三十六話

「前列交代!」

 アカツキは号令を発した。

「うおおおっ!」

 部下の新手が長槍を突き出し前進し、騎兵に突きかかる。

 戦場の空気に呑まれている。それが彼らに恐れ知らずの蛮勇さを与えているのが分かる。

 薄闇が支配する頃になっても敵の勢いは削がれない。しかし、こちらも寡兵でよく持ち堪えている。

 これは一晩耐える羽目になりそうだ。

 アカツキは兜越しに津波のように迫りくる騎兵達を見詰めた。

「お前ら、くたばるなよ!」

 アカツキは部下達に向かってそう叫んだ。

「おおっ!」

 部下達は槍を突き出し騎兵と打ち合いながら返事をする。アカツキにとって、彼らは可愛い弟子達そのものだった。自分が鍛えた。異種族である自分を教官と認めこうしてついて来てくれている。

「うおおおっ!」

 アカツキは咆哮を上げて槍を薙ぎ突進してきた騎兵二人の首を刎ねた。

 だがまだまだだ。上等だ。

 アカツキが不敵に笑った時だった。

 隣のヴィルヘルム隊の中をすばしっこく跋扈する影が二つあった。

 駆け、跳び、敵陣に二人で押し入り剣を振るって首級を上げている。

 何だあれは?

「ヴィルヘルム卿、後は私達に任せて置け!」

 燕尾服に身を包み剣を持つのは、サルバトールに、ドレス姿の部下テレジアだった。ヴァンパイアの真っ赤な眼光が戦場へ向く。

「ヴァンパイアが出たぞ!」

 敵陣から恐れおののく声が聴こえた。

 日光、人間やエルフ達を加護する光の神がもつ聖なる力か、炎、あるいはトネリコ杭でしか斃せない。それ以外の攻撃は服こそ斬り裂けるが鋼の様な肌には一切傷がつかない。ある意味ではヴァンパイアは無敵だった。

 同時にサルバトールとテレジアの剣術の冴えも目を見張るものだった。

 以前、辛うじて奴に勝利したがあれはまぐれなのかもしれない。

 跋扈し、断末魔と死体の山を次々築くヴァンパイア主従を見てアカツキはそう痛感した。

 サルバトールと言えば、ダンカン分隊長の下に居た時も出くわした。あの時も今のように俊敏で、その歯牙で次々こちらの兵士を噛み新たな配下を作り出しこちらを悪戦苦闘させたが、今回はその気配はない。

「魔族は噛まれてもヴァンパイア化しないのさ」

 気付けばヴィルヘルムがアカツキの側に来ていた。そして己の部下を振り返り言った。

「ヴィルヘルム隊の半分はアカツキ隊を援護しろ! 残り半分は正面のサルバトール卿に続け!」

 鬨の声が上がりヴィルヘルム隊の歩兵達が前進し、ブロッソ、アカツキ隊を襲来する敵の騎兵隊の側面にぶつかった。

 これは好機だ。

 アカツキはそう悟った。

「お前ら聴け! 突撃するぞ!」

 アカツキはようやく口に出したかった言葉を述べ、そう叫ぶとストームを走らせた。

 その後を疲労困憊の部下達が身体にムチ打ち、功名心に逸った様子で駆けて来る。

 アカツキは槍を振るい正面で壊乱している敵部隊を次々蹴散らしていった。

 戦場は怒声と悲鳴のせめぎ合いだった。

「副隊長に続け!」

 部将キューンハイトを失い、ヴィルヘルム隊により壊乱させられただけあって、部下達も槍働きがしやすそうだった。

 右側を防衛していたブロッソ隊もグングン足を進めてきている。

「アカツキ!」

 ちょうどブロッソの轟雷のような声が届いて来た。

「ここは俺に任せろ! お前は好きにやれ! 敵将を討ち取って来い!」

「悪いな、そうさせてもらうぞ!」

 アカツキは武者震いし敵陣の中にストームを駆けさせた。

 そして単騎で次々と一直線に敵兵を斬り下げ、突き落としながら血煙の中を掻い潜りストームを疾駆させた。

「一人とは命知らずな!」

 いた!

 甲冑に身を包み、房の付いた兜を被っている。この部隊の主将だ。

 親衛隊が五騎襲い掛かってきたが、アカツキは巧みに攻撃を受け流しストームを駆けさせ、敵を確実に仕留めていった。

「おのれ、腕だけは確かなようだ」

 親衛隊を瞬く間に失った敵将がそう言い槍を振るってこちらを指した。

「我が名はダナダン! 本来、死に逝く者に名乗りは不要だが、その敢闘に免じて言っておく! 光栄に思うが良い!」

「お前の名? もう忘れたな。その首もらうぞ!」

 アカツキは馬腹を蹴った。

 ストームが疾駆する。

「はあっ!」

 ダナダンも馬を走らせた。

 ダナダンの槍とアカツキの槍が交錯する。

 鉄と鉄が打ち合い、閃光が垣間見える。

 こいつは楽しめそうだ。

 身体の中に流れる真っ赤な血が沸き立つように熱くなるのを感じた。

 ダナダンと十数合打ち合った時、アカツキの持つ槍先が圧し折れた。対するダナダンは落馬していた。敵将の兜が地面に転がり落ちた。

 アカツキは声を張り上げ、愛馬の背から跳び下り、ダナダンに襲い掛かった。

 穂先の無い槍は既に投げ捨てられている。右手にある両刃の斧を振るい、立ち上がるダナダンの胸甲にぶつけ亀裂を入れる。

「何という力だ」

 ダナダンはそう言いながらも恐れず積極的に槍を振るいアカツキを攻め立てた。

 これまで出会ったどの槍使いよりもダナダンの槍は素早く鋭く重い強烈な風を纏っていた。

 アカツキはシリニーグとの戦で学んだ防御に徹した。

 何処かに隙が出るはずだ。

 アカツキは斧と剣の間からその様子をしっかり観察した。速いと言ってもシリニーグの剣ほどではない。

 見えた。

 敵は疲労したのか攻撃が荒くなった。

 アカツキはすかさず反撃した。温存していた力を全て発揮し、ダナダンの槍に叩き込む。

 ダナダンはアカツキの二刀流に負けじとついて来る。

 だが、アカツキの渾身の斧が槍の長柄を真っ二つにすると、表情を青くし、それでも素早く腰に佩いている長剣を抜いた。

 そして構える間もなく飛び込んできた。

 どうにかして自分のペースに持って行こうとしたいらしいが、剣を受けて分かる。槍ほど得意ではない。

 アカツキは咆哮を上げダナダンの剣に斧の刃をぶつけ圧し折った。

「こうなれば!」

 ダナダンは短剣を抜いてアカツキに襲い掛かって来た。

 ここまでの将、今のアムル・ソンリッサの軍勢には欲しい逸材だ。アカツキはそう考え始めた。

「ダナダン、降れ!」

「抜かせ!」

 ダナダンは短剣を手に躍り掛かって来た。

 一撃、ニ撃をかわし、アカツキは斧を手から放し素早くダナダンの手を取り捻りあげた。

「ここまでだな」

 アカツキは部下達が追い付いてくるのを見た。

 そしてダナダンの頭を剣の柄で打った。

 ダナダンは倒れた。

「おい、こいつを捕縛しろ」

 アカツキはそう言い、敵勢の片翼をこちら側が捥ぎ取ったのを見届けたのであった。

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