八十九話

 バルバトス・ノヴァーの遺体は王都へ送られ、名誉ある戦士として葬られることになった。

 大きな棺桶を国旗が包む。荷馬車に積み込むのは十人がかりだった。

 息子グレイにそっくりなグシオン将軍が駆け付け、妻レイチェル、息子グレイと共に最後の別れを惜しんだ。

 アカツキはヴィルヘルムとリムリアと共に葬列が城下を過ぎるのを見送った。

 ヴァンパイアロードを討ち、ヴァンピーアを奪取し、長年、前線の太守を歴任してきた名高き人物の死に、民衆もまた路上の左右で打ちひしがれ最後の見送りをし、作られた白い花を投げていた。

 偉大な男だったと、アカツキは思った。どんな男よりも大きな背中だった。

 アカツキはレイチェルとグレイにもグシオン将軍と共に葬列に参加するように勧めたが、二人はきっぱりと断った。

 アカツキは二の句が告げずに引き下がってしまった。レイチェルには大使としての役目がある。グレイは母と闇の国の使者ヴィルヘルムの護衛として正式に国王から任じられている。だからだろうか。

 葬列が城下の門扉を潜ると、兵士や民衆の中にはバルバトスの名を叫ぶ者が後を絶たなかった。

 あんなところで死ぬ男じゃなかった。

 アカツキは葬列を見送り、与えられた城の自室で椅子に座り、窓の外をぼんやりと眺めていた。

 中庭が見える。泣いている侍女達、それを慰める同僚や兵士がいた。

 バルバトスは距離の近い男だった。気さくで、いつでも輪の中に歩み更に輪を広げる男だった。

 あんなところで死ぬ男じゃなかった。

 俺が蜂起した者共のことを信じられず、気を抜いてさえいなければ……。

 アカツキは思い出す。

 今後の皆を率いるのは俺の役目だとバルバトスが言ったことを。実際そうなってしまったが、彼には側にいて欲しかった。俺は温和な男でもない。人を魅了し勇気付ける声や表情を持っているわけでも無い。ただ我武者羅に戦う戦闘狂だ。あの予期せぬ戦いで同じ赤い血の流れる者達を何十人と斬った。他に手段が思い付かなかった。

 いさかいでは勝てた。が、結果は神々の反撃に惨敗し、大切な男を失った。あの槍は俺に向けられたものだ。

 いや、違う。バルバトスは運命に抗ったのかも知れない。それが死に直結することになっても。そう言う意味ではバルバトス自身は神に勝ったのかもしれない。

 アカツキは立ち上がり部屋の外に出た。

 もう一度確認しなければならないことがある。

 アカツキは応接室へ足を運んだ。

 扉を開けると全員が揃っていた。

 金時草は落ち着いているようだが、他の者達はまだ目に打ちひしがれたあとがある。

 なればこそ、問わねばならぬ。何回でも何十回でも問う必要があれば、例えそのせいで相手の心を動揺させることになろうとも、離れようともアカツキは問うことに決めた。

「俺について来るというのはこういうことだ」

 アカツキは言った。全員の目が集まる。

「太守殿は俺が至らぬばかりに死なせてしまった。ラルフ見ただろう、太守殿が俺を庇うのを」

「ええ」

 ラルフは頷いた。

「この光と闇の和睦の発案者は他ならぬこの俺だ。俺が斃れればそれまでだ。神々がそれで満足するかは知らぬが……。太守殿は自分の命よりも俺を惜しんでくれた。今後、そのようなことはあって欲しくはない」

「でも、将軍の言う通り将軍自身が言わば神に逆らうこの一団の総大将です。だから俺はあなたを守りますよ。命を惜しみません」

 ラルフが言った。

「本当にそれで良いのか? 皆、もう一度考えてくれ。俺なぞのために命を落とせるかどうか?」

 アカツキは一人一人を見た。

 レイチェルが席を立って言った。

「光と闇の和睦を夢見たのはあなただけではないわ。私もよ」

 金時草だけ目を閉じ、他の全員がレイチェルを見る。

「私は本当は神官だったの。獣の神、キアロド様に仕える聖なる神官だった。だけど、光と闇の争いがアカツキ将軍の言う神々がチェスの駒として人々を利用しているのだと悟った時、私は聖なる魔術を使えなくなったわ。破門されたのよ。主神からね。それからは猟師の成りをして、せめて魔物と呼ばれる方達と分かり合えればと思って奔走したの。結果は今の通りよ。大多数の言葉を交わせる魔物達とは仲良くすることができた。だから、光と闇だって分かり合えるはずよ。今度は神が手を出してはきているけど。私は王命であなたについて行くことになったわ。でも、そうじゃなくて、これ以上、光と闇の神々の意思による不毛な争いで命を落とすことを見ていられないの。だから、アカツキ将軍、あなたが問う度に何度でも言うわ、私はあなたについてゆきます。老いたけど私の剣の腕前は承知でしょう? 足手纏いにはならないわ」

「私は……」

 グレイが口を開いた。

「私の意思でアカツキ将軍の志についてゆくことにしました。その結果、偉大な祖父を失いました。憎むべきは、アカツキ将軍の采配ではありません。人々を扇動し、手を下した神々です。私はアカツキ将軍を敬愛しています。あなたのために命を失うことを恐れはしません。むしろ神に見せてやりたい。祖父の様に、人は人のために命を投げ出せるというところを。私は今回の件で神を憎んでいます。私がついて行く一つ目の理由にはアカツキ将軍の力にも弾避けにもなること、二つ目は復讐の刃を神に一太刀でも浴びせること。これらを理由に同行させていただきたいと思います」

「俺は、いや、私はシルヴァンス大使や、グレイの様に特に大それた理由はありません」

 ラルフが言った。

「強いて言えば、私もグレイと同じでアカツキ将軍、あなたを敬愛しているから同行するのです。私も将軍のために命を投げ出すのは惜しくはありません。それがどういうことか目の前で学びました。また、ヴィルヘルム殿を始め、闇の方々の気性も良く知ることができました。戦になれば血気に逸るのは当然のこと。でも、そうじゃなければ我々と同じ穏やかな方々で、言葉だって通じ合えるんです。何故、それを阻むのか、我々を駒にし、天から無能な采配を振るう非情なる神々にみせつけてやりたい。俺達はいつまでもお前達が操れる駒じゃないということを」

 アカツキはリムリアを見た。

「あたしは難しいこと分からないけど、アカツキ将軍も、このみんなが好きだから最後までついていきたいなって思うの。それだけだよ」

「……主命だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 山内海が言った。

「同じく俺とペケさんも王命だからな。金時草の名を継ぐってことはそういうことさ。俺の忠誠は悪いがアカツキには無い。王にこそある。王がやめろと言えばそこまでだ。……ん?」

 金時草が隣で立ち上がるペケさんを見て苦笑した。

「ペケさんは違うとさ。どんな理由なのかは分からないが、まぁ、確かに俺の相棒なだけであって王の配下では無いからな。その意見は尊重される」

 全員の言葉を聴きアカツキは改めて気が引き締まる思いをした。皆、正直に述べてくれたと思う。俺のためについて来てくれるのだ。

 成り行きを見守っていたヴィルヘルムが微笑む。

「良い仲間達じゃないか」

「……そうだな」

 こうなればバルバトスのために喪に服している時間など無い。逆にあの世のバルバトスに背中を押されるだろう。

「明日、出発しよう」

 アカツキが言うと一同は声を返してきた。

 そうして解散し、アカツキは血で濡れた武器を洗うために中庭の水路に来た。

 真っ赤な血が付いた戟を洗い、刃に砥石を走らせる。

 上空の禍々しい雲を斬り裂くように戟を振るった。

「神々よ、いつまでも操られる俺達と思うなよ」

 陽光も月影も星々の瞬きも失われた怒りの天を睨み返し、アカツキは静かにそう宣言したのだった。

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