8月25日-3-

「あっ、あの・・・」


僕と悠里のやり取りに瑠菜が声を掛けた。


「瑠菜ちゃん・・・」


申し訳なさげに悠里は呟いた。


「ご、ごめん・・・なさい」


「あ、謝らなくていいんだよ!だ、だって正護君が悪いんだから!」


僕が悪いのかよ・・・

腑に落ちないが肝心の瑠菜が話してくれないと進めようがない。


「はぁ・・・んで?」


呆れ気味に僕は聞いた。

悠里が冷たい視線を送ってきたが、そんな事は知ったこっちゃない。


「た、助けてくれませんか?」


「それは無理だ」


即答で僕は言った。

やんわり断る場面でも無いしな。

期待を持たせる訳にもいかないしそこは、はっきりとさせておいた方がいいだろう。


「わ、私・・・行くよ!」


悠里が拳を強く握り言った。


勝手にしてくれ・・・


「ん、それじゃ先に帰ってるわ!」


戻って来れるとはとても思えないけどな。


「どうして?」


無言のまま首を傾げて返した。


「助けてあげようよ!」


悠里は僕の目の前まで来ると、立ち止まり、じっと僕の目を見つめてくる。


有無を言わさぬ表情に気圧されそうになるが、それでも行く気はさらさら起きない。


視線を外し、僕は小さく呟いた。


「お前だけで行けば?」


「一緒に助けてあげようよ?」


即答で返す悠里。問答が面倒くさい。


「嫌だ・・・」


「お願い」


「いや・・・つーか、か、勘弁して下さい」


「私・・・一人じゃ怖いよ」


そう言って涙ぐむ悠里。

泣きたいのはこっちである。


簡単な話しだ。じゃぁ行かなければいんじゃね?って話しだし、行きたいなら勝手に一人で行けばいいだろう。


僕を巻き込まないで欲しい。


「最初に僕の家で住む事になった時の事を覚えているか?」


僕の問いに悠里は無言で頷いた。


僕はあの時、本当にヤバいと思ったらすぐに逃げると、悠里と芹香に告げた。


チキン野郎の情けない発言だが、今はその状況に近いと言える。


「僕は行かない・・・情けない自分を・・・どうか許してくれ!」


さらさら許しを請うつもりも無いが、所詮は口だけ。言うだけなら簡単だ。

逃げる為だけの発言。

これが僕の染み付いた処世術。


悠里は何も言ってこない。


その後ろで瑠菜も僕達のやり取りに入ってくる様子もない。


実に不穏で居心地の悪い空気。


はたから見れば、間違いなく僕が悪者に映っているだろう。

だけど・・・実際この状況下は、僕が悪者なんだろうって自覚もある。


人の本質はそうそう簡単には変わらない。


ましてや、こんな無人島に拉致されてまともな思考でいられる訳がない。

周りの人なんか二の次だ。我が身が大事だ。危険な気配しかしない事案に首を突っ込みたくはない。


行く行かないの問答にこれ以上時間を割くのも面倒だ。

さっきから蚊も飛んでいるし、あまり立ち止まってはいたくない。


僕は無言で歩きだした。


「まっ、待ってよ!!」


悠里が叫んだが僕は無視した。


だが、悠里は走って僕の目の前までやって来て進行を塞いできた。


勘弁してくれ。

お前はしつこいセールスマンかよ・・・


「お願い・・一緒に行こう?」


震える声と、同情へと誘う涙ぐんだ表情。


「嫌・・・です。本当にごめんなさい」


敬語で応対する僕に、悠里が手を握ってきた。


「おね・・・がい」


同じことを呟く悠里。

握ってきた手は温かく汗ばんでいて、妙に生々しく感じた。


震えている悠里の手を優しく僕は外した。


「怖いので行きたくない・・です」


「私も怖いよ」


「情けない僕をどうか許して欲しい。本当にごめんなさい」


辛そうな表情で僕は言った。

僕の性格の悪さもここまでくると大したもんだと思えてならない。


「どうしても・・・駄目なの?」


「駄目と言うか、その・・・無謀っていうのか・・・怖いんです」


そう告げると悠里は黙ってしまった。


瑠菜が困ったような表情で僕達に駆け寄ってきた。


こんな醜悪なやり取りを瑠菜に見せてしまっている事が嫌だ。


僕の嫌いな感じの静けさだ。



暫しの沈黙の後、悠里はくるっと後ろを向いた。


ふぅ~っと大きく深呼吸をして悠里は言った。


「瑠菜ちゃん・・・ごめんね?」


そう言って小さくお辞儀をする悠里。


「えっ?」


何に謝っているのか分からないといった表情の瑠菜。


だけど・・・・・僕には分かった。


分かってしまった。


悠里は恐る恐る顔を上げ瑠菜を見た。


申し訳なさそうなその眼差しは瑠菜を見据えている。


「本当にごめんなさい」


こいつ・・・


断る体に入りやがった。


「えっ!?」


瑠菜が驚くのも無理はない。

こうなってくると本当に酷いのは僕よりも悠里だ。


「男の人の正護君がいないんじゃ・・私だけ行っても無理だと思うんだよね?」


僕が行ったところでって感じだが、悠里は手を合わせてぺこりとごめんなさいをした。


なんとも価値のない謝罪である。


ごめんなんて軽い言葉で済ますのは都合が良すぎる。


「そ、そう・・ですよね。仕方ない・・・ですよね」


瑠菜の立場からしたら、そう言わざるを得ないよな。


期待させるだけ期待させてそれはあまりにも酷だと思う。


「ごめんね?きっと・・・いつか助けに行くから!」


そう言って、拳を強く握りしめる悠里。


いつかっていつだよ。

この場を丸く収めようと考えても無駄だぞ?

悠里の一言一言が醜く感じる。ここまでの過程を思い返すと軽く微睡んできた。


瑠菜の方には、あきらかに悪い印象にしか映らない。

それは僕も同じだけど悠里は僕よりも酷い。


第一、このまま解散した場合、今日も瑠菜は黒田に犯されてしまう可能性があるんだろう?


そう言って僕を引き止めようとした張本人が行かないと言う選択はまずいのではないか?


正義ぶって軽はずみな発言をした悠里に性格の悪さを感じた。


いや・・いつかと言わず今行けよと言いたくもなる。


黒田を許せないとかほざいておきながら、自分は助けに行かないんだもんな。

僕なんかよりよっぽどたちが悪い。


何故に僕を執拗に連れて行こうとしたのか分からないが、こうなってしまえば話しは早いのも事実。


悠里に続いて僕も断る。


「本当に力になれなくてごめんな?」


言いながら僕は頭を下げた。

言ってて胸のどこかが疼くような感覚。


「い、いえ・・・しょうがないですから」


瑠菜はそう言って、僕達に頭を上げて下さいと言った。


悠里は瑠菜の元に駆け寄って、ぎゅっと抱きしめた。


その光景が心底気持ち悪いものに映った。


初日に悠里と初めて話した事を思い出した。


あいつは僕の事を偽善者だと笑いながら言っていたけど、お前も大概だなと言ってやりたくなった。







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