七十九話
明くる朝、目覚めて廊下に出ると城内は大騒ぎだった。
「アカツキ将軍、おはよう」
リムリアがペケさんと共に隣の部屋から現れた。
「ああ。何だか騒々しいが何があったのだ?」
アカツキが尋ねた時だった。ラルフとグレイが回廊をこちらへ駆け付けてきた。
「アカツキ将軍。法王が亡くなられました」
グレイが言った。
アカツキは一瞬歓喜したが、すぐにその思いは不安へと変わった。神の代弁者たる法王が死んだのだ。自然死で無ければこれは神に対する反逆と言うことになる。
「どうやら聴いたところ自然死と思われます」
ラルフが口を開いた。
自然死。本当にそうなのだろうか。さぁ、神はどう出る?
アカツキはかつて前線で共に戦った顔見知りの将軍の一人を見付けて駆けた。
「ボクジュン殿、お久しぶりです」
「確か、アカツキ将軍だったか」
「はい。この騒ぎ、法王様が亡くなったとのことですが真ですか?」
ボクジュンは頷き声を潜めた。
「どうやら法王猊下は女癖が悪かったようだ。複数の女性としとねを共にし、今朝、その女らが躯となった法王猊下を見付けたのだ」
「ボクジュン、来てくれ!」
他の将が呼んだのでボクジュン将軍は去って行った。
法王が死んだ。
玉座の前で仲間達と合流すると、皆、表情を複雑なものにしていた。
「よぉ、法王が死んだそうだな」
金時草が周囲の空気とは一人違い明るい表情で手を振り合流してきた。
やはり王の命令で金時草が法王を……。
アカツキは金時草を見ていたが、相手は目を合わせて真面目な顔をした。
「ま、序列順に次の法王が現れるだけだがな」
金時草はそう言った。
そんな混乱の中でも王はアカツキ達、使者の一団を定刻通り迎え入れた。
「知っていると思うが法王が亡くなった。少々、王都は騒がしいが、バルバトス、お前達は気にせず使者殿と、この書状をソンリッサ殿へ渡してくれ」
王が封書を大臣に渡し、大臣がレイチェルに差し出した。
「必ずやソンリッサ殿にお渡しいたします」
レイチェルが言うと王は頷いた。
「すまんな、これから私は忙しくなる。お前達の旅の無事を祈っているぞ。ヴィルヘルム殿、ソンリッサ殿によしなにお伝え下され」
「分かりました」
ヴィルヘルムが頷いた。
そして一同は外に出たのだが、外は来訪者でいっぱいだった。殆どが神官の服装をしている。法王の葬儀の手配や新たな即位のことで話があるのだろう。
アカツキ達はそれらを躱し、外へと向かった。
二
王都は号外の声がどこでも轟いていた。
そのビラが風で吹かれ背の高い山内海の頭に掛かった。
山内海はビラを伸ばし、その文を読んだ。
「……法王猊下、崩御なさる」
「清々しましたね」
ラルフが言うとレイチェルが咎めた。
「ラルフ君、幾ら嫌な人だったからってそんなこというものじゃないわ」
「は、はい、申し訳ございません」
ラルフは慌てて謝罪した。
そして一行は出立した。
街道を行き、何事もなく町に寄り、街道を行く。そんな平和な旅路がいつまでも続くものとアカツキは思っていなかった。
神は実在する。それは神官が聖なる魔術を使えることから明らかだ。
すると馬車が止まった。
「どうかしたのか?」
アカツキが馬を進めて右側のグレイの方へ行った。金時草もペケさんに乗って後に続いた。
街道の真ん中に女がいた。
「止まるのです」
女が綺麗な声を鋭くして言った。アカツキはその女に見覚えがあった。ストームと遠乗りに出掛けた時に現れ、二言、三言告げて幽鬼の様に消え去った女だ。神秘的で煌びやか服装をしているが、占い師か、まじない師にしか見えない。あれは見間違いでなかった。
「何かお困りごとか?」
バルバトスが馬上から声を掛ける。
「困っております」
女性は応じた。
「王都方面への護衛なら方角が違うから無理だが、北上するなら途中までは御一緒できるぞ」
バルバトスが律儀に応じると女は言った。
「渡して欲しいものがあります」
「渡して欲しいもの? 何を御望みだ?」
バルバトスが尋ね返す。
「お前達と同行している闇の者を速やかに引き渡すのです!」
女が声を荒げて馬車を指し示した。
「刺客か!?」
ラルフが進み出る。
「無礼者! 我が名はメイフィーナ。慈愛の神。そなたらを生み出し、この地上を創りし者の一人である!」
女が凛と叫んだが、金時草が言った。
「おい、お姉ちゃん、俺達は急ぎの旅をしているんだ。アンタ一人で俺達をどうこうできるとも思えない。一旦退くんだな。俺は女は殺したくない」
そうして金時草とペケさんが進み出た瞬間だった。
女が手を差し向け稲妻が直線状に駆け巡り、金時草とペケさんを襲った。
二人は悲鳴を上げる暇もなく稲妻に打たれ地面に倒れた。
「魔術師か!?」
バルバトスが声を上げる。
レイチェルとリムリアが外に飛び出し、剣を抜いた。
「人の子、暁よ」
自称慈愛の神が言った。
「あなたは道を違えました。我々神の示した正しい道から自ら望んで外れた。光と闇が和を結んではならない」
直後、空が紫色になった。
「この気配は!? 皆逃げろ!」
バルバトスが必死に叫ぶ。そして彼は馬を取って返し、馬車の中のヴィルヘルムを引きずり出して後ろに乗せて反対方向へ駆けた。
「逃げろ逃げろ! 全員逃げろ!」
バルバトスが振り返り尚叫ぶ。
ただならぬ様子に全員が彼の言葉を理解したときには遅かった。
途端に禍々しい色に染まった空から大きな大きな岩のようなものが炎の尾を引き降り注いだ。
馬車がその直撃を受けて拉げ燃え上がる。街道中に岩が降り注ぎ重々しい音とも深々と地を穿った。
メテオ。絵物語でしか聴いたことの無い流星群を降らせる高等魔術だった。
運よく馬車以外誰も被害を受けていない。倒れている金時草は先に目を覚ましたペケさんが咥え上げて安全な場所へ動き回り退避した。そして御者の男は懸命にも街道脇の草むらへ駆け林の中に消えて行った。
と、女の姿が無かった。
振り返ればバルバトスの元に女は立ちはだかっていた。
バルバトスが一撃を入れたが女は消えて身を躱し、再度現れ、稲妻を撃ち出して彼を落馬させた。
アカツキは駆けた。
バルバトスは動かなかった。
バルバトスが立ち上がらない今、ヴィルヘルムを護る者は誰もいない。
ヴィルヘルムが剣を抜くのが見えた。
アカツキは戟を旋回させ、左手で馬の尻に鞭を打った。
「らあああっ!」
女に肉薄し間合いに入るやアカツキは咆哮を上げ戟を振り下ろした。
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