20.闇の先(4)

「とりあえず、お茶でもどうぞ」


 少し驚いたような水那の横で、キラミさんが一切動じることなく茶を配り始めた。

 部屋に入れない俺は、仕方なく入口の床に座って茶を啜ることにした。

 ……何だか屈辱的だ……。

 しかし、フェルティガエはヤハトラに集められるはず。何でこんなところに?


 全員が腰を落ち着けたところでレッカに聞いてみる。するとレッカは、ふうと大きな溜息をついた。


「僕の力が発現したのは、今から一年前。父が病に倒れ、もう幾許の時間も許されない、というときでした」

「え……」


 個人差があるとは聞いていたが、そんな遅いこともあるのか。


「もう闇が蔓延しているときでしたから、とり憑かれそうになって体調を崩しました。そして、地下での生活を余儀なくされたのです」

「でも、その場合はヤハトラに行かないといけないんじゃないのか?」

「そうですね。勿論、ヤハトラから使いが来ました。しかし僕には妻も子も……そして、守るべき民もいます。父が死んだあとハールが混乱するのは目に見えていました。そんな中で、フェルティガエだからといって僕だけがヤハトラに守られている訳にはいきません」

「……」

「幸い、僕のフェルティガは障壁シールドでしたので……自分の身は自分で守れるということになり、巫女に納得していただいたのです」

障壁シールド?」

「この部屋を覆っている見えない壁です。物理的攻撃を防ぐもの、フェルティガエの侵入を阻むもの、などいろいろな種類があるのですが……僕が使用しているのは闇の侵入を防ぐものです」

「……なるほど……」


 ネイアがレッカに会った方がよい、と言った意味がようやく分かった。

 闇を祓う力がある水那なら、近い力のこの障壁シールドも、習得できるってことなんだ。


「ミズナの先生ってことだな」

「……察しがいいですね」


 レッカがちょっと微笑んだ。


「先日、ヤハトラから使いが来まして事情はお聞きしました。ミズナさんをお預かりしましょう。ソータさんのおかげで闇は殆どないそうですが、この部屋なら特に安全ですしね」


 今までずっと、俺が傍にいないと駄目だと思ってた。

 でも、こうして水那を守れる場所があるなら、ちょうどいいのかもしれない。

 少し離れて生活した方が、俺達にとっても……。


『……水那。しばらくここに居れるか?』


 水那は少し考え込むと、頷いた。


『必要なことだと……思うから……』

『……そうだな』


 俺はレッカに頭を下げた。


「……よろしく頼む」

「わかりました。それで……その代わりと言ってはなんですが、お手伝いしていただきたいことがあるんです」

「俺に? 何を?」

「……ハールの平和を」


 レッカが椅子から立ち上がり……俺に頭を下げた。


「ハールに平和をもたらすために……私に力を貸していただきたい。カガリと決着をつけたいのです」


   * * *


 その日の夜、ホムラの使いが現れた。

 アブルの手下から情報を仕入れたり部隊を訓練したりするためしばらくあの場所に滞在する、とのことだった。

 アブルの手下を自分の領地から移動させて一か所に集めたのも、カガリとの戦争のためだったんだな。

 まず、ホムラ自身がまとめ上げないと……。裏切られたらたまったものじゃないしな。


 レッカは自分の領地とカガリの領地の間に障壁シールドをかけ、カガリの兵士が入ってこれないようにしているらしい。

 そちらに力を取られるため、自分は地下に潜ってなるべく小さい力で闇から身を守っていたのだそうだ。


 ヤハトラが地下にあるように、闇は地上に漂いやすく、地下に潜り込みにくい。

 今は俺が闇を回収したからそこまで神経質にならなくてもいいらしいが、情報の漏洩を防ぐためにもこの地下を会議室代わりに利用することになった。

 そして水那は、しばらくの間はこの会議室の隣の小部屋で寝起きすることになった。


「カガリは恐らく、闇に浸食されていません。そんな弱い男ではないのでね。むしろ、利用しているのではないでしょうか?」

「は……利用?」

「兵士の士気を上げるのに……。ですから、これは闇との戦いではなくあくまでカガリ本人との戦いです」

「……なるほど」



 その日から、地下の部屋では地図が広げられ、幾度となく入念な作戦会議が開かれた。

 俺はヒコヤの生まれ変わりとしてではなく、弓部隊を任せる人間として力を請われたことになる。


 アブルの兵士は約800人。あの後、ホムラの兵士はみな合流したらしく、約1000人。レッカの兵士は約2000人。これに対してカガリの兵士は約1500人ということだった。

 これだけの兵力差があれば強攻策をとれる気もするが、レッカは包囲策をとることを選んだ。味方の犠牲を最小限にするためだ。

 ただ、そのためにはかなりの連携が必要になる。

 ジャスラの戦争は剣での直接戦闘が主流で、援護として弓部隊が存在する。

 しかし包囲策を取る以上、部隊がひとつにまとまって動く必要があるので、準備にかなりの時間がかかりそうだった。



 俺はレッカの弓部隊の訓練の指揮をしたり、ホムラと連携の相談をしたり、カガリの領地の境界線まで出向いて闇の動きを確認したり……と、日々忙しく過ごしていた。


 セッカは体力があって素早いので、各部隊の連絡係として参戦するようだ。

 今もホムラはアブルの領地に留まったままなので、レッカとホムラの間を行き来したり、物資の配給の手配をしたりして、あちこち飛び回っているらしい。

 そのせいか、俺はここしばらくセッカの姿を見ていなかった。


 カガリの領地は、レッカの領地の北西にある。

 攻略するべきポイントは、ラティブとの境界ワーヒ、草原地帯イスナ、川で囲まれたカガリの屋敷があるサラサの三つだ。

 ワーヒを通らなければ、次の目的地であるラティブには行けない。

 今回の戦いは……俺の旅のためにも必要な戦いなのだ。


   * * *


 そして――もうかれこれ、2か月近くの時が流れた。


 アブルという手下を失ったことはとっくに把握しているはずだし、その分兵力も下がっているはず。なのにカガリは、特に焦るでもなく、不気味に沈黙を貫いていた。

 何を考えているのかわからないが、ラティブに頻繁に出入りしているらしいという情報だけが入ってきていた。


「……ラティブには何があるんだ?」


 レッカに聞くと、レッカは腕を組んで少し考え込んだ。


「農作物が豊富なのであちらこちらで市場が立ってますし、交流は盛んな国ですね。だから農作物だけでなく、武器なんかの流通も盛んなのかも知れません」

「ふうん……。じゃあ、ラティブとの行き来を止めるためにも、まずワーヒだけは早目に攻略した方がいいんじゃないのか?」

「……そうですね。ちょっと考えてみます」

「あの、これ、お茶」


 水那がお茶の入ったカップをレッカと俺に渡してくれた。

 この2か月近くの間、水那はレッカと共に過ごしていた。

 レッカにフェルティガや闇について習い……比較的、穏やかに過ごせたようだ。

 精神的に落ち着いたということもあり、片言ならパラリュス語で喋っても大丈夫なようになっていた。

 やはり、フェルティガっていうのは精神状態が大きく影響するものなんだな……。


 この地下の部屋の障壁シールドはレッカが解除してしまった。

 俺だけ入れなくてあまりにも不便なのと、俺が来たことで地上の闇はほぼなくなり、地下にまで潜り込むことはなくなったからだ。

 念のため水那はこの地下の部屋に籠っているが、レッカの管理のもと、1階に上がってキラミさんと片言ながら会話したり、一緒に裁縫をしたりしている。



 水那は、今まで見た中で一番落ち着いているように思う。

 その平穏を邪魔したくないから、俺が水那に会うときは必ずレッカと一緒のときにした。

 その方が水那も安心すると思ったからだ。


「ミズナ、ここの暮らしも慣れたみたいだな。キラミさん、親切だし」


 水那もパラリュス語で話せるようになったので、日本語は使わなくなった。何を言っているか分からなくて、不審がられても嫌だしな。


「うん。少し、障壁シールド、勉強中」

「……そっか」


 俺は水那にカップを返すと、レッカに

「じゃあ、明日の夜にさっきの件で会議ってことで」

と言って部屋を出た。


「あ……」


 水那が後ろから俺の服の背中を掴む。

 急に水那の体温を感じたのでドキリとして、思わず振り払ってしまった。


「……あ、ごめ……」

「……」

「えーと、戦争も近いから……ちょっと背後に敏感になってるんだよ。ごめんな」


 水那を傷つけたかもしれない、と思って慌てて作り笑顔をする。

 水那は無表情のままだったが、黙って首を横に振った。


「何かあったか?」

「……だいじょ、ぶ。……気を、つけてね」

「ああ」


 なるべく自然に笑うと、俺は梯子を上って一階に出た。


 あ、あぶねー……。

 俺が水那と距離を取っているのはあくまで水那の心の平穏を守るためで、怖がらせるためじゃねぇんだよ。何やってんだ。


 俺は自分の頭をポカポカ殴ると、気を取り直して弓部隊のところに戻った。

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