三十四話

 耳に吹き付ける風を感じた。

 アカツキは慌てて跳び起きた。

「何だ、今のは!?」

 アカツキは薄暗い部屋の中を見回した。

「ほら、起きたよ。今度からこうやって起こせば良いからね」

「いや、さすがにそれは……」

「アカツキ将軍、おはよう。あんまり寝て無いと思うけど」

 カーテンが引かれ、陽光が部屋に差し込んだ。目が眩む中、リムリアがすぐ隣にいるのが分かった。

「お前、どういうつもりだ!? 俺を侮るのも大概にしろよ!」

 アカツキは寝不足なのもあって怒鳴り散らした。

 だが、リムリアはニコニコ微笑んで指差した。

 兵士が一人かしこまった様子で立っていた。

 何かあったな。アカツキは苛々しながら察した。

「アカツキ将軍、緊急招集です」

 若い兵士は言った。

「何があった?」

「それは玉座の間にてお待ちしている他の将軍方とお聴き下さいませ」

 アカツキは自分が最後の一人のなのを察した。何とも恥ずべきことだ。

「何故、もっと早く……いや、すまん何でも無い。承知した」

 きっとこの兵士は辛抱強く扉を叩き、時が過ぎるのを焦りながら自分の名を幾度も呼んだに違いない。隣室のリムリアの方が気付いたというわけだ。

「はっ! では」

 兵士は去って行った。

 それを目の端で見送りながらアカツキは急いで服を着替え始めた。黒いシャツの上に甲冑を身に着ける。そして左に斧、右に片手剣カンダタを差し、兜を抱えた。

「アカツキ将軍、いってらっしゃい」

 リムリアが笑顔で言った。

 こいつに着替えを見られた。だが、今は!

 アカツキは部屋を飛び出すと回廊を全力疾走で玉座に向かった。

 鍛えに鍛え抜かれた心肺はこの程度では根を上げない。アカツキは階段を駆け上がり玉座の間まで来ると扉を力いっぱい押し開いた。

 将軍達は疎らに整列しその視線がアカツキに集まる。

「すまん、遅れた!」

 アカツキが謝罪すると段の上にある玉座に座るアムル・ソンリッサが言った。

「これで揃った様だ。突然の招集で悪いが、南で動きがあった。モゾー・ハッキネンがアンドリュー・グレアーと共同で砦に侵攻しているとのことだ。数は不明だが二十万はいるだろうとの砦の守将からの通達だ」

 二十万。大軍だな。

 各将達が囁き合っている。

「諸将には私と共に増援に赴いていただきたい」

 アムル・ソンリッサが言った。

「砦の守備隊は二万、我らの増援は旧デルフィン、コルテス領などを合わせて八万だ。毎回不利な戦を強いられてきたのだ。今更驚く程でもなかろう」

 アムル・ソンリッサの一段下に佇立している暗黒卿が落ちついた声で言うと、諸将は黙った。暗黒卿ならば。と、誰もが自信を取り戻したらしい。アカツキも首級を稼ぐには良い機会だと武者震いした。

「留守はシリニーグに任せる」

「はっ」

 黒衣の剣士、将軍シリニーグが敬礼する。

「では行くぞ、すぐに出立だ!」

 アムル・ソンリッサが言い、アカツキ以外の将軍達が声を上げて応じた。



 二



「アカツキ将軍!」

 厩舎に愛馬ストームを迎えに行くとそこにはリムリアがせっせと同僚達ともに将軍達に、くらと鐙を差し出していた。

「アカツキ将軍、先に出るぞ」

 顔見知りの老将が出て行った。

 ストームは熱烈にアカツキを歓迎した。このところ調練と稽古で構ってやる時間は無かった。顔中を舐められ、アカツキは抵抗しながら、くらと鐙を装着した。

「アカツキ将軍、また言うのも変だけど、いってらっしゃい!」

 リムリアの笑顔にアカツキはドキリとした。

「ああ」 

 アカツキはようやくそれだけ答えるとストームを引きながら厩舎から出る。そして他の将兵に交じって城下へ向かって貴族街の大通りを馬上の人となり駆けて行った。

 城下の方も人々が敏感に異変を察知し、昼近くだというのに大通りを左右に分かれて声援を送って軍勢を見送った。

「アカツキショウグン! 頑張れ!」

 不意にそう呼ばれアカツキは以前迷子だったルイスが父親に肩車されて手を振っているの見た。魂が燃え始めた。アカツキは片手を上げて応じる。

 民のためにも、それと奴のためにも負けられない。

 アカツキはリムリアが笑顔で送り出してくれた姿を思い出していた。

 城下の外、原野と街道には騎馬と徒歩の群れが整列していた。

 そして複数開かれた戦場へ転移する魔法陣の中へ次々飛び込んで消えて行った。

「アカツキ!」

 ブロッソが鉄の棍棒を振って呼んだ。

「ブロッソ!」

 アカツキは僚友の前に馬を飛ばした。そして気付いた。鍛えたとは言え新兵達を連れて行くことになるのだと。

 新兵達は格好こそ、鎧兜のおかげで大分さまになっていたが、その目を見れば緊張ではち切れんばかりだということが伝わってきた。

「アカツキ、アムル様の命令だ。俺とお前はこいつらを率いる。俺が主将でアカツキが副将だ。それでアカツキには先頭にいてもらいたい。こいつらを勇気付けてやって欲しい。悪鬼と呼ばれたお前なら矢面でも死ぬことはないだろう」

「上等だ」

 アカツキは燃えて応じた。魔法陣を向く。そして今一度、委縮しきっている兵達を振り返った。

「お前達は新兵じゃない立派な兵卒だ! 訓練を思い出せ、やれることはやってきた! 自信を持て、顔を上げ声を上げろ! 行くぞ!」

 アカツキが斧を振り上げると、新兵改め兵卒達は声を上げて応じた。

 アカツキはフッと微笑み魔法陣へ飛び込んだ。

 瞬く間も無く見知らぬ風景が現れる。

 砦が見え、原野が広がっている。

 砦の上には弓兵達が勢揃いしているようだ。

「アカツキ将軍、ブロッソ隊は右翼へお願いします」

 伝令の兵が現れて言った。

 右は向こうか。確認したときに二つの棺桶をそれぞれ六人がかりで抱えている妙な兵達の姿が目に入った。その兵達は砦の中へ向かって行った。

 棺桶だと? どういうことだ?

「アカツキ将軍」

 兵達が揃い始める。

「よし、お前達、俺について来い」

 アカツキは続々と魔法陣から現れる歩兵の部下達を見て言った。

 そうして隊列を整える諸将と部隊の前を、邪魔にならぬよう大きく横切り指定された位置へ着く。

「おお、隣はブロッソ隊か。アカツキがいるとは心強い」

 ヴィルヘルムが手を振ってそう言った。

「ヘマするなよ、お坊ちゃん」

 アカツキも手を上げて応じた。

 そして声を上げて陣列を整え始める。こうしている間にも敵軍二十万は迫っている。

「この度は防衛戦だ! 功を焦り迂闊に前に出ぬ様に! まずは日没まで耐え抜くのだ! そうすれば」

 あちこちから武将の声が飛び交った。

 そして陣が整った時だった。

 地鳴りが響き、徐々に大地が揺れ始める。

 鬨の声を轟かせ二十万という敵勢の影が遠くに現れた。

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