第43話 光の裏には影がある

 それから私はピーターと別れ、オーギュスト伯爵の領主館まで帰ろうとして……あまりの出待ちの多さにビビッて商館に回れ右してしまった。

 その時は何とかアッカマンがこっそり逃がしてくれた上に馬車で連れて帰ってもらったのだが、その後が大変だった。

 多くの町の人に顔を知られ、いわゆる時の人になってしまったのだ。

 私達は町を歩くこともままならず、買い出しに出たエマを含めたメイドさんたちが大量の男どもに言い寄られて何も買えずに帰って来たり(その後贈り物として大量の物品が届きやがった。ケッ)、ハイネの真似をした偽物さんが出たり、グラジオスに大量の護衛を付けたら、その護衛騎士が握手を求めて大騒ぎになったりと、もうどうしていいのか分からないほどで、これにはオーギュスト伯爵も頭を抱えるしかなかった。

 とはいえ全くライブが出来なくなったわけではない。

 アッカマン商会によるガチガチの護衛の下、送り迎えをしてもらい、私達はそれまでより色んな場所で歌を歌った。

 全国色んな場所を旅し、いろんな場所を歌って回った。

 その度に、グラジオスは現地の人々の声を聞いてまつりごとに反映し、国の人々から喜ばれるようになっていた。

 どうやら王族としてやるべきことと、グラジオスとしてやりたい事の二束わらじで行くことにしたらしい。

 大変だが、とても励みになると笑っていた。

 そんな風に月日は流れ……。

「あ~……町行きたい……。たまには屋台で買い食いとかした~い」

 私は与えられた自室でエマと話しながらお茶とお菓子をいただいていた。

「あははは……そうですね~。私はお仕事にも支障が出てしまってて……」

 領主館付近はまだいいのだ。

 町から遠いため、追いかけてくるファンの人も少ない(ゼロではないのが怖い所。さすがに館に突撃してくる猛者までは居ないが)。

 しかし、一歩町に入ればたちまち人だかりが出来てしまうのだ。

 初めの内は喜んでいたが、毎日毎回ともなると、ファンの人には悪いがちょっとうんざりしてくる。

「ねえ、エマ。何か方法ないかな?」

「そう……ですねぇ」

 しばらく頭を突き合わせて考え抜いた結果、変装するしかないという結論に至った。

 そして……。

「あー、あー、アー……」

「もうちょっと低い感じで」

 私は、帽子を目深にかぶって髪と顔を隠し、膝の出た半ズボンを履いて、すすけたシャツにちょっとだぼだぼな革の上着を羽織って体のラインを隠し、男の子になりすましていた。

「あ~……」

「それですっ。その声なら完全に男の子ですよっ!」

 つまり見た目は先ほど百点を貰ったため、これで私は完全完璧に男の子になったということになる。

 うぅ、胸を圧縮しなくても男の子みたいに・・・・なれる私ってどうなの……。かなりショックなんだけど。

「で、でもこれで町に行けるよねっ。さあ、エマも男の子に変装して!」

「え、えっと、私は……」

「いいから変装するのよ、できるでしょ? ……ねえ、するの」

「き、雲母さん怖いですぅ」

 私は手をワキワキさせながら、エマににじり寄っていく。

 しかしエマは泣き笑いみたいな表情をしながら、後退りをして……。

「待ちなさいっ」

「いやぁぁっ! 揉まないでくださいぃ!!」

 私とエマの追いかけっこは、家令さんに叱られるまで続いたのだった。





 エマからは、女の子一人は危ないと注意されたが、フラストレーションがたまりにたまっていた私は、変装しているから大丈夫と主張して、ちょっとだけ強引に町へと繰り出していた。

「おじさん、ひとつちょうだい」

「あいよっ。皿は洗って返してくれよ」

 よく行く揚げ菓子の屋台で買い物をするが、私が私だとまったく気付かれなかった。

 そこで気を良くした私は、次から次に屋台をハシゴしてみたり、店を冷かしてみたりと開放的な時間を過ごす事が出来た。

「あ~……やっぱり私、この町が好きだなぁ」

 優しく全てを受け止めてくれる懐の広いこの町が、私は好きだった。

「ん~、こういう気分になると、歌いたくなっちゃうんだよねぇ……」

 歌えば私だとバレて、このちょっとした冒険は終わってしまう。

 こういう変装をするんだとバレれば、次来ることも難しくなってしまうだろう。

 ……でも。

「私が歌う事を我慢できるはず、ないんだよねぇ……」

 適当に開けた場所を見つけると、周辺に舞台になるものが無いか探す。

 折よく屋台のおばさんが、商品を売り終わった台を片付けていたため、少しだけという条件で貸してもらう。

 もちろん、正体は隠したままなので変な顔をされたが仕方ない。

 さて、準備は整った。歌う曲は――さわやかな曲がいいよね。

 このスカっと晴れ渡った空に抜ける様な……。

 うん、中身はちょっときついけど、最後は希望と許しに満ちたあの歌がいいかな。

 一人が二人になってしまった人の人生全てを歌った歌で、歌手としての私の人生が始まったこの町で歌うにはピッタリかもしれない。

 それにあの歌の特徴は、アカペラの私にはちょうどいい。

 そう決めた私は、ぴょんっと台に飛び乗ると、帽子を脱いで大空に向かって両手を広げ、いつものように叫ぶ。

 それだけで勘の良い人は私が何をするか、気付いたらしく、期待に満ちた目を私に向けて来た。

 私は頭の中でイントロを流しながら、ビートを体で刻み……。

――カルマ――

 語るような口調で始まった歌は、止まるところを知らないかのように続々と吹き出していく。

 それがこの歌の特徴でもあるのだ。

 この歌には、普通あるべき間奏というものがない。

 人生を闘い続ける者に休憩は要らないとでも言いたいのだろうか。それとも人は尽きることなく鼓動を刻み続ける事を表したかったのか。

 その答えを知る術は、私には無い。でも歌ってそれを感じる事は出来る。

 私は、辛い人生を走り続けた主人公になって一気に歌い抜けた。

 単独ゲリラライブを終えた私が、台上で一礼する。

 何人かは歌の衝撃にやられて唖然としており、何人かは噴火直前の火山みたいな顔をしていた。

 ……逃げるなら今のうち?

「おばさん、ありがと!」

 台をズリズリっと引きずって大まかな位置にまで戻す。足りないところとかは今度きちんと謝ろう。

 人々の間で、歌姫様だ、雲母さんだ、などと囁き声が聞こえ始める。ちょっと限界みたいだった。

「ごめんなさいっ」

 私はそれだけ言うと、全速力で駆けだした。





「そっちに走って行ったはずだ!」

「ダメだ、居ない! もっと先に行ったのかも」

「なら急げ!」

 私はファンの人たちとの追いかけっこに興じて路地裏に逃げ込んでいた。

 大きなカゴの陰に隠れている今はかくれんぼかもしれないけど。

「……商会に行かないと帰れないかなぁ」

 見つかれば握手攻めやアンコール攻めに合いそうである。

 歌うのは好きだけど、体力無くなってぶっ倒れるまで歌うのは……ちょっと反省してやらない事にしたのだ。

 私はあの時の痛みを思い出して思わず自分を抱きしめた。

「さて……じゃあスネーク・・・・ミッション(間違いではない)を始めるとしますか」

 ちょっと楽しくなってきた私はカゴの陰から出て……。

「あ」

 大柄な男性二人に見つかってしまった。

「あ、あははははは……。できれば見逃して欲しいかなぁ~なんて……」

 笑ってごまかそうとしたのだが、男たちは無言で私の方へと近づいてくる。

 その瞳に、嫌なものを感じた時には――。

「うぐっ」

 遅かった。

 私は腹部に強い衝撃を感じてうずくまってしまう。

「運がいいな。コイツにはデカい賞金がかかってる」

「俺らが売ってもすんげえ額になりそうだぜ」

 賞金? 売る? どういうこと?

 まさかこの二人……。

「とりあえずお前は眠ってろ」

 男の拳が私の視界一杯に広がり、そこで私の意識は途切れてしまった。

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