異世界は理不尽です ~転生して男の娘なった俺は拷問を受けたので闇に堕ちました~

もくめ ねたに

エピローグ


 何故、このようなことになったのだろう。


 そんなことを思いながら雨降る森をひた走る。

 跳ねた泥でズボンの裾が汚れたことも気にせず。


 ほとんど人が来ないこの森に道など無い。

 木を避け、枝を折り、草花を踏みつけ道を作る。

 今もなお降り続く冷たい雨は容赦なく体温を奪い去り、この世界は俺の生きる気力をも強奪してゆく。


 平和に過ごすために、めんどくさいめんどくさいと思いながらもある程度はちゃんとやってきたつもりだ。


「あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁ──!!」


 静寂が支配する森に、慟哭が尾を引いて響き渡った。


 この世界は理不尽すぎる。


 言われようのない悪意、害意、敵意。

 俺が何をやったと言うんだ。誰か答えてくれ、教えてくれ。

 ──ああ、神よ。もしも、天にいるのならば今すぐ朽ち果てて消え去ってくれ。


 俺はこの世界が憎い······だから···! 





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「はぁ······」


 今日何度目、いや何十回目になる溜息を吐き出す。


 面倒臭い、面倒臭すぎる。

 あーもうやだやだやだー。マジで面倒臭い。


 この時期になると若者の一部は辛気臭くなる。

 何故ならば、今日は大学の入試試験であるからだ。

 小学生は中学受験であり、中学生は高校受験でもある。


 いやはや面倒臭い。

 なんで大学行かなきゃなんねーんだよ。

 いや、まぁ今の時代大学でも出なきゃ、いい会社に入るのは難しいし、更にめんどくさいことになるのは明白なんだけどさ。

 ブラック、ダメ、ゼッタイ。

 わかっている、わかっているけども面倒臭くてたまらない。


「はぁ······」


 正確には今ので273回目の溜息が出た。

 本当に面倒臭いからなのか、それとも緊張を紛らわすために面倒臭いと言っているのか、だんだん自分がわからなくなってきた。


 確かに朝起きた時に──いや、一昨日おとといの夜からだな。

 俺は緊張で眠れなくなっていた。まるで、前日に遠足を控えた小学生のように。


 まったく、俺は子供か! でも、昔から緊張に弱いタイプではあった。

 某コンビニバイトの面接でも噛み噛みで、「コイツ何言ってんの? バカなの?」みたいな目でハゲ店長に見られるしさ。

 俺だって何言ってるか分かんなかったつーの。

 というかバカは余計だ!


 そんな噛み噛み話ならまだあるぞ。

 去年、卒業してしまう大好きな沙織先輩に勇気を振り絞って、「だだだだだだだい好きです! 付き合ってください!」って告白したら、

 「なに? マシンガン? 童貞?」って言われたしさ。

 いや本当に沙織先輩性格悪すぎだろ。

 家に帰って、速攻『コイツ許すまじノート』を作成し殴り書きした。

 先輩、君が記念すべき1人目だよ。


「……んひひ」


 おっと、陰キャ特有の笑いが出てしまった。

 それと同時にようやく大学が見えてきた。

 大学前にある大通りの信号を待ちながら、6階建ての校舎を見上げる。


 それにしてもデケーな。

 ま、そりゃそうか、この辺で一番のマンモス大って言われるだけはある。


 周りを見渡すとゴミ虫が如く人が沢山いる。少し人酔いしそうだ。

 これ、もしかしなくてもほとんど全員受験生なのかな。


 警備員のおっちゃんや、それほど歳は離れていないであろう在校生の人達が慌ただしく受験生を案内している。


 その中でひときわキラキラと目立つ、女子を発見した。

 ふむ、あの子かわいいな。私服姿だし、在校生だろうな。

 目元のホクロがとてもチャームポイント……ってあれ、まさか沙織先輩じゃね!?


「はぁ······──っ!?」


 もう二度と見たくなかった人物を目にして、自然と溜息を吐き出したその時だった。

 誰かに背中を強く押される。両手の感覚が背にはっきりと伝わった。

 これは過失ではなく故意、だ。


 そう思った時にはもう遅い。

 体は意思と反して慣性の法則に従い、たたらを踏む。

 強制的に前へ出てしまった体は、大学の前にある大通りに飛び出てしまう。

 ──もちろん車の数も少なくない。


 プワァァァァァ! という間抜けなクラクションの音が周辺にいた人たちの視線を独り占めにした。


 頭の中で警鐘がうるさいほどに鳴り響いた。

 視界の端に映る影、右半身から伝わる強い衝撃が波のように全身へ駆け巡り、足が浮き上がる。 

 そして強い衝撃そのまま3メートル近く吹き飛ばされ、前方車両に激突した。


「っぁ······!!」


 俺の体がひしゃげて、肺から空気が強制的に吐き出される。

 骨がいつくもイカれた。痙攣して体はピクリとも動かない。

 だが、眼球だけは正確に動いた。


 俺を引いたトラックが迫ってきているが、全ての動きがスローモーションに見えていてとてもゆっくりだ。

 まるで、死神がその手に持つ鎌を、俺の首元に添えてきて「人生最後の瞬間を目に焼き付けろ」と言っているように思えた。


 噂の走馬灯なんてものは一切見えない。

 この事故によって死なないから見えないのか、ただ人生が薄っぺらいから見えないのか。

 まあ、そんなものじきに分かる。


 ゆっくり進む視界の中に焦った顔をしたトラックの運転手と目が合う。

はははっ、何その面白い顔。


 そこでブツリとテレビを消したように視界は真っ暗になった。


 ──最後に見えたアイツは誰だ。

 トラックの運転手では無い。押される直前にいた、信号の前に立つアイツは誰なんだ。


 あの顔······どこかで見たことがあるような気がしたんだ。

 だけど、もう遅い。


 そして俺の意識は深い深い闇の中へと消えていった。

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