、座ったまま眠っていたようだ。

 肩を揺らされながら、起こされた。


「今週末は温泉ですからね~。後で場所と集合時間を連絡しますから~」


 ん?

 温泉に行くことが決定になっている。

 そういえば、眠る前に温泉の話題が出ていた気がする。

 最後の方を覚えていないが。


 まあ、いいか。

 温泉はひさしぶりだ。

 冬に温泉。

 風情がある。

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