24.北へ(1)
闇の力を失ったカガリの兵士たちは、もうホムラ軍の敵ではなかった。
闘うまでもなく力尽きる兵士が、かなりいたようだ。
そして……ハールの内乱は、終わりを告げた。
カガリの根城をくまなく調べたが、誰もいなかった。カガリはあの双子の少女と三人だけで暮らしていたようだ。
レッカが言ったように、ラティブは流通が発達していた。農作物の流通だけでなく、武器や人までもが取り引きされているらしい。
カガリはそこに目をつけ、情報を集め……隠れているフェルティガエの存在を知り、さらに祠の意味も知ったようだ。
ラティブの祠は北の国ベレッドとの国境の山の中にある。
どうやらそこからジャスラの涙を盗み出し、悪用することを考えたようだ。
つまり、双子の少女が持っていたこの透明の珠は、ラティブの祠から盗み出された正真正銘のジャスラの涙の結晶だった訳だ。
要するに、俺はラティブの祠に行かずに三つ目の闇の回収を終えたことになる。
俺がカガリの屋敷で闇を回収したこともあり、辺りは闇が一掃されていた。
俺たちは……特に水那がかなり疲れ切っていたので、しばらくカガリの家で休んでいた。
レッカは一度カガリの屋敷まで来たあと、この辺りの事後処理をホムラに任せ、ハールをまとめるために自分の城に戻ることになった。
「レッカ。あの、双子のフェルティガエ、ヤハトラに連れて行けないか?」
「ああ……そうですね」
レッカが腕組みをしてしばらく考え込んだ。
カガリに心酔していた双子の少女はカガリが死んだと聞かされるとずっと泣いていて、憔悴しきっていた。
このままここに居させても仕方がないし、カガリに酷使されていたようで身体のことも心配だ。
やっぱり、フェルティガエが暮らしているヤハトラに行くべきだろう。
「巫女が派遣してくれた二人のフェルティガエが、まだわたしの屋敷に滞在しています。ケーゴさんと一緒にヤハトラまでお送りするつもりでしたから、一緒にお連れしましょう」
「助かるよ」
彼女たちがいる部屋を覗くと、二人は泣き疲れて寝てしまっていた。
俺たちは彼女をそっと部屋から抱えて連れ出すと、レッカの馬車に乗せた。
「じゃあ、よろしく頼む」
「とんでもない。こちらも本当に助かりました。僕の部下も付けますし、ケーゴさんと二人のフェルティガエについてはこちらにお任せ下さい」
「……うん」
「ソータさんは、これからどうするんですか?」
「ミズナが元気になるまでしばらくここで休む。ここを発ったら、ワーヒからそのままラティブに入るよ」
「そうですか。……それじゃ、ここでお別れですね」
レッカが右手を差し出したので、俺は力強く握り返した。
「……ソータさん。お気をつけて」
「ああ」
レッカは馬車に乗り込むと、笑顔で手を振った。
隣にはエンカもいた。エンカはホムラの身代わりをしたのだが、戦いがすぐに収束したため大きな怪我をすることはなかったようだ。
カガリから取り返したジャスラの涙は、ラティブの祠に返すことになった。
このまま持っていた方が闇を吸収しながら旅ができていいんじゃないかと思ったが、ネイアに怒られた。
“祠はいろいろな条件を考え、ジャスラ全土から闇を引き付けるために、あるべきところに配置してあるのだ。ジャスラの涙は早く祠に戻さねばならん!”
「そうなんだ。じゃ、戻したらそのままベレッドに入ればいいのか?」
“そうだ。ラティブ国内は……荒れてはいるが、ハールと違い、富に対する執着に闇が蔓延っているにすぎぬ。ジャスラの涙さえ戻せば人々の心も緩和されるはずだ”
「わかった」
“それで……ミズナの様子はどうだ”
「ジャスラの涙の力もあって、浄化の仕方は何となくわかったみたいだ。どれくらいできるようになったかはわからないが……」
“身体は壊していないか?”
「今回久し振りに
“……そうか。なら……いいが”
俺の報告を聞いて、ネイアは安堵したようだった。
まぁとにかく、そんな訳で、ある程度この辺りが落ち着いたら俺たちも再び旅に出ることになった。
これからの旅は、どんどん寒い地方に向かうことになる。
カガリの家にはウパという動物が二頭飼われていたので、それを拝借することになった。恐らく、カガリや手下がラティブに移動する際に使っていたのだろう。
ウパはでっかいロバのような生き物で、後ろに小さい屋根つきの荷台みたいな物もついていた。
まぁ、言うなれば馬車みたいなものだろう。いや、ウパだからウパ車?
スピードはあまり早くないが……かなり安全に旅ができそうだ。
* * *
「ほんとは、俺も一緒に行きてぇんだけどな……。外の世界も見てみたいしよ」
旅立ちの日。ホムラが残念そうに言った。
セッカがバーンとホムラの背中を叩く。
「ホムラはレッカの手伝いをしなきゃならないでしょ。ハールはこれから立て直しが大変なんだから」
「ま、そうだけどよ。……じゃあ、ソータと嬢ちゃんとはこれでお別れか」
「……そうだな」
ベレッドまで到達すれば、俺の旅は終わる。
ベレッドからどこにも寄らずにヤハトラに戻ることになるだろうから……。
「ミュービュリとやらに帰るのか?」
「……多分」
「つまんねぇーなー。ジャスラの民にならねぇか?」
「馬鹿言ってんじゃないの」
セッカが今度は強くホムラの腕を小突いた。
「旅が終わったら、あたしが報告に来るよ。……待ってて」
「おう」
二人のやりとりをずっと黙って見ていた水那が、一歩前に踏み出た。
ぺこりと頭を下げる。
「ホムラ、さん。ありがと、ございました」
「ははっ。……あ、そうだ。嬢ちゃんにはこれをやってくれと頼まれてたんだ」
そう言うと、ホムラは少し大きめの袋をどさっと目の前に置いた。
「何だ、これ?」
「キラミが若い時に着ていた服らしい。一緒にいるとき、結構気に入って着てくれてたから、やるってさ」
「へー……」
セッカが荷物を開けて中を確かめる。レッカの家にいるときに水那が着ていたような、ワンピースみたいなヒラヒラの服が何枚か入っていた。
「気に入ったらセッカも着ていいって言ってたぞ」
「あたしはいいよ。似合いそうにないもん」
「そうかぁ? 案外イケると思うが」
「無理!」
水那は少し微笑むと、もう一度お辞儀をした。
「……ありがとう、ございました。キラミさん、に……お礼を」
「ああ。伝えとく」
俺達はウパに乗り込んだ。俺とセッカがウパの上。水那は後ろの荷台のところ。
……ふと、ホムラがウパに乗ったセッカの近くに寄ってきた。
「セッカ」
「何?」
「無茶すんじゃねぇぞ。お前を俺のモンにする日を待ってんだから、身体に傷一つつけんじゃねぇぞ」
セッカの顔がみるみる赤く染まる。
「……こ、ん、な、ところで……バッカじゃないの!」
セッカがホムラの頭をポカッと殴った。ホムラはがはは、と笑いながら頭をさすっていた。
ホムラとセッカって結局どうなったんだろう、と思っていたが……どうやら、上手くいったみたいだな。
「じゃーな!」
俺は大きく手を振った。ホムラは両手をブンブン振りながら
「頑張れよー!」
と叫んでいた。
* * *
ポコポコポコ……というウパののどかな足音がする。
草原地帯イスナを通ってワーヒに戻りラティブに入ると、少し寒く感じた。
ジャスラにやって来たのは夏も真っただ中だったが、もう冬だ。
年中暑いハールとは違って、ラティブには四季があるらしい。
北のベレッドともなると、この時期は雪に覆われて一面真っ白なのだそうだ。
「祠は、この右手にある山沿いに行けばいいんだな?」
「そうだね。ただ、いったん町に入って準備をした方がいいよ」
「準備?」
セッカが自分の服を指差した。
「ベレッドは極寒の地だからさ。このままじゃ駄目だ。あたしの家には防寒できる装備はなかったから、ラティブで手に入れないとね」
そう言うと、セッカは進行方向を左に取った。
わずかに整えられた道があり、人や車の跡がある。どうやらラティブの中心に向かう道のようだ。カガリたちもこの道を通っていたのだろう。
「寝泊まりはどうするんだ?」
「本当は宿屋とかに泊まった方がいいけど、ウパを放っておくわけにもいかないから野宿かな。荷台の風除けと布団も仕入れようか」
「わかった」
後ろを振り向くと、水那が荷台に寄りかかり、寝袋にくるまったままボーっとしていた。
最近、何だかそんなことが増えた気がする。それに、少し丸くなったような?
まぁ、最初に会った時はガリガリで、すぐに倒れそうで心配だったし。
それよりは、ずっといいよな。
「ミズナ。乗り心地は大丈夫か? 寒くないか?」
「……うん。だい、じょうぶ」
「もう少しで町に着くからね!」
セッカも振り返って笑顔で水那に話しかけた。水那も嬉しそうに頷く。
そんな二人の様子を見て、ちょっとホッとした。
内乱も終わったし……これからはのんびりと穏やかに旅ができそうだ、と思って。
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