リーマンロック
吉澄ひで
第1話輸出規制
僕たちはあっけなく職を失った。
輸出禁止対象に僕たちの会社の主要取引先企業が追加され、取引ができなくなったあおりを受けた。噂は聞こえてきていたから突然ではないかもしれない。大きな会社ではないが、小さな会社でもない。頻繁にニュースにも名前をみかけることもあり、それなりに名前が通った会社だったはずだが、近年の成長を特定の顧客に依存しすぎた。社員を維持できるだけの売上を確保できなくなった。急成長の裏に潜んでいた急降下は経営の選択肢を奪い、経営者は第三者割当増資や融資による存続も試みたようだが、混乱する世界が再び冷静に対処できるようになるまでの時間を与えてくれなかった。成長の影に潜むリスクに気づきながらも、急成長によって周りから注目を浴びる心地よさからか、その対処の優先度が下がってしまったことも要因だったはずだが、いまとなっては誰もそのことを振り返ったり、思い出すこともない。給与は遅延を繰り返すようになり、僕たちはあっけなく職を失った。
あまりにも急すぎる変化は、受け入れるまでに時間がかかる。シリコンバレーではよくあることだとなぐさめられたが、急成長の余韻がまだ残っているサラリーマンの気持ちの中では何を言われてもなぐさめにならない。さっきまで泳いでいた魚が、急にさばかれ、盛り付けられて、それでも動いている状態が近いのだろうか。友人の会社も影響を受けているようだが、まだ耐えていると聞いた。他の友人の会社はまったく影響を受けていなくていつもどおりだと話した。世界が混乱していても、混乱していない場所はあるようだ。
いったい、なぜこんな輸出が規制されることになったのか。
なぜ、「歌詞」の輸出が規制されることになったのか。
たしかに過激な表現を含んでいたこともあるが、そのどこが安全保障に反するのか。
歌を届けることができなくなった僕たちは、やり場のない気持ちの中で、しばらくぼーっと過ごしていた。
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