インターバル!
佐倉井 悠斗
1st game
第1話
ボールの弾む音。歓声。高く鳴るホイッスル――
ここはとある県の市立体育館。今ここでは中学バスケットボールの県大会が行われている。チームや個人にその思いの差はあれど、中学三年間のすべてをぶつけて闘う場所だ。
二面あるコートはどちらも男子の準決勝が行われていた。つまり今闘っている4チームは既にベスト4入りを果たしており、ここで勝ったチームが決勝戦へと駒を進めることができる。
このタイムが0になったときに、より点を取っていたチームが勝利することができる。
今ボールをコントロールしているのは修のチーム。残り時間と攻撃できる回数を考えれば、ここは確実に点を取っておかなければいけない場面だ。
しかし修はただ点を取ることだけを考えることはしなかった。
(この場面で……相手が一番嫌がることは……)
修は次の自分のプレーを決めた。ゴールに対して左サイドにいた修は、俊敏な動きでゴールに向かって走り出した。
修をマークしていた相手の選手も即座に反応し、修を行かせまいと身体を割り込むようにして止めにかかる。
しかしそれは修のフェイントだった。体の勢いを左足を踏ん張って殺し、それまでの進行方向とは逆の、ゴールから45°の位置に走り出す。
「こい!」
修は味方にパスを要求した。ボールを持っていた味方の選手は鋭いチェストパスで修にボールを送る。低い体勢でボールを受けた修は即座にゴールに向くと同時にシュートフォームを作った。
修がボールを持った場所は3ポイントラインの外側。つまりそこからの遠距離シュートが決まれば3点入ることになる。
バスケのシュートは基本的には2点ずつ加算される。わざわざ遠くから撃って決めても1点しか差がないのかと思われがちだが、その1点がバスケにとっては
修のフェイントで引き離された相手の選手が慌てて飛び出してきた。しかし修は既にシュートモーションに入っている。
(
美しくも力強いフォームから放たれたボールは、高い弧を描き、スパンッという渇いた音と共にゴールネットに吸い込まれた。
「っしゃあッ!」
修は利き手である右の拳を腰の前で強く握り大きく吼えた。瞬間、周りの観客たちも大いに沸き立つ。「どんだけ強気だよ!?」「ここで
ここで審判のホイッスルが鳴り響いた。相手チームがタイムアウトをとるようだ。両軍ベンチに引き下がっていく。
修にとっても今の一本は渾身だった。いまだ握りしめた拳が熱く、その熱が嵐のように全身を巡っているような感覚だった。
すると修の両肩に強く重みがのしかかってきた。
「修~! お前ってヤツは~!」
チームメイトの一人が満面の笑みで修の肩を組んできた。彼を筆頭に10数名のチームメイトが全員集まってきて修をもみくちゃにする。
興奮しているのは観客だけではない。むしろ当然だが、修の次にこの興奮と喜びを感じているのはチームのメンバーたちだった。
「あそこで
責めているような言葉だが、そこに込められているのは修の技術と度胸に対する称賛だ。修は仲間のテンションにさらに嬉しくなりはにかんだ。
「いやぁ、あそこで
照れる修にチームメイトが悪魔かよ!とツッコみ、一同はさらに盛り上がる。チームのムード的にも、点差的にも完全に勢いはこちらにあった。
「お前らその辺にしてさっさと座れ!」
監督の声で一同は我に返った。そうだ、まだ試合は終わったわけではない。はいっ!と返事をして急いでベンチに戻る。
「よくやったな。さすがだなキャプテン」
座る直前の修の頭をぽん、とたたいて監督は声をかけた。柔らかな笑顔で、修に脱帽しているようだった。
「ありがとうございます!」
いつもは厳しい監督のあたたかい言葉に、修は一層嬉しくなって顔をほころばせた。
試合に出ていた5人はベンチに腰掛け、汗を拭いたりスポーツドリンクを飲んだりしながら少しでも体力の回復に努めた。残りの55秒を全力で走りきるために。
試合に出ていないチームメイトも保冷剤を首にあてがったり、団扇で必死にあおいだりしてサポートをする。『勝ちたい』――その思いは全員同じだった。
「いいか、次のディフェンスが大事だぞ。6番と、特に11番には絶対に
「「「はい!」」」
監督の言うとおり、ここで最も避けたいのは3Pでまた逆転されることだ。
通常のシュートであれば入ってもまだ同点の状態で攻撃ができる。
相手の背番号6番の選手はいわゆるエースプレイヤーだ。オールラウンドな動きができて3Pも撃てる。尤も、この試合は修がマークしているので普段の70%ほどの仕事しかできていないが。
そして11番はシューターで、今日既に5本の3Pを決めている。つまり一番警戒すべき選手ということだ。
(他の選手のロングシュートの成功率は高くない……)
修は改めて自分の頭で分析する。
(いける……!)
審判のホイッスルが鳴る。タイムアウト終了、試合再開の合図だ。
コートに戻ろうと修たちが立ち上がったその瞬間。
「絶対勝つぞ!!」
「「「オオッ!!」」」
凄まじい声量だった。相手のチームが円陣を組んだのだ。円陣をほどいた彼らはこちらを睨み付けるように見てきた。その目は闘志で燃えたぎっているようだ。『勝ちたい』のは修たちだけではない。
「……そうこなくっちゃな!」
少し驚きはしたものの、修たちも怯んではいない。そして修はむしろこの状況を心底楽しんでいた。
(やっぱ本気の闘いってのはアツいぜ……!)
修はプレーするメンバー4人に体を向けた。
「なぁ、俺達もやろうぜ」
修の提案に4人もいいね!と賛同した。そして円になり右手を突き出し、拳を合わせる。
「ワンツースリー!」
「「「おおッ!!」」」
修の掛け声に続き4人のみならず、ベンチのメンバーも雄叫びをあげる。こういう場面で最大限の一体感を出せるチームは強い。そして両チームともその条件を満たしている。
相手のスローインからスタートだ。軽快にパスを回すが11番にはディフェンスが貼り付いているためボールが渡らない。相手もやはり11番の3Pで追い付くことを優先的に考えていたようだ。しかしそれは読まれている。そうなれば次の作戦に出るしかない。6番にボールが渡る。
(やっぱそうだよなぁ……!)
エース対決。どちらのチームも自分達のエースを信頼し、託す。二人以外は空気を読むように、そして邪魔にならないように攻めるスペースを、守るスペースをやや開けるようにポジションをとる。
この6番も県内でかなり上手い部類の選手だ。身体能力は高く、テクニックも持ち合わせている。だがこの試合は相手が悪かった。修は同世代の選手の中でもずば抜けた能力を持っていた。6番もこの試合では思うようにプレーさせてもらえず、かなりフラストレーションが溜まっているようだ。
(来る……!)
この試合の命運を分ける一対一が始まった。6番は体の前でボールを左に振ったあと、右にドリブルを開始する。修はフェイントには引っ掛からず問題なくついていった。
6番はトップスピードでそのままゴールに向かうと見せかけて急に止まる。
(そこからレッグスルーで左だろ!)
右手から自分の股の下をドリブルで通して左手に持ち替えた。修の読み通りだ。
(もらった!)
修は勝利を確信し、ボールを奪うために手を伸ばした。しかしその瞬間、ボールが修の眼前から消えた。
(何!?)
消えたのではない。股下を通したボールを左手で受けたあと、そのままの勢いで反時計回りに回転――ロールターンしたのだ。あまりにも鋭いロールターンに修でさえも一瞬ボールが消えたと錯覚してしまった。
今度勝利を確信したのは6番の方だ。ディフェンスは誰もカバーできるポジションにいなかったため、彼を止める者はもういない。
6番は勝利を確信したかのような笑みを浮かべながら、右手でレイアップシュートに持っていく。右手を大きく掲げてゴールに向かってボールを離した――その瞬間。
バシィッ!
大きな音と同時にボールが弾き飛ばされた。
「何っ!?」
完全に抜き去った――。そう思っていた6番の想像を上回る速度で修は追い付き、さらに凄まじい跳躍で完全にシュートをブロックしたのだ。
修たちが攻めるゴールに向かって左のサイドライン側に弾かれたボールは、今のハイレベルな攻防を目にし面食らっていた、修のチームメイトの手に収まった。
「出せ!」
修は着地と同時に走り出し、パスを要求する。それに反応したチームメイトを即座にパスを出した。
ボールを受け取った修はゴールに向かってドリブルを開始する。
疾風のようなスピードでディフェンスを抜き去り、自分とゴールの間に敵はいない。
修は一切スピードを緩めずに、左手でレイアップシュートの形を作り跳び上がる。
(俺たちの勝ちだ!)
そう確信した瞬間。修の視界からゴールが消えた。右後方から何やら大きな物体が激しく衝突してきたような感覚があり、そのあまりの衝撃により視界がぼやけ、体勢も崩れてしまったのだ。
(ヤバい…決め…なきゃ…)
修はゴールがあったはずの場所へ懸命に左手を伸ばした。しかし。
今度は左半身への強い衝撃と上から高重量のもので押し潰される感覚が同時に襲いかかり、左膝からブチッという音が全身に鳴り響いた。
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