第6話 同好の士
さて、方針が決まればあとは夜を待つだけだけど……それまで何してよう。
あ、発電機回して充電はしとこ。
私はとりあえず、ラジオのハンドルをウィンウィン音を立てて回す。グラジオスはそんな私の手元を不思議そうに見つめていた。
何してるかわかんないだろうなぁ……じゃなくて、どうしよう。
会話も出来ないし、私が歌を歌っても、日が落ちるまで三時間くらいはありそうだから体力もたないだろうし……。
あんまり変な物見せるのも魔女~なんて言われるかもしれないしなぁ……。
うぅ、考えてみればお父さん以外の男の人と二人きりになって長い時間一緒に居るって初めての経験だぁ……。
どうしよ……。
なんて心配をしている私を他所に、グラジオスは移動して壁によっかかると考え事をしながら適当に手遊びを始めた。
……じゃ、じゃあ私も勝手にしとこ。
私もグラジオスの真似をして壁に体重を預けると、ウィンウィンハンドルを回しながら考え事を始めた。
……十分も持ちませんでした。
私の気力は十分しか持たないのかな? うぅ……気まずいよぉ……。この、クラスで二人組を作りなさいとか言われてあまりもの同士が何となく二人組になったような空気。
私こういう感じにいつもなってたから……ホント辛いのぉ……。
なんて懊悩している私の横で、無関心を貫いているグラジオス。
「もう……」
不満が思わず声に出てしまったが、それでもグラジオスは反応すらしてくれなかった。……されても困るけど。
もう、ホントどうしよう。グラジオスはこんな事気にしてないんだろうなぁ……。というか子どもっぽいって思われてるんだろうなぁ。
なんて考えてたら……。
「ん~~、ん~ん~♪」
え……? これって……もしかしてグラジオスの鼻歌?
なんかの民謡っぽい感じで静かな曲調だ。でも子守唄とかじゃない感じ。しかも結構上手い。
あれ? もしかしてグラジオスって、皮肉屋そうな顔に似合わず歌好きなの?
そうなると好奇心が抑えられるはずもなく、私はよつんばいでのそのそとグラジオスの方に近づいていった。
「ねえねえ、もしかして歌えるの? 歌好きなの?」
私は言葉が通じないのも忘れてグラジオスに問いかけた。
だがグラジオスはチッと短く舌打ちをすると、歌うのをやめてしまう。
「え~、もっと歌ってよ、ねえ~」
揺さぶっても頑として歌ってくれない。後の祭りとはこのことである。
「む~。なら歌いたくなるようにしてやるっ」
歌好きは歌好きを知る。相手のツボを突く秘策も心得ていた。
つまるところ、歌を聞かせればいいわけである。
私はランドセルから音楽の再生や録音もできるICレコーダー(お年玉で購入。高かった……)を取り出すと、イヤホンを挿して片方を自分の耳に、もう片方をグラジオスに差し出した。
もちろんグラジオスは簡単に受け取らなかったが、無理やり耳に挿し込む。そして~。
「スイッチ・オ~ン」
八ギガというハードに記録された、千曲を超えるアニソンの再生を始める。
瞬間、驚いたグラジオスが耳からイヤホンを引き抜いて、大声を上げながら逃げ出した。
「あ……」
そういえばこういうの、見せない方がいいって思ったばっかりだった。
つい歌の事になると我を忘れてしまう私の癖が、それを忘れさせてしまったようだ。
「だ、大丈夫大丈夫」
なんて言ってもグラジオスは警戒して近寄って来ない。
むう……どうしよ。
あ、そだ。オルゴールとかは多分あるよね。なら……。
一計を思いついた私は、ICレコーダーにコードを突き刺し、出したままになっていた手回し発電機のUSB端子と繋いだ。これで充電ができるんだけど、今回の目的はそうじゃない。
ハンドルを回して見せるのが目的だ。
つまり、魔法とかじゃなくて、そういうからくりなんだよって見せて安心させようって作戦。
実際回して作った電気で動くんだし、嘘じゃない。
そうやってしばらくやって見せてると、グラジオスはようやく帰ってきてくれた。
よしよ~し、怖くないからおいで~……ってなんだか子猫と戯れてる感じがする。
そんな紆余曲折があって、グラジオスは私おススメのアニソン……とボカロ曲を聞き始めて……。
すっかりハマったみたい、グラジオス。いや~、もう見事なまでに大興奮してる。へたくそな日本語で真似して歌って、でも調子は外してないところはさすがだね。
というかもうずっとハンドル回し続けてくれてるし。よっぽど聞き続けたい模様。
よ~し、じゃあデュエット曲聞かせてみよう。そんでこのまま二人で歌っちゃおう!
「あ、そこの発音は違くて、私の声聞いてて」
なんて即席レッスンの果てに、なんとかグラジオスの歌声も形になってくる。
「よぉっし! じゃあカラオケバージョン流すからいくよ~!」
言葉は通じないけど、何となくわかってくれるのか、グラジオスは緊張した面持ちを見せる。
私はICレコーダーからイヤホンを引き抜いて曲を流し始めた。
その歌は、アニソン界のプリンスと、クイーンがデュエットした初めて……ではなくて二番目の曲だ。
初めての方はもっと時間がある時に練習してからにしたいな。
「いくよ。さん、にー……」
いち、ゼロは私の指で数え、そして音楽が始まった。
――Preserved Roses――
アップテンポな曲調で、お互いの歌をぶつけ合う様に歌うこの歌は、もう何というか、表現しようのない一体感を生み出す。
ちょっと作った感じのする私のアルトボイスと、グラジオスの張りのあるバリトンの声が混ざり合ってこの世界に形のない宝物を生み出していく。
いつの間にか立ち上がっていた私達は、懸命に歌をぶつけ、絡ませ、もつれあいながらひとつの音楽を作りだした。
やがて歌が終わる。
「え、えへへへ……」
何とも言えない気だるさと心地よさは、こんな状況だというのに最高の幸福感を与えてくれた。
グラジオスもそれは同じなようで、満足そうな笑みを浮かべている。
なんだろう。一緒に歌ってくれる人が地球にはいなかったけど、こっちに来て初めて男の人と思いっきり歌って、なんか色々吹っ切れた感じがした。
これからなんだって出来そうな気がしてくる。
きっとこれが歌の持つ力なんだよね。
「よ~し、じゃあ次の曲を~……」
別の曲を選ぼうとしたところで私達の歌声が何らかの影響を与えたのか、積み上げていた材木が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちて来た。
「けふっ……ちょっと~、ほこりが凄い~」
舞い上がったほこりに追い立てられるように、私達は外に出て……。
「もう夜だ」
かなりの時間が経ったことに気が付いた。
「あ~っ! 逃げないと!」
同時に、私達は本来の目的を思い出す。
私たちはその場で顔を見合わせると、急いで家に戻って準備を整えると、慌ただしく夜の逃避行を開始した。
うん、なんか、ホントにごめんね。でも……グラジオスも歌馬鹿だったんだ。ちょっと嬉しい。
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