第106話 カルマの本音


「……カ、カルマよ、何をするのだ!!! さすがにこれは無いであろう!!!」


 竜の魔力のおかげでダメージはなかったが――普通の人間なら確実に死んでいた。


「何言ってるんだよ……おまえの自業自得だろう?」


 アクシアの抗議になど耳を貸さずに、カルマはジト目で見る――他の奴なら、そもそも殴っていない。おまえに遠慮なんてするかよ?

 

「何を言うのだ、カルマ? 我はただ……」


「ただ……何だよ? 今さら言い訳するつもりか?」


 カルマは容赦がなかった。漆黒の瞳が冷徹な光を帯びる。

 形成が不利なことを悟ったアクシアは――半泣きになって深々と頭を下げる。


「カ、カルマよ……そんなに怒らないでくれぬか? 我は……ハイネルの小僧か其方を馬鹿にするから頭に来て……」


「それは後付けの理由で――おまえは最初から喧嘩を売る気満々だっただろうが? アクシア……俺を誤魔化せるなんて思ってないよな?」


 カルマは本当に一切容赦しなかった――

 アクシアは陥没した床に両手を突いて、力なく項垂うなだれる。


 そんな二人のやり取りを――全く立場が違うハイネルとレジィは二人揃って、唖然として眺める他はなかった。


「悪いな、ハイネル。おまえはアクシアと話をしている途中だったよな? さあ、俺のことは気にせずに続けてくれよ?」


 カルマはしれっと言うが――


「……そんなことが、出来る訳がないだろう!」


 ハイネルは警戒心全開でカルマを見る――黒竜王は無意識のうちに身構えていた。


「アクシア殿を無下に扱う貴様は……いったい何者なのだ!」


 カルマは揶揄うように笑う。


「なあ……そんなに構えるなって? 俺はアクシアと違って、おまえに喧嘩を売る気なんてないからさ?」


「人間風情が……舐めたことを……」


 アクシアと同じ色の瞳が睨みつける。

 目の前の男から感じる魔力の大きさは、所詮は人間という程度のものだった。

 こんな脆弱な存在に、赤竜王であるアクシアが何故従うのか――


「カルマを『貴様』呼ばわりだと……ハイネル!!!」


「おい、アクシア。おまえは少し黙ってろよ?」


 冷徹な視線を浴びせると、アクシアはシュンして黙り込む。

 さすがに、ちょっと可哀そうかなと思いながらも――いや、そもそも全部こいつが悪いんだし、好きにさせると面倒臭くなるからとカルマは放置することにした。


「ハイネル。おまえが俺を馬鹿にするのは勝手だし、そんなことはどうでも良いんだけどさ――」


 カルマは前に進み出て、ハイネルの金色の瞳を覗き込む。


「アクシアの用件とは別に、俺もおまえに話があるんだよ。そいつを聞く気がないって言うなら――俺も誤解を解くように努力するけど?」


「誤解だと……ならば、貴様の正体を見せるとでも言うのか?」


 訝しそうに目を細めるハイネルの目の前で、カルマはしたり顔で笑った。


「ああ、そういうことだ」


 その瞬間、カルマは認識阻害領域を発動させて――ハイネルを中に取り込む。


「これは……知覚を狂わせる魔法か?」


 ハイネルは何が起きたのかを理解したが――カルマの目的については完全に見誤っていた。


「なるほど、貴様は我が眷属に気付かれぬように私を仕留めるつもりか? それで己の実力を証明すると? しかし……片腹痛いわ! 貴様は陥れる相手を見誤ったな!」


 ハイネルは魔法で黒剣を具現化すると、怒りに任せて叩き切ろうとするが――

 カルマの身体に触れる寸前、剣は何かの力で相殺されたかようにピタリと動きを止めた。


「まあ、そういうのは良いからさ?」


 いちいち説明するのも面倒だからと、カルマは自身が放つ魔力を変質させる。


 人間を装っていた『偽りの魔力』が消失して――本来の魔力が姿を現わした。

 勿論、それはカルマの魔力のほんの一部に過ぎなかったが――


 ハイネルは圧倒的な力の波動を感じて、思わず後退る。


「こ、これは……どういうことだ? おまえは……魔界の存在だとでも言うのか?」


 何で魔王だとか魔界とか邪悪な方に考えるんだよとカルマは少し不満に思いながら――まあ、神に例えられるよりはマシかと苦笑する。


「別に力づくで何かをしようって訳じゃないから、また変な方向に誤解するなよ? 俺は唯、おまえと話がしたいだけなんだ」


「話だと……」


「ああ。せっかく竜王のおまえと会ったんだから――『神の声』について、おまえたち竜王がどう思っているのか。是非とも聞かせて貰いたいと思ってね?」


 見透かすような漆黒の瞳に――ハイネルは息を飲んだ。


「き、貴様……おまえは、それを聞いて何をしようと言うのだ?」


 ストレートな答えが返ってきたことは、カルマにとっても意外だった。

 適当に逸(はぐ)らかされると言われるかと思っていたが――どうやら当たりを引いたようだな。


 だったら――こっちも少しは真面目に応えてやるかと、カルマは強かに笑った。


「何をって……決まっているだろう? 俺は『神の声』を聞いたって奴らに喧嘩を売るつもりなんだよ」


 さすがに『神に喧嘩を売る』なんて言っても信じる筈はないから表現を変えたが――あながち嘘という訳でもない。

 神々に操られている奴らを止めることが、神の計略を阻止することに繋がるのだ。


「……そういうことか。アクシア殿もそのために、私の元を訪れたのだな?」


 ハイネルは妙に納得していたが――


「いや、それこそ完全に誤解だから」


 カルマは全否定すると、意地の悪い顔でアクシアを見る。


「おまえの版図で獣人を仕留めても文句を言わせないために、アクシアは念押しをしに来ただけだよな?」


 都合の良い方向に誤解しているのだから、このまま話を進める方が簡単かも知れないが――どうせアクシアも話を合わせる気などないだろうし、ハイネルをに引き入れるつもりなら、腹を割って話をするべきだと思ったのだ。


「俺にしたって、そのついでに話をしようと思っただけだ。だから、おまえが『神の声』を聞いた奴らに思う処があるなんて確信していた訳じゃないが――こうして顔をつき合わせたんだ。良い機会だら、本音の話をしないか?」


 屈託のない笑みを浮かべるカルマに――ハイネルは迷いながらも、深く頷いた。


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