DESIRE————情報収集一日目(サクラとフィーリアの場合)

「……この辺りで、いいですかね」


 ラディウスの薄暗い路地裏の中で、クラハたちと別れたフィーリアは独り呟くと、改めて周囲に人の気配がないかどうかを確かめる。


 ——人影なし……と。


 まあ、それも当然といえば当然である。彼女は人が近づかないような場所を探して、ここを見つけたのだから。


 確認し終えたフィーリアが、静かに呟く。


召喚カモン


 瞬間、彼女の足元から薄紫色に輝く魔法陣が出現し、それは地面を滑るように移動する。そして——


「お呼びでしょうか、御主人様マイマスター


 ——いつぞやの燕尾服姿の青年、従魔ヴァルヴァルスが現れた。現れた彼に、フィーリアは淡々とした口調で告げる。


「仕事です従魔。今からあなたには、この男について集められるだけの情報を集めてもらいます」


 言いながら、フィーリアはいつの間にか取り出していた写真を従魔に手渡す。それに写っているのは当然——今回の依頼クエスト目標ターゲットであるギルザ=ヴェディスの横顔である。


「この写真の男についての情報を収集すればよいのですね?畏まりました」


「はい。ちなみに時間はどれくらい欲しいですか?まあ今日中しか与えられませんけど」


「それで充分です」


 ダンッ——従魔はフィーリアにそう返すと、自らの足元を蹴りつけた。


 少し遅れて、伸びていた彼の影に亀裂が走り、やがて細やかなに枝分かれしていく。


「一人の人間を調べ上げるなど、造作もありません。今日中と言わず、半日でその男の全てを暴いてみせましょう」


 従魔の言葉に続くように、枝分かれした彼の影が、宙に浮かび上がる。そしてその一つ一つが無数の鴉となって、その翼をはためかせラディウスの空にへと飛び立っていった。


 だが、それだけでは終わらない。まだ残っていた従魔の影が、今度は小さな鼠の群れにへと変わっていく。数こそ先ほどの鴉には敵わないが、それでも充分に多い。


「さあ、行きなさい」


 従魔の言葉に従って、鼠たちは蜘蛛の子を散らすようにしてその場を駆け出した。


 駆けていく鼠たちを見送りながら、従魔はフィーリアへ顔を向ける。


「では私も行って参ります。御主人様の期待に添えられるよう、必ずや情報を持ち帰ってきましょう」


 それだけ彼女に言って、従魔は深々と一礼をしたかと思うと、すぐさま地面に溶けるようにして消えてしまった。


 この裏路地から彼の気配が完全に消えたことを確認すると、再び独りになったフィーリアは呟く。


「さて。じゃあ私も行くとしましょうか」


 そう言うが早いか、ゆっくりと彼女はその場から歩き出した。














「協力ありがとう。お嬢さん」


 そう言って、サクラはこちらの話を聞いてくれた女性に、女が浮かべるには些か爽やか過ぎる笑顔を送った。その笑顔を目の当たりにした女性が、相手は同性だというのに思わず微かに頬を染めてしまう。


「い、いえ……こちらこそなにも知らなくてすみません」


「気にすることはないよ。ではまた、機会があればどこかで」


 言いながら踵を返し、去っていくサクラの後ろ姿を見送りながら、半ば無意識に女性は呟いてしまう。


「素敵……」










 先ほどの女性の熱を帯びた視線に気づくこともなく、人が入り乱れる街中をサクラは歩く。普通であればここまでの人混みに一度紛れてしまうと、特定の人物を見つけるのには苦労を有するのだろうが、彼女の場合その身長や格好から、それを心配する必要はないだろう。


 とまあ、そんなことは置いておくとして。人混みの中で目立ちながら、サクラは考えていた。


 ——ホテルを出てから色々と聞き込んでみたが……やはりというか、誰も知らないな。


 考えながら、彼女は懐から一枚の写真を取り出す。その写真はフィーリアが持っていたものと同じものだ。


 その写真を、サクラは歩きながら眺める。


 ——まあ、一応裏社会の住人というくらいだ。そう簡単に見つかるほど間抜けではないということか。


 そこで一旦写真から視線を外し、周囲を軽く見渡す。


「む…?」


 視線の先。視界に入ってきたのは——黒を基調とした色の看板。


butterflyバタフライ』。看板には金文字でそう書かれている。


「…………」


 あの店は恐らく、酒場BARだろう。サクラ自身、そういった店にはあまり立ち入ったことはないのだが、ふと思った。


 ——その手の情報を仕入れるのならば、ああいった場所が最適だと相場が決まっていると聞いたな……。


 思い立ったが吉日。どうせこのままぶらぶらと歩き続けても、大した情報を手に入れることはないだろう。


 そこまで考えて、サクラは人混みから抜け出るのだった。

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