DESIRE————ギルザ=ヴェディスという男(その一)

「三っていう数字はよ、なにをするにしても丁度良い、よく出来た数だと思わねえか?」


 ビクンッ、と。大袈裟なまでに、その言葉に肩が揺れてしまう。


「まあ要するにだ。機会チャンスってのは三回が良いのさ。三回がな。そんだけありゃ、充分だろ?」


 それはまるでこちらにものを尋ねるような口調ではあったが、絶対の同意を求める意志が込められていた。


 その意志を敏感にも察知して、取れるのではないかと思うくらいにガクガクと、何度も首を振るう。


「だよな?お前も、そう思うよな?」


 あまりにも必死なこちらの様子が可笑しいのか、薄ら笑みを浮かべながら、目の前に立つその男は言う。


 そして————




「だからぁ、四度目なんてねえよ」




 ————その薄ら笑みを一層凶悪に歪ませて、慈悲など一片もない声音で、はっきりと言い放った。


「そ、そんなッ……お、お願いしますッ!お願いしますッ!!」


 慌てて、男の足元に縋ろうとして、


 ガッ——少しの遠慮も容赦もなく、顎をつま先で蹴り抜かれた。


「ぐべッ?!」


 途方もない衝撃に、まるで潰されたカエルのような悲鳴を上げて、床を転がる。


 遅れて伝わってくる鈍痛に、荒い呼吸しか繰り返せなくなっていると——足音が、こちらの元にまで近づいてきた。


「機会はやった。三回やった。それで充分だとお前も理解していた」


 淡々と、男が告げる。


「だが、駄目だったな。お前は、機会を三回全部棒に振った。四度目なんてものは、もうねえよ」


 本当に同じ人間なのか——そう思うぐらいに、その声は冷たく、何処までも非情であった。


 そうして、そのままの声音で、男が続ける。


「さて、どうするかなあ。一体どれが一番高く売れるんだったかあ?……まあ、取り敢えず解体バラすか」


 解体——その単語に、過剰なまでに意識が反応した。


「まっ、待ってくださいお願いしますッ!まだ死にたくないんです!ああ、あと一日、一日だけ……ぜ、絶対に返しますからぁ!!絶対、絶対にィッ!」


 生き延びようと。なんとしてでも生きようと。人間ひととしての尊厳など全て放り投げて、そう男に懇願する。


 だが、そんなもの——無意味だった。


「あと一日?あと一日で、五百万Orsオリス稼げんのか?お前」


 グイッ、と。こちらにその顔を近づけて、はっきりと現実を突きつけてくる。


「それができたんなら、お前俺よりも商才あるわ」


 男はそこで己の指を鳴らす。すると扉が開かれて、三人の男たちが部屋の中に入ってきた。


「連れてけ」


 そう言われるや否や、男たちはこちらの腕を掴み、床から強引に立ち上がらせる。


「い、嫌だ、嫌だぁ!死にたくないっ、死にたくないぃぃ!!」


 必死に叫んで、必死に抵抗するが——それも無駄で。二人の男によって、部屋から引き摺り出された。



















「ボス。報告したいことが」


 喧しく喚いていたのが消えて、再び静寂が訪れた部屋の中、椅子に座ると同時に、残った部下にそう言われた。


「報告?なんだ?」


 そう返すと、その部下は懐から数枚の写真を取り出し、机の上にへと置いた。


 目を通すと——その写真には、それぞれ四人の男女が写り込んでいる。


「先ほど、この街に来た連中です。監視してた奴らが言うには、明らかに他の観光客とは違う雰囲気がしていたと」


「…………」


 その写真を手に取って、一枚一枚、確認する。


 ——冒険者ランカー……か?


 そう思って、数日前の記憶を掘り返し、こちらをコソコソと嗅ぎ回っていた冒険者たちのことを思い出す。


 ——流石に少し、派手にやっちまったか。けどまあ、仮にそうだとしてもすぐには動けねえ。


 写真を眺めながら——ギルザ=ヴェディスは考える。


 ——すぐには動けねえが、それでも早くしないとな……別に二人はどうってことないが、残りの二人がやべえ。


 変わった格好の、身長の高い女と真白のローブに身を包んだ少女が写った写真を見ながら、ギルザは考える。


 ——こっちの白いのはまだいい。まだいいが、デカいのは特にやべえな。目線こそ違う方を向いているが……ほんの僅かばかり、腰の得物に手を伸ばしてやがる。明らかに気づかれてるな、こりゃ。


 そうして数秒考えて、ギルザは部下に言う。


「取り敢えず監視してろ。男と赤いのは構わねえが、白いのとデカいのは特に注意しとけ。いいな?」


「了解です。ボス」


 部下は頭を下げ、そう返すと部屋から出て行った。


 独り、その部屋の中で、座ったままギルザは一枚の写真を眺め続ける。


「…………」


 彼が眺めているのは、燃え盛る炎のように鮮やかな、赤色の髪を揺らす少女の写真。


 まだ全体的に幼いが、確かな『女』を感じさせる顔。可憐さと美麗さが入り混じったそれには、恐らくすれ違う男全員を振り返らせてしまうような、そんな将来性を感じ取ることができる。


 そして、このような感情を抱いたのも、久々だった。


 ——良い、な。見たところまだ子供ガキだが……それでも素材が良い。いつ振りだろうな、商品おんなに対してこう思ったのは……。


 写真を握り締めて、獲物を定めた獣のように、舌を舐めずる。


 ——欲しいな、こいつ。


 周囲にその天真爛漫な雰囲気を惜しげもなく放ち、勝気にしている少女の写真を、ギルザ=ヴェディスはいつまでも眺めていた。

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