七十五話
玉座を警備する番兵が驚いたように言った。
「ヴィルヘルム様、その猫、いやそれ虎じゃないですか!? 何故ここまで連れて来たのですか!?」
驚愕する四人の番兵を前にヴィルヘルムは言った。
「大丈夫だ。こちらの虎はペケさんと言って、俺の命の恩人の一人だ。そして光の方々の使節団の一員でもある。大丈夫、気は優しい。何かあれば俺が責任を負う」
「ヴィルヘルム様がそう言うのなら」
番兵達は警戒を解いた。
ヴィルヘルムが扉をノックする。アカツキはノックなどしたことが無く、今更ながらに恥じる思いをした。
「陛下、ヴィルヘルムです。光の方々と大使殿をお連れしました」
扉が開かれる。
広い玉座の間には兵士が六人いて、その先に段がある。アムル・ソンリッサは段の上にいた。
「では、大使殿お入りください」
ヴィルヘルムが言うと、アムル・ソンリッサの冷厳な声が轟いた。
「構わぬ。皆様に入ってもらおう」
アカツキはアムル・ソンリッサが厚遇してくれているような気がした。自分が仕えるアラバイン王は段を設けず誰とでも同じ位置にいたが、これもまた違った彼女なりの配慮した歓迎の遇し方なのだろう。
ラルフとグレイが委縮しているのをアカツキは見た。
全員が横並びになりシルヴァンス大使だけが一歩前に出て一礼した。
「アムル・ソンリッサ様、光の国の国王のアラバインの名代として参りました、外交大使のレイチェル・シルヴァンスと申します」
「シルヴァンス殿か」
アカツキはラルフが玉座の一歩下に立つ人物を凝視しているのに気付いた。暗黒卿だった。暗黒卿はラルフがカタリナ副長のお腹の中にいるときに父であるダンカン分隊長をその手で殺されている。平素から元気の良いラルフだが、場は弁えているはずだ。アカツキはそう願った。
「はい。本日は我が主アラバインからの親書を携えて参りました」
レイチェルが封書を差し出すとグラン・ローが受け取り、段を上って暗黒卿に差し出した。暗黒卿はそれをアムル・ソンリッサに渡す。
「拝読させていただこう」
アムル・ソンリッサはおそらく木のナイフを使って開封した。
そして書状を広げて黙読し始めた。
書面は長かったらしい。ある程度時間が掛かり、アムル・ソンリッサはこちらに目を向けた。
「光の国王、アラバイン殿の胸の内は分かった。そなたらが滞在する間にこちらも返書をしたためよう。他に何か御有りか?」
アムル・ソンリッサが問うとラルフが一礼した。アカツキは焦った。
「護衛のラルフ準将軍と申します。おそれながらそちらに居られる方が暗黒卿殿でありましょうか?」
「いかにも」
暗黒卿がバイザーの下りた兜の下でくぐもった声で応じた。
アカツキはこの後ラルフが何を言い出すのか気が気では無かった。
「やはりそうでしたか。それだけ確認したかったのです」
ラルフは再び一礼した。
「ラルフ準将軍殿、本当にそれだけで良いのか?」
暗黒卿が尋ねる。アカツキとしては、いや、全体としてはここでラルフが剣を抜いてしまっては困る事態になる。暗黒卿は彼を挑発してるのだろうか? アカツキはラルフへ目を向けた。
「本当は良くありません」
ラルフが言い彼は言葉を続けた。
「あなたは私の父を討った方です。どれほどの方に父は討たれ、それは名誉な人物だったのか、それが知りたかったのです。……それに分かりました。今の私ではあなたには遠く及びません。もしも光と闇が分かり合える日が来たらその時は、我が剣を是非とも受けていただきたいと、お約束していただきたい」
「分かった」
暗黒卿は頷いた。
ラルフは再度礼をし今度こそ引き下がった。
「では、陛下、使者の方々を部屋へ案内させていただきます」
ヴィルヘルムが言うとアムル・ソンリッサが応じた。
「待て。その前に……」
全員が固唾を飲む中、アムル・ソンリッサは言った。
「そ、その大きな猫は噛みつかないのか?」
突然の予想だにしなかった問いにアカツキは開いた口がふさがらなかった。金時草が軽く吹き出していた。
「アムル様、ペケさんって言うんだよ。触ってみる?」
リムリアが親し気に言うとアムル・ソンリッサは頷き段から下りてきた。
「あ、ああ、リムリアがどうしてもと言うなら」
「うん、どうしても」
リムリアが満面の笑みで応じるとアムル・ソンリッサはそっと手を伸ばし、ペケさんの頭に触れた。
アムル・ソンリッサは軽く笑みを浮かべながらペケさんを撫でている。
「あなたを乗せることもできますぜ」
金時草が言った。
「それは本当か? 乗らせてくれ」
金時草が手伝いながらアムル・ソンリッサをペケさんの背に乗せた。ペケさんは立ち上がり、咆哮を上げた。
「お、おお……」
アムル・ソンリッサは絶句したかと思うと、身体を倒しうつ伏せになった。
「モフモフだ」
闇の君主の意外な一面に光の使者達は驚き微笑んだ。
そしてアムル・ソンリッサは下りて咳払いした。
「今宵の晩餐会にはこのペケさんにも勿論出席してもらいたい。何を好むのだ?」
「こっちのお馬さん達と同じ、生のお肉だよ」
リムリアが応じる。
「そうか。なら何とかなりそうだな」
アムル・ソンリッサはそう言った。
そしてアカツキ達はアムル・ソンリッサの前を辞し、部屋へと案内された。
誰の配慮か知らないがアカツキとリムリアは以前と同じ部屋だった。その左右に他の者達が部屋を与えられた。そしてペケさんには上等な絨毯を借りることとなった。
全員がバルバトスの部屋に集まった。
「友好的な方に思えました」
大人しいグレイが口火を切り、光の使者一同は頷いた。
「戦を好む様な方にも思えぬな」
バルバトスが孫の意見に賛同する。
すかさずアカツキは言った。
「アムル・ソンリッサ陛下、いや、ソンリッサ殿は、自国を護る為に野心ある他の国家と対峙しその結果併呑したに過ぎません。太守殿の言う通り争いを好む人物ではありません」
「アラバイン王が何を書かれたのかは知りませんが、両国の友好関係は思ったよりも早く良好なものになりそうね」
レイチェルが述べる。そして一同は晩餐に備えて解散となった。
アカツキは部屋に戻りながらリムリアと一緒になった。
「アカツキ将軍、ストームのところに行ってみようよ」
「ああ、そうだな」
アカツキは応じた。部外者となった自分にウォズ老はストームを会わせてくれるだろうか。
二人は馴染み深い回廊を行き、外に出た。その間にも魔族の警備兵や番兵がアカツキに向かって敬礼してきた。
アムル・ソンリッサは俺が光側に戻ったことを伝えていないのだろうか。
そう思いながらも厩舎に着く。
「お待ちしておりましたぞ、アカツキ将軍、リムリアも」
ウォズ老がそこにいた。
「ウォズ殿、お久しぶりです」
「ウォズさん、久しぶりだね」
アカツキとリムリアは異口同音でそう言った。
ウォズ老は微笑んで二人を厩舎の中へ招き入れた。
肉食馬達が眠る中、一頭だけ起きていてこちらを凝視していた。
「ストーム」
アカツキは歩み寄る。両者は見詰め合った後、ストームが長い舌を伸ばしてアカツキの顔を舐めた。
アカツキは歓迎されたことが嬉しく思い、その長い首に抱き付きながら愛馬を心から抱擁したのだった。
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