第94話 彼女と彼

 二人並んで閑静な通りを歩く。


 彼らの間にもまた、沈黙が横たわっていた。されどそれは居心地の悪いものではない。穏やかで、柔らかな静寂しじまだった。


 雪を踏みしめ、時に凍った石畳に足を取られそうになりながら、進む。そうしているうちに、林立する石の影が見えてきた。


 行きついたのは、街の共同墓地。冬の風にさらされた墓地は、今日もやはり静かであった。けれど、意外にも無人ではなく、四十代くらいの女性が――家族のものであろう――墓石の前に、花と果物を供えていた。


 死者との対話を邪魔せぬよう、足音を殺して歩く。墓石の合間を縫ってゆくと、ほどなくして目的地が見えた。墓地の最奥に佇む、手入れされた墓石。他の親族とは違う場所に建てられたそれに刻まれているのは、名前と生没年だけだ。


 墓石の正面に立ち、かがみこむ。


「父上、母上」


 そしてステラは、そこに眠っている人々を呼んだ。


「昨日はお騒がせして申し訳ありませんでした。改めて、お二人に諸々の報告をしに参りました」


 言ってから、ステラは苦笑する。当の両親が聞いたなら、「そう堅苦しくするな」と呆れられそうだ。とはいえ、ここに立つと改まった口調になってしまう。こればかりはどうしようもない。


 花束をそっと置いたとき。すぐ隣に、人のぬくもりを感じた。ステラは同行者を一瞥して、ほほ笑む。


「レクシオも一緒ですよ。……驚いたでしょう?」


 少しおどけて片眉を上げると、隣で聞いていた幼馴染が照れ臭そうに頭をかいた。


 ――昨日、兄と話し終えて部屋に戻る途中、ステラはレクシオにひとつ提案をした。それが「もう一度、両親おふたりの墓参りに行かないか」というものだった。ヴィントと遭遇したために、落ち着いて墓参りできなかったことが、ずっと心に引っかかっていたのだ。


 レクシオもその気持ちは同じだったようで、ステラの誘いを一も二もなく受けてくれた。


 そういうわけで、二人は再び共同墓地を訪ねたのである。



 瞼を下ろす。両親にいくつかのことを報告する。今度は、声には出さなかった。


 無謀な家出を敢行してからまったく実家に顔を出さなかったから、話したいことは山のようにあった。何から話したものかと悩んだが、とりあえず幼馴染と出会った経緯からだろうかと思い定めて、その話をした。


 そして、学院でのこと、新しい友人のこと、ここ最近の事件のこと。思い出せばきりがないそれらを、一つずつ吐き出して、託していく。


 無言の祈りが一段落したところで、ステラは目を開けた。隣を見ると、ちょうどレクシオが顔を上げたところだった。


 彼は何を吐露し、託したのだろう。そんなことを思ったが、口には出さない。代わりに、視線がかち合った幼馴染と笑いあう。


「これから女神像の怪奇現象の調査をします! って言ったら、なんて反応されるかなあ」

「そうだな。おじさんだったら『おもしろそうだな! 俺も混ぜろ!』とかか?」


 頭をかいたステラの言葉に、レクシオが調子よく返す。昨日の話のおかげか、その姿が鮮明に想像できて、ステラは思わず吹き出した。


「で、母上も多分、笑って送り出してくれるんだろうな。あ、でも、『神父様や神官様に迷惑はかけちゃだめですよ』って釘刺されそう」

「そりゃあ、まあな。実際、迷惑はかけないようにしねえとな」

「だね」


 再び顔を見合わせた二人は、悪戯っぽい微笑みを交わしあう。そして、墓石を――ディオルグとリーシェルを、振り返った。


「では、父上、母上」

「ディオルグさん、リーシェルさん」


 示し合わせはしなかった。その必要はなかった。晴れやかな笑みと声は、自然と揃う。


「行ってきます!」


 最後に二人へ一礼すると、ステラとレクシオは墓石に背を向ける。ほのかに明るくなった空の下を歩き出す。


 少年少女を見送る墓石のかたわらで、花束と一輪の白い花が、風に吹かれて揺れていた。



     ※



 共同墓地を出て、静かな通りを抜け、住宅街の西の端へ。待ち合わせの目印としていた赤煉瓦の建物の下には、すでに学生たちの影がある。ステラは彼らの方に向けて、大きく手を振った。


「みんな、お待たせ!」


 声を張って呼びかけると、四人の学生たちはばらばらと振り向く。真っ先に反応したのは、ナタリーだ。


「おーっす! お墓参り、もういいの?」

「うん。とりあえず、報告はできたから」


 友人の問いに応じたステラが背後を振り返ると、レクシオもひとつうなずいた。

 無言の肯定を受けた少女は、赤煉瓦の建物の前で足を止める。今日も今日とて変わらず元気そうな四人を見渡すと、歯を見せて笑った。彼女の晴れやかな表情に何を思ったか、学友たちも顔をほころばせる。


「よっしゃ。それじゃあぼちぼち始めますか」

「女神像にまつわる怪奇現象の調査、ですよね。頑張りましょう!」


 帽子をつまんで下げたトニーの横で、ミオンが拳をにぎる。気合十分な新人に答えるように、団長、ジャック・レフェーブルがほほ笑んだ。


「と言っても、女神像のお披露目まで、まだ日があるからね。当面は、聞き込み調査が中心になりそうだ」

「聞き込み、というと……」

「過去に怪奇現象を見た人を探し出して話を聞く、ってことかね」


 首をかしげたミオンに、レクシオが助け舟を出す。ジャックは「その通り!」と明るい声を張り上げて、左の人差し指を立てた。


「過去の詳しい目撃情報を集めるだけでも、この現象の原因について、ある程度推測できるかもしれないからね」

「そう上手くいくとも思えんけど。当日まで何もしないよりはマシだよな」


 すでに盛り上がりつつある団長を横目に見て、古株のトニーがぼそりと呟く。冷淡な言葉のわりに、声色は楽しそうだった。そして、彼の目もとが不敵に笑んでいることに、ステラは気づいていた。


 ステラは肩をすくめたが、特に指摘はしなかった。代わりに、己の胸を軽く叩く。


「街の案内はあたしに任せて。あと、兄上やおじい様に伝えたいことがあったら、遠慮なく言ってね。……まあ、頑張るから」

「頼りにしているよ、ステラ」


 最後の最後で締まらなかったが、団長は特に気にしていないらしい。ステラに笑いかけた後、両手を気持ちよく打った。


「それじゃあ――『クレメンツ怪奇現象調査団』、活動開始だ!」

「おおー!」

 団長の号令に応じて、五人は掛け声とともに拳を合わせる。


 これまでとは違う高揚と緊張を抱いて、学生たちは雪積もる街に繰り出した。

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