DESIRE ────銃弾そして銀ナイフ
ガシャーンッ——続けようとしたサクラさんの声を遮って、突如店内にそんなけたたましい音が鳴り響いた。
——な、なんだ?
思わず音のした方向に顔を向ける。そこでは——
「おいおいおい!なんなんだぁこの店は?こちとら客だぞ?お客様は神様だろうがよお!!」
「そうだそうだ!お前ら店員は黙って言うこと聞いてりゃいいんだよこのドグサレがあ!!」
——と、一体何があったのか、二人組の男が怒声を撒き散らし、己の周囲にも気を留めず非常識に騒ぎ立てていた。恐らく二人のどちらかがそうしたのだろう、テーブルはひっくり返されており、床には割れてしまった皿や料理が無残にも散乱している。
「も、申し訳ございません!ですが、当店はそのような「うっせえなあ!!だから、店員は黙ってろって言ってんだろクソが!!!」
ドガッ——生々しい、肉を打つ鈍い音。謝罪していた店員の男性を、赤いスーツを着た男が殴りつけたのだ。
「がっ…!?」
突然頬を打ち抜かれた店員が、堪らず床に伏せる。そして追い討ちと言わんばかりに、今度は青いスーツを着た方の男が足を振り上げた。
「このクズが!くたばれや!!」
男の鋭い爪先が、無防備にも晒されている店員の脇腹を抉り打つ————寸前、
「止めないか」
先ほどまで椅子に座っていたはずのサクラさんが、青スーツの男の足をそっと掴んで、その暴行を止めていた。
「……ああ?なんだ、この女ァ?」
「てか、こんなデカ女今までどこにいやがったんだ?」
男二人が、殺意剥き出しでサクラさんを睨めつける。しかしその殺意に欠片も臆さず、飄々とした態度でどうでも良さそうに、掴んでいた青スーツの足を放して、サクラさんは二人に答えた。
「なに、私はただのお節介焼きさ。気にすることはない——まあそれはそれとして。一体何があったのかは知らないが……いくら客だからと言って、店員に対して度の過ぎた態度を取るのは間違っていると思うのだが」
あくまで穏便に。穏やかな声音でサクラさんはそう言ったが……やはりというか、彼女の言葉に対して二人は額に青筋を立てた。
そして、
「「んだと……?」」
全く同時にそう呟いて、
「「ブチ殺してやらあこのクソアマがァ!!」」
全く同時にサクラさんにへと殴りかかった。が——
「おお、怖い怖い。私はか弱い女性だよ?大の男二人がかりとは、大人げないじゃあないか」
——彼女の顔を捉えようとしていた男二人の拳は、呆気なさ過ぎるほどに、サクラさんの両の手のひらによって、それぞれ優しく受け止められてしまった。
「んな…っ!」
「こ、このっ…!」
数秒遅れて、自分たちの拳が受け止められたことに気づき、慌ててサクラさんの手のひらから逃れようと男たちが腕を振るうが——微動だにしない。
「さて、私は寛容だからね。今すぐこの店員に謝罪して、このテーブルも元に戻して、床を綺麗に掃除するなら……もうこれ以上関わりはしないよ」
己の拳を引き離すことができず、それでもなんとかしようと慌てている男二人にサクラさんはそう言うと——ほんの小さく少しだけ、腕を揺らした。
瞬間、あれだけ必死になって引き離そうとしても、微塵も動かなかった男たちの拳が、パッと嘘のようにサクラさんの手のひらから離れた。
急に拳を解放されて、思わずその場でたたらを踏む男らに、心配するかのような、わざとらしい声音でサクラさんが声をかける。
「おやおや……貧血でも起こしたかい?水でも持ってこようか?」
と、小馬鹿するような含み笑いを混ぜてそう尋ねるサクラさん。そんな彼女に対して赤スーツの男はたじろいでいたが——青スーツの男は違った。
「こんの、クソアマ風情が……調子乗ってんじゃねェぞ!」
そう叫ぶや否や、青スーツの男は己の懐に手を突っ込んで、そこからあるものを取り出す。
一見するとそれは、少し細長い筒のようで。質感は鉄のそれに近い。遠目からその謎の物体を眺めて、ハッと僕はその正体に気づいた。
——あれって、まさか銃……!?
銃——僕も詳しくは知らないが、セトニ大陸の技術によって開発され、セトニ大陸のみで流通している武器の一種で、原理はわからないが……なんでも、音の速さで鉄の塊を射出することができるらしい。
「サクラさん!気をつけてください!それは——」
遠くから注意を促そうとサクラさんに声をかけようとしたが——僕よりも、青スーツの男の行動の方が早かった。
「死ねやぁ!!!」
パァンッ——閃光が刹那に瞬いて、まるで乾いた枝を折ったような音が店内を貫いた。
「………………サ、サクラ、さん……?」
僕は、呆然と声を漏らすことしか、できなかった。音が鳴り響いたとほぼ同時に、サクラさんの首が後ろにへと曲がったのだ。
首を後ろに曲げたまま、硬直しているサクラさんを見て、遅れてニヤリと青スーツの男が口元を歪める。
「へ、へへ……!お、お前が悪いんだクソアマ……お、俺たちを馬鹿にするからよぉ……ヒヒッ!」
先ほどの賑わいがまるで嘘のように静まり返ってしまった店内に、青スーツの男の下卑た笑いがこだまする————その時だった。
「なるふぉど。ふぉれがひゅうとひうとふゅうものふぁ」
後ろに曲がっていたサクラさんの首がゆっくりと戻されて、もごもごとした、かなり聞き取りづらい声を絞り出した。その口元を見やれば——細く鋭く伸ばした鉄の塊を、歯で噛んでいる。
「…………へっ?はぁ?!」
そんな彼女の様子を、青スーツは一瞬理解できないでいたが、しかし理解した瞬間、そんな素っ頓狂な声を上げてしまう。
噛んでいた鉄の塊を、指先で摘まみ取って、それから足元に転がっていた銀のナイフをサクラさんは手に取った。
「さて、先ほども言ったが私は寛容でね。私が言っていたことを今すぐに実践してくれるのであれば、このことも不問にしよう。……何度でも言うが、私は寛容だから、ね」
ヒュンッ——そして、その手に取ったナイフを軽く振るった。
本来であれば、そのナイフは料理を切り分ける程度の切れ味しか有していない——そのはずだったのだが、数秒遅れて呆然と立ち尽くしていた男の青スーツが、ザックリと斜めに裂けた。
「………………え?」
一体何が起きたのか理解できなかったのだろう。少し乱雑に裂けたスーツの胸元を見下ろして、それから発狂でもしたかのように意味不明で情けない叫び声を上げ、周囲の視線も顧みず、脱兎の如くその場を駆け出した。
「ちょっおまっ……お、覚えてやがれこのクソアマァ!!」
そして、残った赤スーツもそんな捨て台詞を残して、逃げ出した青スーツを追いかけ、慌てて店から出て行った。
「……謝罪はおろか、後片付けもしないで逃げるとは。男の風上にも置けん奴らだったな」
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