番外編三

 身体に重い衝撃を受けてアカツキは目を覚ました。

 目を開いてみればリムリアが覗き込んでいた。

「アカツキ将軍、おっはよう!」

 微笑む彼女にアカツキは寝惚け眼を擦りつつ言った。

「とりあえず俺の上から退いてくれ」

 リムリアは素直にベッドの外に下りた。

 それで、何しに来たんだ? と、言う前に向こうが口を開いた。

「アカツキ将軍、今日何の日か知ってる?」

「ああ? 大晦日か。それがどうした?」

 今日が大晦日だと知ったのは魔族の侍女達から聴かされたのだった。

 年の瀬の大掃除に現れた彼女達はアカツキを部屋から追い出すとせっせと掃除を始めたのだった。その際、若い侍女の一人が頬を赤らめて剥ぎ取ったシーツを抱き締めていたのも見た。

 そしてアカツキは部屋のカーテンを開ける。

 太陽が輝いていた。眠っていたのは三、四時間ほどだろう。

 頭が少々重い。

「それで大晦日だからどうしたんだ?」

 リムリアに問う。

「うん、お昼に除昼の笛って言うのが聴こえるんだって。聴いてみたくない?」

「そんなものには興味はない」

「サルバトール様とテレジアちゃんは無理でも、他のみんなは城壁に集まろうって言ってたよ」

「そうか。だが、俺は」

 興味はない。そう言おうとした時、リムリアはサファイアのような大きな目に涙を潤ませて見上げてきた。

 ああ、くそっ、俺も本当にちょろいな。

「分かった。行くぞ」

「うん!」

 二人は城壁目指して歩いて行った。



 二



 城壁の上はほぼ満員だった。

 将軍に兵士に入り乱れ、例の除昼の笛とやらが聴こえるのを待っているらしい。

「アカツキ将軍」

 声を掛けてきたのはグラン・ローだった。

「将軍も笛の音を聴きに訪れたんですか?」

「そうだよ」

 代わりにリムリアが応じた。

「そうですか。そろそろですよ」

 グラン・ローは正午の太陽を見上げながら言った。

 ブオオオオッ! ブオオオオオッ!

 大きな角笛の鳴る音が聴こえた。

 すると周囲の兵士や将軍達が、感激したように、口々に「除昼の笛だ」と言っていた。

 ブオオオオッ! ブオオオオオッ!

「この笛はですね、本来は城や城下の緊急時に鳴らされるものだったんですよ」

 グラン・ローが説明する。

「城の一室で領内随一の肺活量の持ち主達が代わる代わる笛を鳴らしているんです。これは名誉なことなのですよ」

「そうなのか」

 音は確かに安定せずまちまちだった。それが二十四回鳴り響き止むと、周囲の者達は拍手し合った。

「この後は大概の人々が神殿に初詣に出ます。でも、闇を祭る神ですので、アカツキ将軍とリムリアさんは行かない方が良いかもしれませんね」

「そうだな。俺達は光側だからな」

「えー。あたし行きたいなぁ」

「こればかりは堪えろ」

「その方が良いと思います。闇の神はあなた方を敵視しているでしょう。要らぬ罰が当たるかもしれません」

 グラン・ローも親切に諭すようにそう勧めた。

「うー、残念だけど分かった。でも、アカツキ将軍、初月の出は一緒に見ようね? 約束だよ」

 リムリアが右手の小指を自分の小指と絡めて来る。

「指きりげんまん」

「お二人は仲がよろしいのですね。それでは私は職務に戻りますのでこれで。しかし、少々雲が多いですね。月が見えてくれれば良いのですが」

 グラン・ローはそう言うと去って行った。

 と、魔族の兵士は慌てて戻ってきた。

「御無礼を。将軍、新年あけましておめでとうございます。それでは」

 グラン・ローはそれだけ言うと急ぎ足で城内へ戻って行った。

「アカツキ将軍」

 リムリアがこちらを見上げる。

「何だ?」

「新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくね」

「ああ」

 そう応じるとリムリアはニッコリ笑った。

「アカツキ将軍、この後、演習場に行くんでしょう? 夕方に迎えに来るからね。初月の出見れると良いね」



 三



「アカツキ、新年あけましておめでとう」

「今年もよろしくな」

 演習場でヴィルヘルム、ブロッソに声を掛けられた。

「ああ」

 アカツキはそう答えた。

 そうして三人で演習場に籠っていると、リムリアが迎えに来た。

「あ、ヴィルヘルム将軍、ブロッソ将軍、新年あけましておめでとうございます!」

「ああ、おめでとう」

「今年もよろしくな」

 二将軍が応じた。

「アカツキ将軍、迎えに来たよ。初月の出見に行こうよ!」

「その前に」

 と、ヴィルヘルムとブロッソが懐からあるいは腰の鞄から巾着袋をリムリアに渡した。

「お年玉だ」

 ヴィルヘルムが爽やかな笑みを浮かべてそう言った。

「わぁ、ヴィルヘルム様、ブロッソ様、ありがとう!」

 リムリアは満面の笑みを浮かべて礼を述べた。

 もう言っても無駄だということは分かっている。リムリアは成人している。本当はお年玉を貰う資格は無いのだ。だが、魔族の将達にとって彼女はまだまだ子供の様に映るのだろう。自分よりも長く生きている彼らだからこそそう思うのかもしれない。

 アカツキはリムリアに連れられて再び城壁目指して外の階段を上がって行った。

 陽は沈み、白い月の影が現れる。と、思ったが、グラン・ローの懸念通り雲が多くて月が確認できなかった。

 再び集まった将軍や兵らは残念がっていた。

「二人とも月を見に来たか」

 声がし振り返ると黒衣の剣士シリニーグが立っていた。

「あ、シリニーグ様、あけましておめでとうございます!」

 リムリアが言うとシリニーグは面から露出している口元を静かに歪ませて巾着袋を渡した。

「今年もよろしくな。リムリア。アカツキも」

「わぁ、お年玉だ! シリニーグ様、ありがとう!」

 礼を述べるリムリアの頭上でアカツキとシリニーグは目礼を交わした。

「卿! 早く、月が! 出ていない……」

 息せき切って城壁の入り口に現れたのは君主アムル・ソンリッサと、手を引かれた暗黒卿だった。

「残念だなアムル」

 暗黒卿はそう言うとこちらへ歩んできた。

「暗黒卿様、あけましておめでとうございます!」

 リムリアが言うと暗黒卿は頷き、腰の脇からこれも巾着袋を取り出した。

「お年玉だ」

 アカツキは呆れるしかなかった。あげる側に対してももらう側に対してもだ。

 その様子をアムル・ソンリッサが羨むように見ていた。

「アムル様、あけましておめでとうございます!」

「陛下、あけましておめでとうございます!」

 リムリアと、シリニーグが言った。

「うむ、今年もよろしく頼むぞ。アカツキ将軍もな」

 こちらに視線が向けられアカツキは頷いて済まそうかと思ったが、大袈裟に敬礼して見せた。

 するとすっかり暗くなった空の下、入り口から新たな来訪者が現れた。

「月が見えぬとな?」

「はい、閣下。雲が多いようです」

 ヴァンパイアの子爵サルバトールとその従者テレジアだった。

「サルバトール様、テレジアちゃん、あけましておめでとうございます!」

 リムリアが言うとサルバトールはこちらにようやく気付いたように顔を向けて頷いた。

「皆、今年もよろしくな」

 シリニーグが敬礼し、アカツキは頷き返した。

「そうであった。リムリアよ。お年玉だ」

 再び巾着袋が現れた。

 アカツキは黙って再び呆れていた。目を向けた先、その様子を従者テレジアが落ち着かない様子で見ていた。

 するとヴァンパイアの子爵は従者を振り返り、その手を取ってもう一つ巾着袋を握らせた。

「閣下!?」

 驚くテレジアの前、サルバトールは笑って言った。

「今年も良い年にしてゆこう、テレジア」

「閣下!」

 ヴァンパイアの従者は主の胸に飛び込んで感動の嗚咽を漏らしていた。

 そのうちヴィルヘルム、ブロッソも合流し、一同は賑やかになった。

 月は完全に雲に隠れていたが、こうして初月の出は終わったのだった。



 正直に言おう。お年玉。羨ましかった。

 初月の出を終え、アムルは一歩後ろに護衛の暗黒卿を従えて自室へ戻っていた。

 そう思いながら後ろの暗黒卿を振り返る。

「暗黒卿、リムリアもテレジアもお年玉が貰えたぐらいで少々大袈裟では無かったか?」

 アムルは悔しさを噛み締めてそう問う。

「では、お前は要らぬのだな」

「へ?」

 暗黒卿は巾着袋を手にしていた。

「あ、あ、いや、そうじゃないのだ」

 アムルは慌てて応じた。

「お前には国庫があるとはいえ、これは我からのほんの気持ちだ。今年一年、またよろしく頼むぞ」

「卿!」

 アムルは思わず驚きの声を上げた。暗黒卿からの、そう大好きな人からの贈り物だ。それはどんなものにも勝る贈り物である。

「卿、あ、ありがとう」

 アムルは体中を上気させ、感激に震えながら受け取り胸に抱き締めたのだった。

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