狂源追想(その六)

「来な。これも何かしらの縁……このジョニィ=サンライズさんがお前さんのことをGMギルドマスターに紹介してやろうじゃねえか」


 と、まるでそうすることが当然のように。不敵な笑みを浮かべながら、ジョニィさんは。今日会ったばかりの俺にそう言ってくれた。


「…………え?」


 しかし、ジョニィさんのその言葉は思ってもいなかったもので。だから、そんな有り難い彼の言葉に対して、俺は間の抜けた声を漏らすことしかできなかった。


「紹介って、どういう風の吹き回しですかい兄貴。アンタ、そんなのろくすっぽもしないでしょうに」


 俺が固まっている間に、『夜明けの陽』の副隊長リーダー、ロックスさんがそうジョニィさんに訊ねた。訊ねられたジョニィさんが、彼にこう返す。


「いや、だから言ったろ?これも何かしらの縁ってな。理由はただそれだけのことさ」


「……まあ、兄貴がそう言うならそういうことにしておきますぜ」


「おう。なぁに安心しな。この坊主ボウズは稀に見る逸材って奴よ。この俺が保証してやるよ」


 ──え?


 一瞬、俺はジョニィさんの言葉を聞き間違えたのかと思った。だがしかし、もしそれが聞き間違いではないのだとしたら……今、この人は俺のことを。稀に見る逸材だと、そう言ってくれた。


「へえ。隊長リーダーの人を見る目は確かだよ。つまり、君は才能ある若者ってことだよ」


「ああッ!ジョニィはろくでなしの馬鹿野郎だがッ!そこら辺は信用できるからなッ!」


「誰がろくでなしの馬鹿野郎だこの馬鹿野郎!!やんのかベンド!?」


「俺は本当のことを言っただけだろうがッ!上等だジョニィッ!今日こそ決着つけてやらぁッ!!」


 ジョニィさんの言葉を信じられず、呆然と硬直するしかないでいた俺に。セイラさんはその手を俺の方に優しく乗せてそう言い、ベンドさんはさりげなくジョニィさんに対しての罵倒を混じえ、彼の発言を自分なりに肯定する。


 ベンドさんのさりげない罵倒に噛みつき、それが原因で一瞬即発の雰囲気となるジョニィさんとベンドさんの二人。だが、その直後────




広間ロビーの真ん中で騒ぐのはそこまでにして頂戴。いい加減、他の冒険者ランカーたちに迷惑でしょ」




 ────という、僅かばかりの怒りが込められた。毅然とした女性の声がその場を貫いた。瞬間、ジョニィさんとベンドさんが静止し、硬直する。


「というか、騒ぐ前にまずは依頼クエストの達成報告を済ませなさい。曲がりなりにもこの冒険者組合ギルド最強冒険隊チームなら、なおさらのことじゃない」


 ツカツカ、と。ヒールの高い靴特有の、甲高い足音を伴いながら非難の声は続いて。遅れて、その声の方向にジョニィさんとベンドさんの二人は。まるで壊れた人形のようなぎこちなさで、ゆっくりと顔を向けた。


「メ、メルネ……」


 今の今まで浮かべられていた、余裕のある笑みはすっかり消え失せ。その顔を思い切り引き攣らせながら、どうしようもなく気まずそうな声で、ジョニィさんはその名を呟く。それを聞き、いまいちこの状況に追いつけず呆然としていた俺の意識が、堪らず現実へと引き戻された。


 ──メルネ……?メルネって、まさかあのメルネ=クリスタさんか……!?


 本日幾度目かの衝撃と驚愕に、俺は目を見開かせ。視線を移す────確かに、その先に彼女はいた。


 全体的に赤を基本とした、『大翼の不死鳥フェニシオン』独自の制服。それをその身に纏う彼女こそ、この冒険者組合を代表する受付嬢。そして当時、人間としての範疇内で最高峰と謳われ、『世界冒険者組合』から選び抜かれた冒険者番付表ランカーランキング上位六名────元第三期『六険』第二位。『巨鎚』の異名で畏れられた《S》冒険者。今でこそ冒険者を引退しそれなりの年月が過ぎてしまったが、それでも冒険者の中で彼女のことを知らぬ者など一人もいない。


 メルネ=クリスタ。軽くウェーブがかかった空色の髪と、薄い水色の瞳が清涼感を醸し出す、まさに大人の女性と表現するべき人である。


「じゃあ早速、討伐の証を見せてくれるかしら」


「あ、ああ……ほら、バイスドラゴンの喰巨牙だ。これで文句はないだろ?」


 にっこり、と。美貌を携えるその顔に、穏やかな微笑みを浮かべさせて。そう訊きながら、スッとジョニィさんへ手を差し出すメルネさん。


 そんな彼女とは対照的に、依然気まずそうに引き攣った表情で。ジョニィさんはぎこちなく【次元箱ディメンション】を開き、そこに手を突っ込み。ありとあらゆる生物を問題なく、一切の抵抗を許さず容易に貫いてしまえそうな大きさと鋭さを誇る、竜種ドラゴンの牙を取り出して。そして、眼下に差し出されたメルネさんの手の平にそっと、ジョニィさんは慎重に乗せた。


「確かに、これはバイスドラゴンの喰巨牙で間違いないわね」


 恐らく、見た目からだけでも結構な重量があることを容易に想像させるその牙を、メルネさんは特に何でもないかのように持ち上げ宙に翳し、一通り眺めて。そして、彼女もまた【次元箱】を開き、牙を仕舞い込む。それからまたジョニィさんの方に顔を向けて、依然微笑んだまま、彼女は彼にこう言う。


「お帰りなさいと、とりあえずは言っておくわ。……ちなみに今回の依頼達成にかかった日数は、丁度一ヶ月よ」


「……そ、そうだな。そんくらいだ」


 その会話の内容自体は普通である。……しかし、ジョニィさんとメルネさんとの間では、言い様のない圧迫感というか逃げ場の緊張感というか。とにかく普通ではない、凄まじく重苦しい雰囲気が渦巻いていた。


 その雰囲気に気圧されたのか、気がつけばジョニィさんの隣から後ろに、ベンドさんは下がっており。固い表情のまま、黙って二人の様子を窺っていた。


「まあ、ただそれだけの話。別に気にしなくていいわ。ああ、そういえばGMギルドマスターが貴方のことを呼んでいたわ。貴方も今から会いに行こうとしてたみたいだし、丁度良かったんじゃない?」


「え?GMが俺を……?まあ、確かにそれは丁度良い。GMにはあの坊主ボウズを『大翼の不死鳥』に入れてやってくれって、紹介したかったところなんだ」


 そう言って、あろうことかジョニィさんは俺の方に顔を振り向かせる。堪らず、俺は焦った。


 ──ちょ……っ!?


「紹介……?あの男の子を?」


 焦燥に駆られ、思わず頬に一筋の冷や汗を伝わせる俺の方に。メルネさんもまた、その顔を向ける。浮かべていた微笑みに少しばかりの物珍しさを加えて、彼女は俺のことを眺める。


「……ふーん」


 水色の瞳に、値踏みするかのような眼差しを宿らせて。メルネさんは少しの間ばかり俺のことを見つめていたかと思うと、不意にフッと彼女が浮かべる微笑みに、優しさにも似た僅か温かみが表に出た。


 それからメルネさんはその場から歩き出し、一体どういうつもりか俺の元にまで歩み寄り。固まる他ないでいる俺に、柔らかな声音で言葉をかけた。


「もう知ってるかもだけど、私はメルネ。メルネ=クリスタよ。君は?」


「え、あ……ラ、ライザー=アシュヴァツグフ、です」


「ライザー=アシュヴァツグフね。彼……ジョニィは見ての通り普段からあんなだけども、人を見る目は確かなものなの。だから、君には期待してるわ。冒険者ランカー試験、頑張ってね」


 という、思いがけない人からの、予想だにもしていなかった応援の言葉に。俺は申し訳なく、そして情けないことに大した返事もできなかった。そんな俺を見てメルネさんは浮かべていたその微笑みを綻ばせ、しかし次の瞬間には。彼女はもう既に踵を返して、俺に背を向けていた。


「じゃあ私は仕事に戻るから」


「お、おう……」


 そしてジョニィさんとすれ違う寸前、メルネさんは彼にそう一言をかけて。この場を去る────直前。


「……これは私の独り言なのだけれど」


 静かに、けれど今この周囲にいる俺たち全員に聞こえるように。メルネさんがそう呟き、ジョニィさんの肩がほんの微かに跳ねた。


「どこかの誰かさんが、今回の依頼は早く終わりそうだから、時間が作れそうだって言ってたから。だから私、準備して、期待して待ってたのよね。……二週間程前から」


「…………」


 ジョニィさんの顔が、凄まじい勢いで青褪めていく。彼の頬に、幾筋もの汗が伝っていく。そんな最中、メルネさんはただ淡々と。そのを続ける。


「ああ気にしないで頂戴。これは独り言だから。ほんの些細な、大して意味のない私の独り言なんだから。……ふふ」


 最後に背筋がゾッと凍りつくような、そんな笑い声を残して。メルネさんはこの場を立ち去った。


 数秒後、固まって立ち尽くすジョニィさんの隣にまで歩み寄り、彼の肩を軽く叩きながら。同情の表情と声音でベントさんが慮るように言う。


「やっちまったな、こりゃ。今夜は最上級に立派な夕食ディナーにでも連れてってやらねえと、とんでもない目に遭わされるぜ隊長リーダー


 ──この人、普通の声量でも喋れたのか……。


 そんなどうでもいいことに対して、俺がそれなりの驚きを得ていると。ベントさんにそう言われたジョニィさんは鬱陶しそうに、彼に言葉を返す。


「煩え。んなことぁ一々いちいち言われなくともわかってるよ。……はあ」


 そう言い返した直後、参ったようにジョニィさんは深いため息を吐き。そして、再度俺の方に振り向いた。


「待たせて悪かったな。そんじゃま、さっさと行こうとしようぜ坊主ボウズ











「ってことで、よろしく頼むぜ。我らがGMギルドマスター


 そうして、遂に。とうとう、俺は辿り着いた。辿り着き、立つことができた。


 夢、目標、そして憧れの。それら全ての、本当の意味での入口に。その事実を、その現実を遅れて実感し、俺が噛み締めている間。今目の前にいるその人は──────






「……いや、急にそんなことを言われても。こっちはただただ困惑するしかないんだけど?」






 ──────と、当惑の言葉を堪らず呟くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る