第14話 奇妙な兵隊さんたち

 そろそろ起きるにはいい時分であったので、私はグラジオスから離れて入り口の扉へと向かった。

 ドアノブに手をかけた状態で、グラジオスの方を振り向く。

「じゃ、じゃあ私は着替えて来るからグラジオスも準備しててね」

「準備は雲母の方がかかるだろうが、早くしろ」

 私は何事か言い返そうとしたが、確かにグラジオスを待たせた記憶しかなかったため、認める……のは癪だったので無言で部屋の外に出た。

 男の人が大した準備をしなくていいのは本当にズルいと思う。

「あ、おはようございます」

 部屋の外には護衛の兵士が立っており、私はその人に向かってあいさつした。

 私の記憶が正しいならば、昨夜とは違う人のはずだ。

「…………」

 だが、その兵士はじっと正面を見据え、私の挨拶をひたすらに無視している。

「おはよーございまーす。それともこんにちは?」

「…………」

 何を言っても反応は一切返ってこなかった。

 しょうがないので私は自分の部屋へと向かったのだが、こちらでも同じように無視されてしまった。

「何なの? も~、感じ悪っ」

 毒づいてもなんにもならないので、私は水で湿らせた布で顔を拭いたり備え付けの櫛で髪を削ったりと忙しく朝の準備を整えた。

 なお、ブーツをグラジオスの部屋に忘れたことに気付いたのは、必要な事全てが終わってからだった。




「おはようございますっ!!」

「わひゃっ」

 扉を開けた瞬間に、兵士が大声で挨拶をしてくれたのだが、無視されると思い込んでいた私は変な声を上げてしまった。

「お、おはよう……。で、でもなんでさっきは無視したんですか?」

 この手のひら返しがちょっと怖かったのだが、事情が気になったので恐る恐る聞いてみる。

「何のことでしょうか! 自分は一切記憶にございませんっ!!」

 何故かどこかの政治家みたいな返答が返って来た。

「そ、そうですか……」

「はっ、お気をつけて!」

 釈然としないながらもグラジオスの部屋に向かう。するとグラジオスの部屋の前に居た兵士も、

「おはようございますっ! お初お目にかかりますっ!」

 なんて訳の分からない事を言って来た。

 どうせ聞いても似たような答えしか返ってこないだろうと踏んだ私は、適当な返事をして、グラジオスの部屋の扉を開けた。

「グラジオスー、準備できた~?」

「遅い」

 どうやらグラジオスをだいぶ待たせてしまった様だ。グラジオスはいつもの擦り切れた服の姿でソファに座っている。

 しかも足元には私のブーツまでおいてあった。

「ごめ~ん、ブーツ忘れちゃった」

「裸足で歩き回るとかお前はガキか」

「私の国では家の中では靴を脱ぐものなの……って……」

 ふと横を見れば、護衛の兵士はなぜか両耳を固く抑えていた。

「……何してるの?」

 私は疑問に思って問いかけるが、兵士はやはり耳を塞いだままだ。

「いいから雲母はブーツを履け」

「あ、うん。分かった」

 私もお腹が空いていたので、急いでソファまで行って座る。

 グラジオスは私と入れ替わるように立ち上がると、濡れたハンカチを手に、私の前にしゃがみこんだ。

「足を上げろ」

 私は言われるままに、足を持ち上げる。

 グラジオスは手早く足裏を拭き、私がブーツを履く手伝いをしてくれた。

「ありがと」

「そう思うならもっと早く準備を終わらせろ」

「女の子は準備がかかるものなのっ」

 とはいえ言い合っていてもお腹が膨れるわけではない。無駄に神経をすり減らすよりは、早くお腹を満たしたかった。

 言い合いもそこそこに、私達は部屋から出る。すると、

「殿下、おはようございますっ!」

 件の変な兵士が大きな声で挨拶してくる。

 グラジオスは短く答えて、私は頭を下げてその前を通り過ぎ、客間へと向かった。



 朝食を待っている間(ちなみに部屋に持っていくと言われたのだが、私達が辞退したのだ)、先ほどの兵士の事を話し、二人で首を傾げていた。

 するとそこに、モンターギュ侯爵が入ってくる。

 私は慌てて立ち上がると頭を下げた。

「殿下、おはようございます。疲れは取れましたかな?」

 モンターギュ侯爵が椅子に座るのに合わせて私もソファに座る。ここら辺は何となく礼儀かな、と思っての行動だ。変な顔をされなかったのできっとこれでいいんだと思う。

 ちなみにグラジオスは偉そうにふんぞり返ったままだ。

 まあ、実際偉いんだけど。

「ああ、ずいぶん体が楽になった。礼を言う」

 さすがにもうグラジオスの仮面に慣れて来たので、私はその会話に参加する。

「ごめんね。私のせいでよく眠れなかったよね」

「そうだな。雲母の泣き声がうるさくて眠りにくかった」

「ちょっ、他人の前でそんなばらさなくてもいいじゃないっ。こっちは気を使っただけなのにっ」

 泣いちゃったなんて恥ずかしい事他人によくバラせるよね。やっぱりグラジオスっていじわるだ。

 同じ歌馬鹿じゃなければ絶対話したくもない人ナンバーワンだよ。

「イ、イイノヤ様はよく眠れましたかな?」

 何故かモンターギュ侯爵は冷や汗を垂らし、声を震わせながら話題を変えようとする。

「あ、はい。おかげさまで」

「馬鹿面下げてぐっすり寝てたな」

「ぶほっ……げほっげほっ」

 またまた何故か盛大にせき込み始めるモンターギュ侯爵(おじいちゃんだしね)をしり目に、私達は言い合いを再開した。

 今日はグラジオスはやけに絡んでくる。これは私の想像になるが、モンターギュ侯爵に私たちは仲が悪いですアピールをしているのかもしれない。

「だからそういう事言うっ!? グラジオスもさっき寝たふりしてた癖に」

「俺は目を瞑っていただけだ」

「感動してただけのくせに」

「…………それは自意識過剰だ」

「はい一瞬返すの遅かった~。いい加減歌好きですって認めたら~」

「おほんっ! おほんんっ!!」

 わざとらしく激しい咳払いに割り込まれる形で喧嘩をやめた。

 うん、やっぱりお腹が空いてるのが悪いよね。早く朝ご飯来ないかな。

「……あ、あのですな、殿下」

「なんだ?」

 もうさっぱり理由は分からないが、モンターギュ侯爵の額には玉のような脂汗が浮かび、手や声も震わせていた。

 ……何かの病気かな? あ、でもうちのおじいちゃんも手とか震えてたなぁ。

「その~……殿下も男なので私も理解致しますが……そのような事を仰いますとその~……」

「ほら、モンターギュ侯爵もこう仰ってるでしょ。グラジオスは意地悪なの」

 グラジオスの片眉がピクリと動く。

「いえその~イイノヤ様。そうではなくてですな。え~っと……」

「はい?」

 え、私の味方をしてくれたわけじゃないの?

「え~その~、兵たちには堅く口止めをしておきます、はい。ですが……あまりにその……お二人の口から閨を共にしたという事をおっしゃられますと……その、隠すのにも限度があると申しますか……」

 ……今、なんと? ね、閨? そそ、それって……。

 私とグラジオスは思わず顔を見合わせた。

 つまりモンターギュ侯爵は何故か分からないが、とんでもない勘違いをしているのだ。

 先ほどの兵士たちが変だったのも、そういう勘違いをしており、私達は見てません知りませんアピールをしていただけなのだ。

「まさか殿下が斯様に特殊なご趣味をお持ちとは……」

 しかも滅茶苦茶失礼極まりない誤解までしている様だった。

 私たちの頭に、カーッと血が上っていく。

「ちちちち、違いますっ!!」

「そそ、そうだっ! 何故俺がこんな奴とっ!!」

「それはこっちのセリフっ!!」

 私とグラジオスは顔を首まで真っ赤にして、力の限り否定した。

「私がグラジオスと!? 在り得ない! ぜ~~ったいに在り得ないっ!!」

「俺にも最低限選ぶ権利があるっ。こんなガキなんぞ範囲外だっ!」

「私だって、ずっと傍に居てくれる様な優しくてカッコイイ人が好みなの! グラジオスみたいな粗野なひとは絶対お断りなんだからっ!」

「で、ですが昨夜は……」

「た、確かに同じ部屋には居たけどなぁ~~んにもしてませんっ!!」

「そ、そうだ。雲母が泣いたから慰めただけ……」

「慰めたっ!?」

「グラジオス言い方っ! 後バラすなっ!!」

「わ、分かりました。やはり秘するべき事で……」

「雲母、お前も黙っていろっ!」

 それから私たちは運ばれてきた朝ご飯を食べるのも忘れ、ひたすらモンターギュ侯爵の誤解を解くために苦心したのだった。

 


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