幕間——決して見えざる水面下

 言うなれば、そこは聖堂であった。いや、正しく解するなら、そこは聖堂としての機能などないのだが、その造りは聖堂とほぼ大差ない。


 四方を囲む純白の壁。ステンドグラスが嵌め込まれた窓——違う点としては、祭壇であるべき場所に、些か巨大過ぎるであろう玉座があるというところくらいだろうか。


 その後ろにも、その玉座の巨大さに劣らないほどの、美麗なステンドグラスが壁に嵌め込まれていた。


「………………」


 そんな玉座に、腰かける者が一人。祭服、と呼べばいいのだろうか。随分と凝った意匠が施された、見た目からしてだいぶ重そうなそれを、その者は着ている。


 かなり、独特な雰囲気を漂わせている者だった。白に限りなく近い金糸ようなの髪は、首筋を隠す程度にまで伸ばされており、日の光に触れて艶やかに輝いている。


 そして——なによりも奇妙なのはその貌。一見して、男のように見えれば、女のようにも見える。


 少年か少女か。青年か淑女か。年若くも見えれば、年老いているようにも見える。


 常人とは明らかに一線を画すその人物は、眠るようにして瞳を閉じており————不意に、横一文字につぐんでいたその口を、微かばかりに開いて吐息のように声を漏らした。


「退屈、だねぇ」


 その声ですら、性別が曖昧であった。低い男の声にも聞こえるし、高い女の声にも聞こえる——


「こうしているのも、もういい加減飽きてきた。いつになったら、この退屈から自分は逃れられるんだろうねぇ」


 そこは、雑音の一つすら発生しない、究極の静寂に包まれている場所。なので、その声は、大袈裟なくらいまでに響き渡っていた。


「嗚呼、本当に退屈————」


 そう言って、そこで初めて閉ざしていたその瞳を、開いた。


 なかった・・・・。色が、存在していなかった

 無色——灰色とも違う、無色。


 無色の双眸が、遠くの扉を捉える。明らかに必要以上に巨大な扉が——音もなくゆっくりと、開かれた。


「失礼します」


 そう言って、入ってきたのは——まだ若い青年であった。


 重厚な鎧に全身を包み、鉄とよく似た鈍い銀色の髪を揺らして、毅然とした態度で青年はシルクで織られた深紅のカーペットを踏み締め、前を進んでいく。


 そして玉座に座る、男かも女かもわからない、祭服を身に纏ったその者に——跪いた。


「聖国特務機関『神罰代行執行者イスカリオテ』——アエリオ=ルオット、此度帰還致しました」


「うん。おかえり。待ってたよ、ルオット君」


 銀髪の青年——アエリオ=ルオットは、顔を上げて、続ける。


「御報告申し上げます——猊下」


「うん。いいよ」


 祭服を身に纏った、性別が曖昧な者——アエリオに猊下と呼ばれたその者が、和かにその顔を綻ばせる。


 数秒の沈黙を挟み、アエリオは猊下にへと報告する。


「先日交戦した『極剣聖』と『天魔王』ですが、両者体力切れによる共倒れにて、引き分けに終わりました」


「……ふーん。引き分け、ね」


 さして驚いた様子もなく、猊下はそう呟いて。それからアエリオに対してこう尋ねた。


「どうだった?『極剣聖』と『天魔王』は——表舞台で最強と謳われている二人の実力を、目の当たりにしてどうだったかな、アエリオ君?」


「………………」


 その問いに、アエリオはすぐには答えられない。再度数秒の沈黙を挟んで——彼は、はっきりとした口調で言い放った。




問題ない・・・・かと思われます。『極剣聖』と『天魔王』が障害になったとしても、我々に支障はないかと」




 それを聞いて、にまりと猊下は口元を歪ませる。


「ならば良し」


 それから、猊下は彼にこう続ける。


「任務ご苦労様——じゃあ、引き続きこの子・・・の監視よろしくね」


 言いながら、ヒラヒラと。一体いつの間に取り出したのか、一枚の写真を揺らしながらアエリオに見せる。


「………………」


 その写真に写っているのは、一人の少女。まるで燃え盛る炎のように鮮やかな、赤髪の少女。


 その名を、ラグナ=アルティ=ブレイズ——とある事情によって、性別を変えられてしまった、この世界オヴィーリスの表舞台最強と謳われる三人の内の一人だった、元男。


「くれぐれも丁重に頼むよ。大事だからね、この子は。色々と」


「……猊下。無礼を承知で、お聞かせください」


「ん?なに、珍しいね——いいよ、なにを聞きたいのかな、アエリオ君?」


 憮然とした表情で、アエリオは問うた。


「本当に、その少女が握っておられるのですか?——この世界の、運命を」


 彼のその問いに、猊下はすぐには答えなかった。ただ意味深にくすりと小さく笑って——




「うん。そうだとも。だって————『創造主神オリジン』の器なのだからね、この子は」




 ——そう、言うのだった。
















「…………器、か」


 再び独りとなった玉座の間にて、猊下は呟く。


「潰えたと思ったんだけどねえ……あの血族」


 写真を眺めながら、呟く。


「見れば見るほど、似てるなあ——あの女に、さ」


 そして————その写真を躊躇なく破り裂いた。




「…………本当に、忌々しい」

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