三十二

 重たい音を孕み戦斧が襲い掛かってくる。

 ダンカンは左右に続けざまに振るわれるそれを避けて、手の甲に一撃を入れた。

 だが、それで精一杯だった。

 バルドにはまだ勝てない。

 ダンカンは肩で呼吸し、バルドは冷然としていた。やはりオーガーはタフだ。

「隊長」

 バルドが言った。

「何だ?」

「今の一撃、人間なら鉄の甲に覆っていても剣を取り落としていただろう。それだけ鋭い一撃だった」

 バルドが言った。

「そうか。お褒めいただき光栄だ」

「冗談で言っているのではない」

「分かっている。ありがとう、バルド」

 ダンカンが礼を述べるとバルドはフリットとゲゴンガの相手に赴いていった。

「良かったわよ」

 カタリナが声を掛けて来た。

「隊長の技が修練を積む度、冴え渡るのを感じるわね」

「自分ではどうにも実感が無いが、そんなものか」

「後は体力ね」

「ああ」

 するとカタリナは妖しく微笑んで小声で言った。

「ベッドの上で鍛えてあげようかしら? だって隊長、二回戦しか持たないんだもの」

「精進するよ」

 ダンカンは苦笑して応じた。

 その時だった。

「ダンカン分隊長」

 兵士が声を掛けて来た。

「ん? どうした?」

「それが隊長にお客様というか……」

 言いよどむ兵士の後ろから影が飛び出した。

「お前か、ダンカンは!?」

 背が高く年の頃十五、六ぐらいと思われる少年だった。金色の髪をしている。

 敵意剥き出しの両眼がダンカンを真っ直ぐ睨み付ける。

 少年は旅姿だった。

 ダンカンはこんな少年に恨みを買うようなことをしたかどうか思い返していたが全く身に覚えが無かった。

「そうだ、俺がダンカンだ。君は誰だ?」

 すると少年は肩から剣を抜き放った。

 少年にはまだ似つかわしくない両手剣だった。が、ダンカンはその剣を見てハッとした。

 ビョルン。

「気付いたか!」

 少年が言い、言葉を続けた。

「俺はイージスの息子だ! 親父はお前の指揮が不甲斐無いせいで死んだんだ!」

 ダンカン隊が集まって来た。

「君、イージス副長が死んだのは分隊長のせいでは――」

「良いんだフリット。少年よ、その通りだ。イージスを死なせたのは俺の責任だ」

 ダンカンが認めると相手の少年は更に憎しみを燃やした目を向けた。

「だったらアンタは俺の仇だ。親父の仇討ちだ勝負しろ!」

「良いだろう、少年」

 ダンカンは頷いた。これで斬られるならそれでも構わなかった。イージスの死は自分の力の無さにあったのだ。それに誰かが断罪してくれるのを待っていたのかもしれない。

「少年じゃない! 俺は十六、成人済みだ!」

「そうだったか。よし、では青年よ。お前の仇討ちを受けよう」

 ならばとフリットが練習用の両手剣を持ってきたが、ダンカンは頭を振った。

「真剣の相手をされるつもりですか!?」

 フリットが驚いた。

「ああ。そうでなくては仇討ちでは無いだろう」

 一方のダンカンは練習用の刃の潰れた片手剣だった。

 少年、いや青年が憎悪の籠った眼で見返してきた。

 ダンカンと青年は練習場の一角で向かい合った。

 フリットが審判を務めることになった。

「では、両者見合って。始め!」

 フリットの声が終わるや、青年は雄叫びを上げて父の形見の両手剣、ビョルンを振るってきた。

 ダンカンは軌道を読んで避ける。

 荒々しい攻撃だった。

 青年は次々剣を打ち込み、振るってきたが、ダンカンは避けに転じていた。

 ついに青年が呼吸を荒々しくした。

「この野郎、逃げてばっかりじゃねぇか! 俺と打ち合え、臆病者!」

 剣が振るわれる。と、ダンカンは片手剣でその一撃を受け止めた。

「青年、威勢は良いが、それでは駄目だ。父の剣の名が泣くぞ」

「何だと、この野郎!」

 青年は次々剣を振るってきたが、相手の両手の一撃をダンカンは片手剣で次々受け止め、そして振るった。

 青年の隙だらけの肩口に刃が当たった。

「うっ!?」

 青年が呻く。そこだけはダンカンは手加減していなかった。

 荒っぽいだけの読み易い剣術だった。膂力も無い。

「分隊長の勝利!」

 フリットが宣言する。

「ちくしょう!」

 青年が地面を拳で叩いた。

「青年、名は?」

「……アカツキだ」

「イージスの息子アカツキか。ただ荒っぽいだけでは俺には勝てん。もっと力をつけてから挑むんだな」

 ダンカンが言うとアカツキは応じた。

「……どうすりゃ強くなれるんだ? 分かってるんだ。本当の仇は別にいることを。アンタ程度に勝てないなら俺はそいつにも勝てないだろう」

 ダンカンは多少感心して応じた。

「強くなるしかない。正しい剣術を学び、基礎訓練を続けて身体を鍛え上げ、まずは兵卒を目指す。戦場に出なければその仇とやらとも出会えないからな」

「そりゃ、ちょうどいい。俺は兵士になりにここに来たんだ。本当の親父の仇を討つためにな」

「家の方は大丈夫なのか?」

「ああ、城から出てる補償金のおかげでおふくろ一人だけなら余るぐらいだろう」

「そうか。だったら今日からお前は新兵だ。アジーム教官を探せ。お前を今よりもずっと強くしてくれる偉大な方だ」

「そうかい。分かったよ。邪魔したな」

 アカツキが去って行く。

「アカツキ!」

 ダンカンは声を掛けた。

 青年は振り返った。

「頑張れよ、待っているぞ!」

 アカツキは頷いて去って行った。その後をゲゴンガが追った。

「アカツキ、城は広いでやんす。オイラがアジーム教官のもとまで案内してあげるでやんすよ」

 二人は消えて行った。

 ダンカンは天を見上げた。太陽が輝いている。

 イージス。すまん、お前の息子が兵士になるのを俺は止められなかった。

 あの剣を見た瞬間、懐かしさが込み上げてきてな。また戦場で轡を並べられることをつい夢見てしまった。許せよ、我が友よ。

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