第41話

「どうしようって、普通にやれば良いと思うけど……」

「ふ、普通ってどうやればいいの!?」


 汐莉は目に見える形でテンパっていて、修も少しうろたえてしまう。


「永瀬! タイマー!」


 汐莉に気をとられているうちに二本目が始まっていた。

 修がタイマーをスタートしていないことに気付いた凪が声を上げる。


「すみません!」


 修は慌ててタイマーをスタートさせた。横目で試合の動きを見ながら再び汐莉に声をかける。


「この前の一年生大会の時みたいにやれば大丈夫だよ。渕上先輩の言うように大活躍だったじゃないか」

「あの時はできすぎだったんだよ……。自分でもびっくりするくらい集中してたし……。それに先輩と一緒になんて、き、緊張しちゃう……!」


 修は驚いた。汐莉は一年生大会の時に見せた度胸の据わった表情と違い、とても弱気な顔と言葉だったからだ。


(でも……そりゃそうだよな……)


 汐莉はまだバスケを初めて3ヶ月程の初心者で、なおかつ最下級生なのだ。

 急に指名されたことへの戸惑い、先輩の足を引っ張ってしまわないかという不安もあるだろう。


 あの時の汐莉の頼もしさが脳裏に残っていたために、修は過大評価をしてしまっていたかもしれない。


「大丈夫だよ宮井さん」


 修は汐莉を安心させようと、できるだけ穏やかな声で言った。


「相手が別のチームとはいえ、これはただの練習だ。これで失敗したって何があるわけでもない。気負わずに、できることをやれば良いんだよ」

「私の、できること……?」

「宮井さんはまだ多くのことはできない。けど、できることはある。思い出して。宮井さんの得意なプレーは何?」

「私の得意なプレーは……ミドルシュート」

「その通り。あんな綺麗なミドルを撃てる人なんて、そういない。自信を持って、とりあえずはミドルを決めることを目標にやれば良いよ。できないことはできないんだから、他のことは課題として今後できるようになればいい」

「うん……。そうだね!」


 汐莉が笑顔で頷く。不安を拭い去れたようで修も安心する。


「とはいえ漠然とやってたんじゃ、ミドルすら撃てる場面もなく終わっちゃうかもしれない。パターンを決めておこう。そうだな、仮にあそこにボールが入った時に、宮井さんが逆サイドのあそこにいたとして……」


 修は汐莉に動きのパターンを説明した。

 試合中にこの動きは絶対にやる、という取り決めを作ることで、そこに集中して余計なことは考えずに済む。


 修も試合に出たての頃は、コーチの教えでそうしていた。


「永瀬! 点入ったよ!」


 今度は晶に怒鳴られた。慌ててタイマーについている機能で得点を加算する。


「ごめん! 得点は私の担当なのに……」

「いいよ。あとは俺がやっとくから、宮井さんはボール触っておいで」

「うん、ごめんね、ありがとう!」


 そう言って汐莉はボールを取りにボールかごへ向かった。

 修はそれを横目で見送った後、試合の方へ視線を移す。


 二分経ってスコアは4-4。

 笹西は一年生の二人を交代させているようだ。


 栄城は先程までの凪をトップに置く1ガードの陣形から、優理・星羅の二人を横並びに配置する2ガードの陣形に変更していた。


 優理と星羅は中学からの経験者で基本的な技術や知識はあるが、補欠だったらしくあまり上手くはない。

 二人でサポートし合いながらボールをコントロールする作戦なのだろう。


 パスを回して灯湖が3Pを撃つが外れる。しかしそれを涼が拾い、ゴール下からのシュートを決めた。


(白石先輩、今のポジションの取り方上手いな……)


 修が感心したのはリバウンドをとる前の涼のプレーだ。

 普通、リバウンドというのはディフェンス側が圧倒的に有利だ。


 何故ならディフェンスはゴールを守っているのだから、必然的にオフェンスよりもゴールに近い場所にいる。

 よってシュートを撃たれた時にスクリーンアウト(相手とゴールの間に体を入れて、相手のリバウンドを阻みつつ自分に有利なポジションをとるプレー)をしっかりすれば、ボールが跳ねた位置が悪くない限りはディフェンス側がリバウンドをとる可能性が高い。


 しかし涼は相手のスクリーンアウトを読み、一旦右にフェイントを入れたあと左から回り込んで、逆にスクリーンアウトでしっかり自分に有利なポジションを奪っていた。


(白石さんて、派手さはないんだけどああいう地味なプレーが堅実で上手いんだよな……。見た目とは大違いだ)


 見た目だけならスクリーンアウトの際に、相手に肘鉄でも入れそうな印象だと修は思ったが、それは失礼極まりない勝手な印象である。

 実際の涼は地味な仕事を黙々とこなす、実にクリーンなプレイヤーだ。


 一方笹西は飛鳥と空を中心に攻めている。

 二人とも、特に空は時折良いプレーを見せるが、シュートを決めきれずに終わることが多く、決定力不足と見られる。


 案の定、空がシュートを外し、栄城ボール。

 パス&ランを繰り返し攻めるタイミングを探る。


 優理が右サイドから0°のコーナーにドリブルしていく。


(意図もなくそっちに行っちゃダメだ!)


 優理が向かった先はコフィンコーナーと呼ばれる場所だ。

 コフィン、すなわち死のコーナー。

 ラインとディフェンスに囲まれる攻め辛いエリアで、ボールを奪われやすい。


 優理はそこでドリブルやめてしまったことで、ディフェンスからプレッシャーをかけられた。

 予想通り、焦ったところでボールをはたかれ奪われてしまった。


 ボールは一旦中央にいた飛鳥に渡る。

 その瞬間空がゴールにむかってものすごい勢いで走り出した。


「来いっ飛鳥っ!!」


 飛鳥は呼び声に応えて空の進行方向前方、ゴール付近に向かって山なりのパスを出した。

 しかし焦ってしまったのか、パスが少し大きめになっている。


 これは追い付けないな、修がそう思った時だった。


 空が風を切るようにビュンと加速し、ゴールのすぐ側を通過しようとするボールに向かって大きく跳んだ。


 そして空中でボールをキャッチしそのままシュート。

 なんとゴールを決めてしまった。


 無理な体勢でシュートを撃った空は上手く着地できず、前のめりで転倒する。

 しかし勢いを利用して前転し、すくっと立ち上がった。


「おおおおおおお!?」


 修は思わず歓声を上げながら激しく拍手をした。

 それくらいすごいプレーだ。


 まず追い付いたのがすごい。凄まじいスピードと跳躍力だ。

 そしてそのあとしっかりシュートを決めているのがなおのこと素晴らしい。


 一本目のダブルクラッチでその片鱗は見せていたが、今のプレーで修は確信した。

 空は「身体能力お化け」だ。


 修の興奮に気付いた空がニコッと笑いピースサインで応える。


「空さん! 大丈夫ですか!?」


 笹西の面々が空の元に集まった。

 通常シュートを決めたら時間が止まることなく相手のボールになる。

 しかし、空は立ち上がったとはいえ激しく転倒しているので、怪我があるかもしれない。栄城もそれを察してプレーを止めた。


「だぁーいじょーぶだよっ! 問題なしっ! みんな心配性なんだからっ!」


 真っ先に駆けつけた飛鳥が膝に手を置いて安堵のため息をついた。


「も~、あんまり無茶しないでくださいよ。練習なんですから……」

「何言ってんのっ! 常に全力でっ! それが私のモットーだっ!」


 空が豪快に笑った。それにつられて笹西のメンバーの空気も弛緩する。


 空を見ていて、修は昔の自分を思い出した。

 彼女ほど明朗快活ではなかったが、あの頃の自分も空のように常に全力だった。


「待たせてごめんねっ。再開しようっ」


 笹西がディフェンスに戻り、栄城のスローインでゲームが再開した。

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