訓練が終わって……③


「——ねぇ峯月くん、夜空いてる?」


 制止しようとする冬馬を無視し、良いことを思いついた、と笑顔で累の顔を覗き込むユーリカ。

 その距離の近さに、側に立つ冬馬の眉間に刻まれたシワが、さらに深くなった気がしないでも無い。が、好ましい相手からの純粋な好意を、無下に断るのも失礼だ。


「空いてます……けど、良いんですか? 叔父様の為の準備だったんでしょう?」

「良いのよ、無駄になっちゃ勿体無いでしょ。あ、余り物を出すみたいで嫌な言い方ね。違うのよ、ちゃんとご馳走を作ってお迎えするわ」

「そんな、気持ちだけで全然……」


 あまり豪華なものを出されたところで、食べる必要のない累には勿体無い。とはいえ、歓迎してくれるのは嬉しいものだ。明らかにいい顔をしていない冬馬が、視界の端にチラチラ見えるのを気にしつつも、累にはどうしようも出来ないから仕方ない。

 じゃあ決まりね、と笑うユーリカに頷いたところで、焦ったような表情をした和久が、座り込んだまま累の腕を引いた。


「?」

「おい、一応聞くけど、わかってんのか?」

「……何が?」


 和久に引っ張られたままなので、半身を崩すような体勢のまま、若干控えめな声に耳を傾ける。


「……鷺ノ宮家の晩餐に呼ばれてんだぞ?」

「みたいだね。それが?」

「絶対テーブルマナー必須だろうがよっ。大丈夫なのか?」

「あー……そこまで考えてなかったや……」


 全身からお嬢様オーラを放つユーリカの夕食が、一般の寮生同等のものである筈がない。しかも賓客を迎える為に準備していたとあっては、想像に難く無いだろう。


 おいおい今更断れねーぞ……と顔を引きつらせる和久に、やる時はやる男だから大丈夫、と返すも、小さく鼻を鳴らして一蹴されてしまった。信用ないなぁ……と苦笑した所で、会話を聞きとがめたユーリカが、和久に向かってニンマリ笑った。


「勿論、和久も来てくれるよね? あ、ニイナも誘おうか!」

「ちょ……会長!?」

「峯月くんも仲良くなった子達がいた方が楽しいでしょ」

「そうですねー、じゃあ3人でお伺いしても良いですか?」

「おいおい累っ!」


 突然の展開に焦る和久を置き去りで、ユーリカの話が進む。


「時間になったら迎えを寄越すわ。——峯月くんの寮室って、私の部屋からは反対側よね?」

「反対側ぁ!?」

「あ、そうらしいですね。寮でも宜しくお願いします」

「待て待て待て。もう何をツッコんだら良いのかわからんが、累、お前、特別棟なわけ!?」


 意味がわからん、と訴える和久に同意を示す。


「一般棟の方が楽しそうだよね。ワイワイしてて。なのに特別棟が割り当たっちゃったみたいで……」

「なに抽選に当たったみたいな言い方してんだよっ!」

「抽選だったら辞退出来たのにねぇ……」

「もっと有り難がれよっ!」


 いちいち反応が面白いなぁ、なんて思っているのがバレたら、きっと殴られる気がする。

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