二十

 バルドを凌いだカタリナの剣術は冴え渡っていた。

 お互い息を弾ませ、ダンカンは立ち上がり、練習用の剣を握る。

「もう一本頼む」

「良いわよ」

 カタリナが力強く微笑んだ。

 ダンカンは打ち込んだ。上段から、下段から、左右から、あるいは袈裟切りのように、あらゆる方角から挑んだが、カタリナは余裕の様子で受け止めていた。

 そうして一撃を避けた途端にカタリナの反撃が始まる。

 剣で受け腕から全身に痺れが走った。剣を持ち、受け続けるのが辛くなってきた。その瞬間、ダンカンの手の甲を鋭く打たれ剣は叩き落された。

「もう今日は充分よ、隊長」

 カタリナが手を差し伸べた。ダンカンは手を掴み起き上がる。

「本当に強いな、どこでどう鍛えて来たんだ?」

 その問いにカタリナは微笑むだけだった。

「副長、次は俺の相手になって下さい!」

「いや、オイラでやんす!」

「黙れ、お前達の相手は俺で事足りる」

 フリットとゲゴンガに向かってバルドが言った。

「よーし、ゲゴンガ、二人で挑もう!」

「おうでやんす!」

 フリットとゲゴンガがバルドに向かって行った。

「元気な子達ね」

 カタリナが言った。

「そうだな」

 ダンカンは頷きつつ、カタリナの美麗な横顔に見惚れていた。

 と、彼女がこちらを振り返る。ダンカンは咳払いして怪しまれないように顔を少し逸らした。

「隊長、あの子達も最近ずっと鍛錬ずくめだし、明日ぐらいお休みにしてあげたらどうかしら?」

 確かにカタリナの言う通りだ。冷静に振り返れば、自分自身が強くあろうとするために部下達にはさんざん練習に付き合って貰った。彼らも疲弊しきっているだろう。それを押し隠して自分に付き合ってくれているのかもしれない。

 二対一の勝負はバルドが制していた。フリットとゲゴンガは地面に大の字に倒れていた。

 ダンカンは告げた。

「明日は休みにする。各自充分英気を養ってくれ」

 倒れていた二人が急いで起き上がり部下達四人は揃って敬礼した。



 二



「隊長。隊長」

 聴き覚えのある声がして、ダンカンは目を覚ました。

 そして自分が妙なところにいることに気付いた。

 川原だ。大小の石ころが転がり、浅い川が流れている。その向こうには忘れもしない、かつての副官が立っていた。

「イージス!」

 ダンカンは思わず駆け寄ろうとしたがイージスが声を上げた。

「ああ、駄目です隊長! その川を渡ったが最後、二度と現世へは戻れませんよ」

「現世」

 ああ、やっぱり、イージスは死んだのだ。

「すまない、イージス。お前を見捨てる形になってしまった」

 ダンカンが謝ると、イージスは応じた。

「あの場合は仕方がなかったんですよ。敵は強大でした。俺はね、俺の好きな仲間達が生き残ってくれて本当に嬉しかったです。命を投げ出した甲斐があったというものですよ」

「本当にそうなのか? お前には家族がいただろう」

「正直言うと、それも頭を過ぎりましたよ。でも俺の家内は肝が太いですからね、息子もそれなりに大きくなっているし、俺が死んでも大丈夫だと考えたんです。それよりも、今は目の前の仲間を救いたい。誰一人欠けさせたくない。そんな思いで踏み止まりました」

「そうだったか」

「隊長、猛稽古なされているようですね」

「ああ。お前が仲間を救ったように、今度は俺が仲間を救わねば、そのためにはお前以上に強くなければならない。そう痛感したのだ」

「残酷なことを言うようですが隊長」

「言ってくれ」

「いくら鍛錬を積んだところで、俺の仇、あの暗黒卿とかいう奴を討つまでには、あなたはなれませんよ。あれは我々凡人とは違う、言ってみれば、歴史的勇将、伝説の血煙クラッドのような奴です。凡人とは違うんです。幾ら修練を無限に積んだところで追い越せやしない。剣を受けて俺はそう痛感しました」

「しかし、ぶつからなければならない。光と闇の戦は終わらない。そして俺達は今、そのお前の言う別格の宿敵を相手にしなければならないのだ。真正面からな」

 するとイージスは頷いた。

「適材適所というでしょう。その辺りは太守のバルバトス様にも思うところがあるようです」

「太守様が?」

 するとイージスはニヤリとした。

「そんなことよりも隊長、あなたにも機会が来ちゃったみたいじゃないですか」

「んん?」

「相変わらず、こういうのは言わなきゃ分かりませんか? 新しく俺の代わりに配属された女性のことですよ」

「ああ、カタリナか。彼女はお前がそうだったように隊で一番強い男、じゃなかった女性だ」

「本当にそれだけなんですか?」

「お前は……」

 ダンカンは相手の意を察し、半ば呆れて溜息を吐くと告白した。

「彼女は綺麗だ。性格も良い。フリットやゲゴンガの面倒をよく見てくれているし、バルドも認めている。それに俺の稽古にも付き合ってくれている」

「御認めになられましたな」

「そうなのだからな」

 ダンカンは言った。

 するとイージスは真顔になって告げた。

「隊長、これは極秘情報なんですが、実は彼女を狙っている者が幾人かいます」

「彼女の命をか!?」

 ダンカンは驚いて声を上げた。

「違いますよ、女性として、将来の伴侶としてですよ」

「何だそんなことか」

 と、言いつつダンカンは慌てて驚いた。

「それは本当なのか?」

「ええ。隊長みたいな中年の独り者や、彼女の美貌に当たられた若造達が、何とか彼女をものにできないか画策しています」

「そうなのか」

「このままでは隊長、彼女をみすみすそんな連中に奪われてしまいますよ! 後悔せぬよう行動を起こしてください! 断言します、これは恐らく最初で最後のあなたに与えられた機会です!」

「う、うむ」

「私に言えるのはこれだけです。さぁ、隊長、稽古も良いですが、そっちの方も頑張って下さいよ。それと俺の死を家族に知らせて下さってありがとうございました」

 イージスはそう言うと敬礼した。



 ダンカンは目を覚ました。

「イージス?」

 寝ぼけ眼で周囲を見る。そこは川原では無く薄暗い見知った寝室だった。

 夢だったのだ。

 ついこの間死に別れたばかりなのにずいぶん懐かしい気分だった。

 ダンカンはベッドから起き上がった。

 イージスが告げたことを思い出す。

 俺では幾ら稽古を積んだところであの暗黒卿には勝てない。それは修練を積みながらうっすらとは分かっていたのだ。鎧を断ち切る力など自分には到底身につかないだろう。だが、イージスはその辺りはバルバトスも考えていると言っていた。

 魔族の軍勢は精強だ。それが戦場で見た事実だった。精強でも凡人ならば鍛えることでその力量を越えられるかもしれない。なので猛稽古は続ける。仲間の盾となり、剣となるためだ。

 そしてもう一つ、イージスは言っていた。

 カタリナか。

 美しい副官のことを思い出す。確かに、彼女は素晴らしい女性だ。俺とも年が近いこともある。女として見ることができる貴重な相手だ。

 イージスの言葉が思い出され口にしていた。

「最初で最後のあなたに与えられた機会か」

 もしや、イージスが死して尚、こうなるように仕向けたのではないだろうか。ダンカンにはそう思えて来た。

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