第12話 家族旅行(1)
カランカランカラン
「アタリでーす! 二等、家族旅行、おめでとうございます!」
抽選場として設けられたテントの下で、聖子はテーブルの上に置かれた皿の上を見つめていた。
そこには、銀色の玉が転がっている。
「ホントに当たったの?」
年賀状のお年玉葉書さえ一度も当たったことのない聖子には、最初それが信じられなかった。
「間違いなくアタリですよ! ご家族でご旅行を楽しんでください」
アルバイトだろう若くて背の高い女性が、金色の紐で飾られた大きなご祝儀袋を棚から取り、聖子に手渡した。
彼女はお礼を言うのも忘れ、自転車のカゴに入れていた買い物袋の横に、それを押しこむ。
「おめでとうございまーす!」
カランカランというベルの音を背に、聖子は家路についた。
◇
その日の夕方、四人の家族が揃った切田家の食卓では、家族旅行の話で持ちきりだった。
「うわあ! 私、前からこの街に行ってみたかったんだ! ここ、『
ご祝儀袋から出てきた旅行のチケットを手に、ひかるが目を輝かせている。
「あなた、お洋服新調しましょうよ!」
聖子が彼女の向かいに座るひろしに話しかける。
「う、うん、君がしたいならそうしようか」
ひろしはそう言ったが、彼が聖子の言葉に逆らうことはまずないから、これはいつものことだ。それにもかからわず、この夫婦がうまくいっているのは、聖子がその権力を濫用しないからだ。
「でも、学校どうしよう?」
気の弱い苦無は、今からそれが心配のようだ。
「ほら、パンフレットのここ見てごらん、この期間なら日曜や祝日でも大丈夫だよ。カレンダー見て。七月に海の日があるでしょ。あの連休にしようよ。その時なら、もう期末試験も終わってるし」
いつものことだが、ひかるが旅行を仕切りはじめている。
「そうねえ、二泊三日なら、それでいいかしら」
聖子の言葉で、切田家の家族旅行は決定した。
◇
翌日、学校で昼食後の休み時間に、まだお弁当を広げている苦無の隣に『おだんごちゃん』こと堀田がちょこんと座った。
「あの……苦無君、七月の連休だけど、なにか予定ありますか?」
黒縁眼鏡の上から、少年の顔色をうかがう。
「あっ、その連休なら、ボク旅行するんだ」
命懸けの覚悟で苦無を映画に誘おうと考えていた少女は、がっくりとうなだれた。
しばらく黙っていた少女は、やっと顔を起こすと、勇気を振りしぼって尋ねた。
「旅行、どこへ行くんですか?」
「えとね、K市だよ」
「いいなあ、
「うん、江戸時代には天領だったらしいよ」
「ふぅん……。だ、だ、誰と行くんですか?」
少女は自分の望まない答えが返ってくるのを恐れ、固く目をつぶった。
「家族だよ。お姉ちゃんなんか、すっごく楽しみにしてる」
「そ、そうなんだ……」
最悪の答えをまぬがれ、堀田の体から力が抜ける。
「いいなあ、K市かあ……」
少女の脳裏では、白壁を背景に苦無と自分が仲良く路地を歩いている姿がありありと浮かんでいた。
「出発は、何日ですか?」
「ええとね、たぶんこの日」
苦無はスマホのカレンダーを広げ、出発日を指さした。
「ふうん、なんていう宿に泊まるんです?」
「アイビープレイスっていう場所だっけ?」
「ふうん、その街っぽいオシャレな名前だね。あ、私、ちょっとお手洗いです」
さっと席を立った少女の背中を見つめ、少年は、彼女がなぜそんなことを尋ねたのか疑問に思ったが、クラスメートの男子から話かけられ、そのことはすぐ忘れてしまった。
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