第22話
特訓の最後が失敗で終わってしまい、少しどんよりとした空気になってしまった。
修はスリーは教えない方が良かったかなと後悔したが後の祭りだ。
ストレッチをする汐莉を申し訳ない気持ちで見つめる。するとその視線に気づいた汐莉が笑って言った。
「ごめん、変な空気にしちゃって。大丈夫だよ。3Pシュートがそんなに簡単なものじゃないってわかってるから」
「それはその通りだけど……」
汐莉は3Pに思い入れがあったようだったので、それが上手くいかなかったことでショックを受けてしまったのではないかと心配なのだ。
「大丈夫。練習するよ。まだまだこれからだもん」
汐莉は落ち込んでなどいなかった。むしろ目には闘志の炎が見えるようだ。
修の心配は杞憂のようだ。汐莉の強い気持ちに修は感心した。この様子なら近い内には美しい3Pを撃つ汐莉の姿を見られそうだ。
とは言え来週の試合に間に合わせるのはさすがの汐莉でも不可能だろう。そもそも始めて二ヶ月なのだから、ミドルの二、三本でも決められれば御の字だ。
「応援してる」
「うん、ありがとう」
修が微笑みながらかけた言葉に汐莉もニコッと笑って返した。
程なくして汐莉のクールダウンが終わったので、二人は荷物をまとめて自転車に戻る。
「ねぇ、途中まで歩かない? もうちょっとお話したいな」
汐莉のお願いに修はドキッとした。特に断る理由もないので応じることにする。
二人で並んで自転車を押しながら歩道を歩く。他に人も見当たらず、車も通らない閑静な道路に、カラカラと車輪が回る音が響いていた。
「今日は本当にありがとう。この数時間だけですごく上達した気がする。永瀬くんのおかげだね」
「いや、何度も言うようだけど、俺は大したことしてないよ。宮井さんがすごい」
「いやいや永瀬くんの教え方が上手いんだよ」
「いやいや宮井さんが天才だから……」
いつまで続くのかとも思われた謙遜の応酬に、ふふっと汐莉が笑った。
「じゃあこうしよう。二人ともすごい。すごい二人が集まったから、短時間でも成長できたんだって」
「……うん。それいいね。そうしよう」
二人で顔を見合わせて笑い合う。修はなんだかくすぐったい気持ちになってしまった。それをごまかそうと慌てて話題を振ることにした。
「明日は特訓、しないの? ほら、もう学校では練習できないし、明日なら俺も空いてるけど……」
「ありがとう……。私もほんとは明日も付き合ってもらいたかったけど、午後からは家族との予定があるんだ」
「そう……なんだ……」
来週にはもう試合なのに、その間さらに汐莉の特訓に付き合うことはできない。そのことが修はとても残念だった。
すると突然汐莉が立ち止まった。二人の間は前後に少し開いてしまう。修は不思議に思って振り返ると、真剣な眼差しを向ける汐莉と目が合った。
「……ねぇ永瀬くん。前断られちゃったけど、もう一回言うね。バスケ部に入ってくれないかな? 永瀬くんに何か事情があるのはわかってるし、完全に自分本意なわがままだってことも自覚してる。それでも、永瀬くんと一緒に部活がしたいんだ……」
「………………」
修は俯いて黙ってしまった。
汐莉の言葉はとても嬉しい。バスケで自分を必要としてくれる人は久しくいなかった。自分でそういう道を選んでしまったからだが。
だが今は汐莉がこんなにも信頼してくれている。修は本当にありがたいと思った。しかし。
「ごめん……部活に入るのはちょっと……」
やはりまだそこまで密接にバスケに関与するのは怖かった。いつ発作が出るかもわからないし、何よりその姿を汐莉に見せたくなかった。
「そっか……。ううん、こっちこそごめん」
汐莉が再び歩き出した。修は気まずくなり隣を歩かずに少しだけ後ろを付いていくことにした。
一度断られたことをもう一度お願いするのは、優しい汐莉にとっては勇気のいることだっただろう。それを断ってしまったことに罪悪感を感じてしまい、修は口を開けなかった。
ふと歩く先を見ると交差点が見えた。先程スマホで調べたところによると、修の自宅と汐莉の自宅との分岐点はあそこだ。
日が落ちていればさすがに自宅まで送り届けるが、まだ周囲は明るい。それにこの空気は居たたまれなかった。
「宮井さん、俺あの交差点で右に行くから」
「あっ、そうなんだ……」
そんなやり取りをして間もなくその交差点に到着する。
修が別れの挨拶を切り出そうと口を開きかけたが、それより先に汐莉が話し出した。
「永瀬くん、来週試合見に来て。私、試合に出られるかわからないし、出られたとしてもすごく短い時間だと思う。でも頑張るから!それで、もし私が一試合でシュート五本決めたら、バスケ部に入って! 約束!」
修はとても驚いた。汐莉が言っていることはめちゃくちゃだ。修は既に入部を二回も断っているのだから、この約束には修にメリットがない。かなり自分勝手なこと言っていることを汐莉はわかっているのだろうか。
汐莉の顔を見ると必死さと不安からだろうか、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
その顔を見てしまうと再三の断りは酷に思えた。とは言え首を縦に振ることもできない。
「……考えておくよ」
修は断らずに断る常套句を言ってお茶を濁した。汐莉が今どんな表情をしているのかを確認することは怖くてできなかった。
「じゃあ、また」
「うん、またね……」
汐莉の消え入りそうな声を聞いて心が痛んだが、修は自転車に跨がりペダルを踏み込んだ。交差点から離れてからも汐莉からの視線を感じたが、振り返らずに漕ぎ続けた。
「ただいま」
「お帰り修。お腹空いてない? 晩ごはん早めに作ろうか?」
自宅に到着し挨拶をすると明子が尋ねてきた。
「いや、いつもの時間で大丈夫だよ」
修は自室に戻って荷物を置くと、ベッドに座りそのまま上体をベッドに放り投げた。
(シュート五本決めたら、か……)
修は汐莉が最後に言っていた約束について考えていた。
メンバー八人中経験者がどれだけいるかにもよるが、汐莉の出した条件はいい線いっているように思えた。
これがあまりにも難しい条件なら頷いても良かったが、これはかなり達成の可不可がギリギリなため安易に受け入れられなかった。
だがなぜ汐莉があそこまで必死になっているのか。そこが修の腑に落ちなかった。
(てか、明日から学校で宮井さんに会う口実がないな……。試合見に行くのも断っちまったようなもんだし、顔も合わせ辛い……)
今後汐莉からのコンタクトがなければ、もしかしたらもう汐莉との繋がりさえも絶たれてしまうかもしれない。そう思うと急に不安が襲ってきた。
(嫌だ……。せっかくバスケが、徐々にだけど俺の近くに戻ってきてるのに……)
汐莉は自分本意なわがままだと言っていたが、それなら修も同じだ。自分勝手な理由で汐莉を利用している。
(だから、そんな顔しないでくれよ……)
汐莉の辛そうな顔を思い出す。すると修の胸も締め付けられるように痛む。その痛みの理由を修はまだ理解できないでいた。
来週の試合までまだ時間はある。それまでに答えを決めなければならない。
修は右手で瞼を覆い、瞳に入ってくる光を遮断した。
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