第9話 これからの行道、分かれ道

 結局お祭りは夜まで続き、私は喉が枯れるまで歌い続けてしまった。

 そのせいで出発は一日遅れてしまったのだが、代わりに村長さんは隣村まで荷馬車を出して私達を運んでくれたのだった。

 この中世ヨーロッパにも似た世界では、娯楽はかなり貴重なのだろう。私達の歌に対する対価と考えればとてもいい気分だった。

 そうやって私たちは行(ゆ)く先々で歌い、旅を続けた。

 でも相変わらずグラジオスは積極的に歌おうとはしなかったけど。

「それじゃあ、この先をまっすぐ行けばモンターギュ砦だから」

 分かれ道でおじさんが荷馬車を止め、荷車に座る私達の方を振り向いて教えてくれた。

 目的地の近いことを知った私たちは、顔を見合わせて頷き合う。

 グラジオスは故郷が近くなったことで安心しているのか、いつも眉間に刻まれているシワの数が、今は気持ち少なく見える。

「ありがとうございましたっ」

「……礼を言う」

 私は礼を言いながら荷馬車から飛び降りる。それに続くようにグラジオスも荷袋とリュートを抱えて地面に降り立った。

 その後おじさんの荷馬車が小さくなるまで手を振って見送り、私達は私達の旅路を再び歩き始めた。

 モンターギュ砦。これはグラジオスの目的地であるアルザルド王国の国境を守る砦で、山と山の間、峡谷に存在する堅牢な砦で、まさに国防の要ともいえる存在らしい。

 そこまで逃げ込めば、確実に帝国の追撃から逃れる事が出来るだろう。

 もしかしたら、囮になってくれたダールさんや老騎士――オーギュスト卿の行方が分かるかもしれなかった。

「ねえ、グラジオスは家に帰ったら何をするの?」

「家?」

 グラジオスは私の質問に眉を顰める。

 あ、もしかして発音とか悪かったかな?

「そうそう、家。住んでる所」

「……勘違いさせたか。まあいい。帰ったらまずは父上に報告だ」

 父上。この畏まった言い方といい、やっぱり貴族なんだろうなぁ。ぜんっぜん見えないけど。

「そういう義務的な事じゃなくて、例えば美味しいもの食べたいっとかそういうの」

 正直私は美味しいものに飢えていた。干し肉と酸っぱい黒パン尽くめで食事に嫌気がさしていたのだ。

 というかお米たべた~い。ケーキ~、だいふく~、特にクリームとあんこのたっぷり入ったヤツ~。

 あ~、ダメ。デザートが私の周りを回ってる。これ、走馬燈ってヤツじゃないかな……。

「……別に、ない」

 グラジオスは少し空を仰いだ後、そう断言した。

 その横顔はどこか寂しそうで、私はグラジオスの言葉に嘘がないと直感する。でも同時に、何か隠している事も分かった。

「え~。何かあるでしょ、絶対」

「欲まみれのお前と一緒にするな」

「ひどっ」

 グラジオスの言葉はいつも無駄に棘があって私をイラ立たせる。でも私は知っているのだ。こういう時、グラジオスは痛いところを突かれたんだって。

 そう思えば腹も立たな……いわけがない。だから私は更に突っ込むことにした。

「ねえ、言えばいいじゃない。ホントはあるんでしょ?」

「ない」

 あ、ちょっと、急に足速めないでよ。ただでさえ歩幅が違うんだから。

 走らないと追いつけないじゃん。

「待ってよ、速いっ」

「お前が遅いんだ」

 などと言いつつも、グラジオスは少し速度を緩めてくれた。

 私にとってはまだ少し速いけど。

「ねえねえ」

「…………」

「黙ってないでさ」

「…………」

 強情にも口を割らないグラジオスに、私はちょっと自分でもうざったいかな? ってぐらいに絡んでみた。

 グラジオスは最初完全に無視を決め込んでいたのだが、しつこく食い下がる私がいい加減鬱陶しくなったのだろう。大きくため息をつくと、

「黙れ。歌う時以外口を開くな」

 なんて命令してきた。

 ……歌うのはいいんだ。よ~し、なら。

「グ~ラジ~オス~のこ~と知~りた~いな~♪あ知~りた~いな~♪」

 私は即興で作ったグラジオスの事知りたいなの歌を歌い出した。

 ぬっふっふ、これでどうよ。

「ちっ」

 するとグラジオスはまた大股歩きに戻ってしまった。

「あっ、だから待ってってばぁ!」

 そんなグラジオスを私はランドセルをカチャカチャ鳴らしながら走って追いかける。

 ……でもね、グラジオス。実は私、気付いてるんだ。

 グラジオスのしたい事って、多分今出来てるんだよね。

 その証拠に、リュート、ずっと手に持ってるよね。荷袋に入れたり紐で腰にぶら下げたりすればいいのに。

 それから、故郷に近づくほど貴方は歌わなくなってる。

 きっと、故郷に帰ったら貴方は歌えなくなるんだ。そういう世界に住んでるんだよね。

 だから私は、グラジオスの口から歌いたいって言葉を聞きたいんだ。

 私もその気持ち、理解できるから。

「も~~っ。は~や~い~っ!」

 私はそんな事を考えながら、この数週間で更に磨き抜かれた大声をグラジオスの背中にぶつけるのだった。

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