8月25日-7-

笑っている二人を無視して僕は語り出す。


「明日、アタッシュケースが投下されるタイミングで、その警官を探してみようかと考えている」


毎日律儀にアタッシュケースが投下される時間帯が最も多く、人が外に出ているからだ。

今のところ、必ず午前11時に投下されている。


「ふふっ・・・それいいかもね!」


まだ笑っていやがる。


「だけど、肝心の顔が分からないのがなぁ」


「私・・・鶴里さんの顔を覚えてますわ」


いつの間にか真顔に戻っていた芹香が言った。


「つる・・さと?」


「警察官の方のお名前ですわ」


澄まし顔で芹香は答える。


凄いな芹香。

あんな1、2回しか呼ばれていないであろう名前を良く覚えていたな。


芹香は確かに記憶力が良い印象だ。


「よ、良く覚えてたな!?」


「当然です」


当然なんだ。

澄まし顔で答える芹香に、普段はいらっとする事もあったが、今回はでかしたと言ってやりたい。


「そ、それじゃ・・明日、その人を探してみよう!」


僕が言うと、驚いた表情で悠里がこっちを見ていた。


「な、何?」


「あの正護君が・・・やる気だ!」


恥ずかしさから無意識に、がしがしと頭を掻いてしまった。


「いや・・・まぁ、な」


僕にしては珍しく素直に答えた。


「でも、そっちの方が良いよ!!」


満面の笑みで悠里は言った。


勝手に好印象を持たれてはいるが他力本願な内容なんだけど・・・。


しかし、悠里はご満悦の様子。


「それでは明日の昼に行きましょう」


芹香が言うと、悠里は少し気合いを入れるように大きく頷いた。


今から張り切ってもしょうがないだろうと突っ込みたくなる。



しかしながら・・・僕の本音を二人には言えない。



瑠菜に対しては、多少の引け目を感じてはいるものの、僕はそれより、黒田に不幸な目に合って欲しいだけなのだ。


あいつに天誅を下したい。


ただそれだけである。


僕を下に見ているであろう言動に、僕を殴った事に対する恨み。


両腕に付いた、あるかどうかも分からない爆弾が作動して欲しいと願ってはいたが、奴はそんなヘマを起こしそうもない。


無名島にモラルなんてものが存在しないからといって、好き勝手にやっている黒田の顔を苦痛に歪ませたいだけだ。


夕食を終え、歯を磨いてから僕は自分の部屋に戻った。


悠里と芹香が風呂から出るまで僕は自室で待っている状態だ。


明日、鶴里さんとやらを見つけて、僕達に協力してくれたら助かるんだが・・・、何でも有りの無名島で、そういった常識のネジを飛ばした輩になっていなければいいのだかな。


黒田のような奴を野放しにしていては危険だ。

井上っておっさんも、ここでの暮らしに慣れて、黒田の手下みたいになってしまったみたいだしな。

もう一人、男がいるらしいから・・・向こうは三人な訳だ。


大丈夫か?


警官一人じゃ分が悪い。


拳銃を持った警官なら未だしも、丸腰の男一人で黒田達に立ち向かえるのだろうか?


不安になってきた。


僕も参戦なんて事にはならないようにしないといけない。


準備を怠らず、武器になりそうな物を考えておいた方がいいな。


ぱっと浮かぶはフライパンとか物干し竿。


後・・・丸太。


駄目だ・・・。


こんなんじゃ心許ない。


出発前に、二人に相談しておこう。


そうこう考えていると、こんこんと音がした。


「出ました」


芹香の声だ。


二人共、風呂から出たみたいだ。


「分かった!」


そう返すと、ドア越しに芹香が言った。


「少し、お時間宜しいですか?」


珍しいな。

芹香がそんな事を言い出すのは。


「あ、あぁ」


「入りますわ」


えっ!?入ってくんの?


言うや否や、芹香はがちゃっとドアを開けた。


湯上がりの芹香を一瞬だけ見て、直ぐさま後ろを向いた。


ごろんと布団に寝転がっていたので、体勢を変えて聞く事にした。


芹香には僕の後頭部が見えている。


「ど、どしたん?」


心拍数が上がっていく気がした。


「その前に、こちらを向いて頂けます?」


「このまま聞くよ」


「何故ですか?」


「いや・・・なんとなく」


「何故ですか?」


「あぁ、その恥ずかしいから」


「何が恥ずかしいのですか?」


「な、なんとなくだよ」


「どういう意味ですか?」


限りなく続く疑問文にうんざりとしてくる。


観念して僕はむくりと身体を起こし、あぐらをかいて聞く体勢をとった。


目を細めて芹香の方を盗み見る。

ドアの前で姿勢良く正座をしていた芹香。


風呂上がりの火照った顔を見ただけで、どくんどくんと心拍数が上昇する。


なんか良い匂いが漂ってきた。


意識しないように僕は切り出した。


「話しって何?」


「どうして助けようとするのですか?」


「た、助けるって・・・言っても僕が助ける訳では無いけど」


「誰かの為に動こうとする方には思えません」


随分とまぁ直球に言ってくるな。

だが、芹香の性格上、オブラートに包んだり、言葉を濁したりは今の今まで聞いた事がないからなぁ。


「まぁ・・・その瑠菜って娘達が可哀想だからなぁ」


「そうゆうのは結構です」


半ば投げやりに芹香は言った。

悠里にも、もしかしたら気づかれてはいるのかもしれないが、芹香には僕の汚い部分がバレていた。


暫く考えたが僕は正直に答えた。


「そっか・・・うん。まぁ、あいつが腹立つからだよ」


僕の思うところが芹香に伝わったかは分からないが、芹香は表情を崩さず頷いた。


「もし・・・最悪の事態になればどうなさるのですか?」


「最悪の事態か・・・」


悠里とも帰りの道中にこんな話しをしたよな。

考えうる限りで、黒田達にバレて僕は半殺しにされ、悠里と芹香が捕まることかな。


たらればを今話したところでどうにもならないだろう。

心構えにはなるかもしれんが・・・


「そうなったら・・・逃げるしかないよな・・・」


答えを持っていたかのように、驚いた様子もなく芹香は言った。


「もしもの時は・・私は結構ですので、悠里さんを逃がして欲しいです」


僕にそんな事を言われても困る。


「逃がすって・・・どうやって?」


僕が度を超した超人ならまだしも、直ぐに謝り、逃げ出すチキン野郎な事は理解しているだろう。


「分かりません」


「状況にもよるが難しいと思うけど?」


怪訝な表情で小首を傾げる僕。



少しの間の後、芹香が動き出した。


布団の上にあぐらをかいて座っている僕の横に芹香は座った。





















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