真価①
「——近衛魔法士を、お探しなんでしょう?」
累の落ち着いた声音に、室内は静寂に包まれた。
言葉の意味をはかりかねているのか、はたまた冷たすぎる累の視線に、反応を躊躇ったのか……。離反者一味も堂本らも、ただ泰然と正面の男を見据える累に、言葉を発する者はいない。
「…………っだから何だって言うんだっ。お前が近衛魔法士だとでも!?」
一瞬視線を彷徨わせた男が、気圧されたことを誤魔化すかのように声を荒げた。嘲笑おうと顔を歪めるも、冷静なままの累の表情に、ヒクリと頰が引き攣っている。
堂本たちも、あまりにも雰囲気を一変させた累の言動に戸惑っているようだった。
しかし当の累は、曖昧に笑って小首を傾げただけ。ひどく静謐な空気を身にまとい、男たちなど歯牙にもかけないと言わんばかりだ。
「っ、ハッタリで切り抜けられると思ったら大間違いだぜ!? 泣いて謝って、靴でも舐めるなら、半殺しで勘弁してやってもいいがなぁ!?」
恫喝する男の言葉に、堂本たちが顔色を変えた。
絶対的に不利な現状で、累の言動が引き金になるのを恐れたのだろう。
しかし累は、動こうとする堂本たちを視線で制し、男を真正面に見据えた。
「……とりあえず。あそこのガラクタを売買するのはルール違反です。高いお金を出したところで、使えるものではありませんし」
「使えなくても、埋蔵品としての価値があるんだよ。ガキにはわかんねぇだろうが、教皇庁がそう定めてるんだ。持ってる奴が、欲しい奴に売るのは、正当な商売だろう!?」
「詭弁ですね……。アレは骨董品とは違って……」
「うっせぇなぁ! 金を出す奴がいるから、それでいいんだよ! 魔法士でもねぇクソガキが、取り締まりの真似事で息巻いてんじゃねぇぞ!?」
畳み掛ける様な怒鳴り声。
それでも累は、淡々とした表情を崩さない。が、さすがに話の通じない相手を煩わしく感じたのか、ひとつ吐息を零してから、不自由な両手首へと視線を落とした。
「ボクちゃ〜ん、近衛魔法士ごっこは、家に帰ってママとやっ——」
「——とりあえず、コレ、解いてもらえませんか?」
男の嘲笑を完全に無視した累は、手首を持ち上げて、動きを縛める麻布を示した。
余裕のある笑みを浮かべ、悠然と要求する姿に、男が青筋を立てたのは言うまでもない。
「…………っ!」
激昂も露わに、累の胸ぐらを掴んだ男。
突然の暴力の気配に、ニイナが短い悲鳴をあげた。
至近距離から殴りかかる勢いで累を睨む男の手は、怒りのせいか震えている。
……しかし累は、少し長めの前髪が乱れた鬱陶しさに、顔を顰めただけだった。手を縛られ、魔法の構成を妨害する結界も張られ、数でも不利だという、絶対に勝ち目のない状況であるのに、異様なまでの落ち着き様だ。
そして胸ぐらを掴まれたまま、憤怒に体を震わせる男に平然と話しかけた。
「先に言っておきますけど、主義主張は個人の自由です。可能な限り尊重しますが、女の子を乱暴に扱う人の話を、聞く気はありませんから」
「……っさっきから聞いてりゃお前……っ! 魔法が使えない状況で馬鹿みたいに大口叩いてっ、頭イかれてんじゃねぇの!? それとも何か? 一撃でオチる程度のひ弱なボクちゃんが、格闘戦で俺たちに勝とうって!?」
「まさか。そんなことしませんよ」
「はんっ、だろうな! そんなヤワっちいナリで、何ができるってんだよ……っ!」
そう言って、殴りかかる男。
ニイナが身を竦め、堂本と和久が小さく顔を顰めた。
強く握りしめられた拳が、累の顎へと狙いを定め……、
「——けっこう色々、出来るんですよ」
男の拳が累へと届く直前。
顔前に差し出されたのは、拘束された累の両手首だった。固く幾重にも結ばれた麻布は、強固にその動きを封じていた。
というのに。
ハラリ、と。
累の腕を伝い落ちる、麻布。
「な…………っ!?」
驚愕に目を見開く男たち。
動きを止め、累の足元にパサリと落ちた麻布を、愕然と見つめている。
それは堂本らも同様だった。信じられないものを見るように、解放された累の手首を凝視していた。
「ど、どうやって……」
胸ぐらを掴む手に、もう殆ど力は残っていない。
問いかけた男は、累の表情を見て、ここでようやく気付いたのだ。
異様なまでに落ち着き払った累の立ち居振る舞いには、確信があったことを。
絶対的な強者の立場が、完全に入れ替わっていたことを。
「そんな悠長にしてて良いんですか?」
喘ぐ様に、次の手を出しかねている男に、累は穏やかに事実を伝える。
「頼みの綱の結界だって、——簡単に壊せるんですよ」
その瞬間、
重たい衝撃が一帯を包んだ。
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