七十三話
結局、事情が事情なだけに名ばかりとなってしまった検分が終わり、死体の後始末も詰所側で行われることになった。
アカツキとバルバトスは刺客の黒装束の亡骸の顔を見たが、当然ながら見知らぬ顔であった。
階上で血生臭い事件があったというのに宿の主人らは鼻歌交じりで朝食を運んできた。
アカツキがヴィルヘルムの分を毒みする。異常は無かった。
「滞在する町ごとに刺客が待ち受けているとなると厄介だな」
ヴィルヘルムが言った。
「しかし、まさか他国の使者殿と外交大使を野宿させるわけにもいくまい。今後とも町に迷惑はかけるやも知れぬが、寄りつつ、歩みを進めて行こう」
バルバトスが応じた。
そして町を発つ。後は北上し途中で西にそれればコロイオスに着く。そこからはアビオン、リゴ、ヴァンピーア、そしてオーク城。と、前線が近いため兵達が多く駐留していた。そのため刺客も行動には出難いだろう。
「まずはコロイオスが目標だ」
バルバトスが言い、隊列を整える。
ラルフはまだ眠ったままで馬車の中に横たえられている。そこにヴィルヘルムとレイチェルが乗り込み、それぞれ馬上の人となったバルバトスとリムリアが先頭を、左を山内海が、右をグレイ、しんがりをアカツキが受け持った。
「よく眠れたかい?」
皮肉を言いながらペケさんに乗った金時草が合流する。
「眠れるわけが無いだろう。衛兵達に内々に処理をさせるのに朝までかかった」
アカツキは応じた。
「では、出立!」
バルバトスの声に他の全員の声が応じる。
こうして朝の穏やかな春の日差しの下、一行は歩み始めたのだった。
二
斧が、剣が、唸りを上げる。
刺客は街道の途中に伏せていたらしく、前後を寸断するように現れた。
再び斬り合いが始まった。
法王もしつこい。
アカツキは一人を斧で一刀両断にし、そう胸の内でぼやいた。
リムリアは馬車の護衛につき、バルバトス、グレイ、山内海、金時草、ペケさんが前後に散って刺客の相手を務めた。
剣を交えてアカツキは感じた。
敵も最初ほど手練れじゃなくなって来ている。
アカツキは交戦中の目の前の相手の雑な攻撃を避け手首を掴み、武器を叩き落とすと捻りあげた。
刺客が呻き声を上げる。
アカツキはその後ろで言った。
「言え、お前達の雇い主は法王か?」
だが、相手は呻くばかりであった。
アカツキは更に強く締めあげた。
「もう一度尋ねる。法王がお前達の雇い主か?」
すると刺客が口を開いた。
「い、痛い! 折れる! お、俺達の雇い主は――」
と、側の茂みから矢が飛んできた。アカツキ咄嗟に避けようとしたが、それは刺客の額に突き立った。
「そんなところにいたか!」
金時草が風の様に走り茂みに飛び込んで行った。
アカツキは亡骸を放して、襲撃者達が退いて行くのを見届けた。
「皆、怪我は無いか!?」
バルバトスの呼びかけに異口同音声を上げた。ペケさんも同じく声を上げたのには驚いた。リムリアがペケさんの頭を撫でている。
「わるい、逃がした」
金時草が戻ってきた。
「敵に以前ほどの手応えがありませんでしたね」
グレイが言った。
皆頷いた。ペケさんも鳴いた。
「最初と昨夜の襲撃は盗賊ギルドの腕利きどもだろう。あれだけ人数を割いたのだ。雇い主はそれで討ち取れたと思っているだろう。だが、用心深く暗殺者風の姿をさせたゴロツキどもを雇って、念のためにここに配置したのだろうな。その頃には仮に俺達が生きていても犠牲無しじゃ済まないと睨んでな」
金時草が言った。
「じゃあ、これ以降の襲撃は無いのだな?」
「さっきの首領格を逃したせいでこのことは雇い主にも知らされるだろう。だが、もう盗賊ギルドの腕利き共には襲われる心配はない。あの人数を以前と昨晩でやったからな。奴らのギルドをほぼ壊滅させたも同然だ」
バルバトスの問いに金時草が応じる。
一行の顔に安堵の色が漂うのをアカツキは見た。
三
旅は続いた。安全な旅であった。
町にも街道にも襲撃者は現れなかった。
だが、一行は気を抜いてはいない。アカツキは相変わらず毒みをし、ヴィルヘルムの部屋の前に座って浅く眠って一夜を明かしていた。
そんな一行はようやくコロイオスの町に辿り着いた。
活気に溢れた町の中、無数の兵士が闊歩し、前線に届ける補給物資が荷馬車に乗せられ門扉の入り口近くに列を成していた。
ここでも問答はあったが、兵士もたくさんいるということでペケさんが町に入ることも許可された。
「良かったね、ペケさん」
リムリアがペケさんの頭を撫でると、ペケさんはからかう様に後足で立ってリムリアに覆い被さって来た。
「ねぇ? その大きな猫ちゃん触って良い?」
子供達が興味津々にリムリアに尋ねた。
「大丈夫かな、金時草さん?」
「大丈夫さ」
「うん、だったら良いよ、撫でてごらん」
子供達は一斉にペケさんに群がった。
ペケさんはゴロリと転がりお腹を出した。
そんな様子を見ていた兵士、住民らはこの虎に害は無いと見て通り過ぎて行くのだった。もっともバルバトスの存在が大きかっただろう。彼に握手を求めて来る者が多かった。
ここで滞在し、アビオン、リゴ村、アカツキにとっては思い出深いヴァンピーアを抜け、ようやく最前線のオーク城に戻って来た。
太守となったサグデン伯が久々の宴会の席を設けて一行を労った。身分に関係なく関わった全ての者達を祝した。その中には宴席の隅で生肉を食べるペケさんの姿もあった。
ラルフをどうするか、アカツキが心配していると、吉報が飛び込んできた。オーガーの子供でバルドの孫ギリオンがラルフが目覚めたことを知らせてくれたのだ。
アカツキは平素から冷静なグレイが笑みを浮かべているの見てこちらも口元を歪めていた。
グレイはレイチェル、グシオン将軍と、久々に親子揃っていた。そしてバルケルの大将代理のライラ将軍が歓喜しレイチェルに抱き付くところも見られた。二人はもと冒険者仲間だったらしい。
「俺もお前達と一緒に行きたかったな」
刺客との斬り合いの話になるとファルクスがそう悔しがった。
そうして英気を養い急ぎの旅は続こうとしていた。
オーク城を発ち、前線の砦を通り過ぎようとすると守将のツッチー将軍が飛び出してきた。
「バルバトス殿、このツッチーの前を素通りしてやり過ごそうとするなんてあんまりでございます」
ツッチー将軍が抗議した。
「別にやり過ごすつもりは無かった。許してくれ」
バルバトスが言うと、昨晩のファルクス同様にツッチー将軍もこの一団に加わりたいと悔しがっていた。
「山内殿、俺の分まで頼んだぞ。イージア魂を見せてやってくれ」
「……畏まった」
イージアの二将はそう言葉を交わし、一行は闇の領地へ足を踏み入れた。
途端に朝も過ぎようという空にオレンジ色の魔法陣が現れ、ガルムが姿を現した。
「ようこそ、我らの国へ」
笑顔の道化の面を被ったガルムがそう言って一行を出迎えた。
その時だった。
「マゾルク!?」
レイチェルが声を上げた。
「多少姿が変わったようだけど、私の目は誤魔化せない!」
彼女は物凄い剣幕で赤装束に迫って行った。
「おや、レイチェルではないですか。もうそんな年になりましたか」
「あなたはクレシェイドさんが命を落としてまで斃したはず! それなのに何故!?」
珍しく感情的になるレイチェルを一行は止められなかった。アカツキはかつてライラ将軍がガルムをそう呼び、斬ろうとしたことを思い出した。過去に何らかの因縁があったようだ。それだけしか察することはできなかった。
マゾルクは忍び笑いを漏らした。
「何ででしょうね。もしかすれば、いずれ分かるかもしれませんよ」
「あなたがアムル・ソンリッサ殿の配下でなければここで斬りたいぐらいよ」
「そうでしょうね。ですが、今は大事な御役目があるはず。さぁ、皆さん、この魔法陣を潜って下さい。我が主君アムル・ソンリッサがお待ちです」
ガルムがそう言い仰々しく一礼した。
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