第36話 もう一つの救出と蘭さんと王様

銀鐘宮に向かっている途中、偵察部隊が戻ってきた。


「2人とも首から下は土の中だそうだ」


「……」

「……」

「……」

「……」


 もし、『怒られたら超恐ろしい人ベスト10』というのがあったら、間違いなく上位に入るであろう2人が、顔だけ出して埋められているのだ。想像するのも恐ろしい状況だという事は、しばらく続いた沈黙からも読み取れた。


「なんちゅう命知らずな」


「助けに行っても、それを見たものは生きて帰れないんじゃねぇ?」


「目隠して行ってはどうだろうか」


「いや、それでもヤバイ」


「……じゃ、じゃあ、琉晟ならいいだろう」


『私は目は見えていますので』


 琉晟が断るのを初めて見たと桃弥は感嘆した。それは余程のことと言える。


「やっぱりお前しかいない。行けっ! 飛天」

「なんでやねんっ!」


「お前朱璃に手を出しただろ。という事は、いずれ景雪に殺される運命にあるって事だ。どうせ死ぬなら人の為になってから散れ。安心しろ骨は拾ってやる」


「いらんわっ。それに手ーーなんか出してへん! 人聞きの悪いこと言うな」


「俺の女になれって言ったんだろ」


「ううっ あれは冗談や。桜雅が俺の事思い出さへんから、ちょっと意地悪しただけやん。朱璃ちゃんにも謝ったしほんまに何もしてへん。なっ 知ってるやろ」


「ほっぺにチュウしただろ」


 救いを求めてきた親友を、あっさり蹴り返す兄に、再び違和感を感じた桜雅は兄に視線を向けた。


「兄上?」


「あははっ ごめん」


 少し前から感じていた違和感。朱璃とは初対面の筈なのに以前から知っているような態度。そして今の謝罪。


 あの時、孔雀団に居たのではないか?

市場で朱璃を助けたのは飛天ともう1人。孔雀号で再会した医者のランさん。と朱璃はそう言っていた。桜雅の中ではっきり結論が出た。


「朱璃ちゃんは知らないんだよ。私が何者か。ふふふふっ」


 楽しそうに笑う兄を見て、桜雅は肩を落とした。こう言う人だった……。


 隣の桃弥も同じ結論に達したのか、目を丸くしている。


「朱璃は、知らず知らずに関わっていたって事ですか。しかも、早い段階で」


 桃弥は先程、飛天らと武器の密輸に関わっていた玉子の卸問屋に行ってきたところだ。


「朱璃が襲われたのは、玉子売りをして人々に玉子という存在をたまたまアピールしてしまったからで、その朱璃を助けたのが王と飛天さんって事ですか?」


「うん。俺たちは偶然襲われているところに出会しただけで、朱璃ちゃんが玉子を売っていたことを知らなかったんだよ。知っていたら話は違ってていたんだろうけど」


「関所で朱璃ちゃんが玉子売りしてたって聞いてびっくりしてん。おかげで武器の密輸方法がわかったんや」


「くっくっく。一番部外者なのにいい働きをしてくれたよ。玉子の荷は割れないように梱包されていて当たり前だから上の方しか検閲しないんだよね。しかも存在事態が地味でこちらも見落としていた」


 バラバラだと思っていたことが次々と繋がっていく様に桜雅と桃弥は素直に驚きを隠せなかった。


「なんかすげぇな。朱璃」

「ああ」



「おっと、そろそろ行くか。流石に見飽きたら殺されるかもしれんしな」


「いや、2人してこれでもかって位毒吐いて、激昂させているかも」


「あっしもた。忘れもんを。先に行っといてー」


 回れ右をした飛天がぎょっとし固まった。

 蘭雅がにっこり笑って待っていたからだ。


「皆で見たら怖くないってね。誰1人として、裏切らないように。目を瞑るんじゃないよ。これは王の命令、勅命だよ」


 こんな勅命があっていいのだろうかと、突っ込む者も無く、ようやく5名は銀鐘宮へ忍び込むのであった。



 そのころ、孫卓言は憎き秦景雪と、美しき劉莉己を心ゆくまで愛でていた。

 命乞いをさせたいがそう簡単にするわけがないのはわかっていた。2人は「さっさと殺せ」言ったきり無言である。


 先程、切り札であった皇子と弟子の髪を見せた時、一瞬だけ表情が変わったのだがそれっきりで、卓言としては大いに物足りなかった。


「いつまで澄ました顔でいられるか見ものだな。ふははははー」


 穴に埋まった2人はまさに手も足も出ない状態で、命は自分が握っている。人生最大の優越感に浸りつつ、有る事無い事重要機密なんかも漏らしながら喋りまくったり、剣を抜いてチラつかせたりと、あの手この手で反応を引き出そうとした。

しかし、2人は無表情のまま声ひとつあげない。卓言は意地になり、なんとしても命乞いもしくは泣き顔を拝んでやると再び剣に手を伸ばした。


「もう、そろそろ飽きたんだけど」

 そんな声がした途端、首筋が一瞬ヒヤリとした。

白刃がピタリと首筋に当てられているのが、他人事の様な気さえし、卓言は何が起こったのか分からなかった。


気配もさせずにやって来たのは、意識不明で重体の王、その人だった。


 いつもの様に優しげで穏やかな笑顔を浮かべてそう言った王は、卓言とピタリとと視線が合った瞬間空気をかえた。


「孫卓言。賀国よりの武器の密輸、および孫公槿と組んでの謀反の企て、我が弟と王直属官史、そして私の可愛いの殺人未遂。全て証拠はあがっている。言い逃れは出来ないと思え」


 静かだが、冷々たる声に背筋が凍った。圧倒的な覇気に思考能力を奪われ、呼吸すら出来ない。


 これが、あの、白蘭雅……


『お前なんかが王を語るに一万年早い』

そう言って鼻で笑った秦景雪の言葉が脳裏によぎる。


 孫卓言は己の間違いに気づいたが、まさに後悔先に立たずであった



さて、繊細かつ優美な銀鐘宮の中庭では

「……」

「……」

 妙な空気が流れていた。


 強い絆で結ばれし友が、仲間たちが、数々の困難を乗り越え、今まさに涙の再会を果たしたという場面には到底見えなかった。


「……お前ら全員ぶっ殺すぞ。早くここから出せ」


「くすくすっ。珍獣を見るような目で見ないで下さい」


 あまりの光景を前に固まった6人に(中にはわざと2人を煽っているものもいたが……)土の中から声をかけると、我に返ったように動き出した。


「ああ、そうだったな。すまん」

「お、俺、道具、取って来ます」

 桃弥が屋敷の中にすっ飛んで行った。


「ふっふっ、それにしてもお前たち、今回いいとこ無しだよね。まぁ楽しませてもらったけど」


 蘭雅が2人の前にしゃがみ込んで可笑しそうに笑った。


 さすが兄上だと桜雅は尊敬の眼差しを向ける。


「はぁ。返す言葉もありません。ところで、朱璃は?」


「朱璃はよく寝ていたから置いて来た」


 ずっと最高潮に不機嫌全開の景雪の眉が動くの見ても、其処はからかう気にはなれなかった。


 恐らく景雪は土の中で、2人がもうじき死ぬ、もしくは死んだと伝えられたのだろう。景雪前に置かれている一房の赤と黒の髪を蘭雅はそっと握った。


 その時だった。ガサガサッと庭の植え込みから人がやってくる気配がした。殺気こそ感じられなかったが、一応敵陣のど真ん中。残党がいてもおかしくはなく、皆が柄や弓に手を掛けた。


「朱璃!?」

ガサガサと頭や身体に葉を付けて出て来たのは、まさに陣に置いてきた朱璃だった。


なにげに土の中の住人を前に立って隠す蘭雅と泉李。


「置いてけぼりなんて酷いですよー」


「お前っ 大丈夫なのか!」

桜雅が駆け寄り心配そうに顔を覗き込む。まるで死体のように冷たくなった身体を思い出したのだ。朱璃をくるくると回して身体をあちこち点検して大丈夫な事を確認した。


「くすくすっ。桜雅こそ大丈夫?」

 身長差のせいで少し上目遣いの朱璃に愛しさが込み上げてき、桜雅は無意識にギュッと朱璃を抱きしめていた。


「桜雅?」

 朱璃は目が覚めた時、言い様のない不安に駆られ天幕を飛び出したのだ。鼻孔に残る潮の香りがあれは夢ではないと教えてくれた。


 女官たちが慌てて状況を説明してくれ皆が無事だと分かっても待つことなど出来なかった。護衛の武官に無理を言ってここまで連れてきてもらったのは、安心したかったから……。1人じゃないと確認したかったから。


 同じ潮の香りのする心地よい圧迫感がそれを教えてくれた。

「ありがとう……」


 そんな2人を暖かく見守る保護者たち。


「こらこらっ。くっ付き過ぎや。朱璃ちゃん大変な目におうたんやってな。心配したんやでーほんまに無事で良かった」

 びりっと2人を引き離し、どさくさに紛れて自分も抱きつく大人げない者もいたが、朱璃は嬉しそうに微笑んだ。


「天さんっ 心配かけてすみません」

 飛天に抱きつかれたままではあったが、キョロキョロとし泉李と琉晟を探した。


「泉李さん、琉、助けてくださってありがとうございました。勝手なことして、すみませんでした」

 世にも恐ろしい物を見た後のせいか、朱璃の笑顔にいつも以上に癒され、2人はにっこりと微笑み、再会を喜び会った。


「朱璃」

 朱璃の髪にすりすりと頬ずりする飛天を長い脚で蹴飛ばして現れた人物に、朱璃が再び微笑んだ。


「蘭さんっ」


 朱璃は初めて会った時から蘭雅と飛天はいつも一緒に居たので、今ここに蘭雅が居ることに何の違和感も感じず再会を喜んだ。


「弟が世話になったね。君が側にいてくれて本当によかったと心から感謝しているよ。ありがとう。だけど、危険な目に遭わせてしまった事はとても申し訳なく思っている。すまなかった」

 突然、蘭雅が頭を下げるので朱璃は動揺を隠せずあたふたした。


「えっと……弟って……? し、失礼ですが、蘭さんは誰のお兄さんですか?」


 当ててごらんとばかりニコニコして返事をしてくれない蘭雅に、朱璃は困った顔をしながら、じっと顔を観察した。

まず目を引くのは美しい蒼の瞳、スーと伸びた鼻筋にやや薄めの唇、冷たさを感じさせてしまうほど整った顔だが、目尻にできたシワが雰囲気を優しくしていた。誰に似ている? まさか、いや、ありえない。


 泉李がこれから朱璃を襲うであろう衝撃を気の毒に思い、助け舟を出した。


「市場で飛天とフラフラしている所に出会ったから、わからないのも無理ないし、お前は悪くないからな。こいつが一応、祇国王 白蘭雅。桜雅の兄ちゃんだ」


「……!? 蘭さん……王様?」


 蘭雅は驚き過ぎて言葉の出ない朱璃の頭を撫でると同時に、後ずさりしないよう何気なく固定する。


「ごめんね。びっくりした?」


「……私、王様に、色々ご迷惑を」


 弟である桜雅や、高い地位であろう莉己や泉李といてもピンときていなかった位、かさ雲の上の存在の王。

 朱璃の常識では一般人では一生関わることのない存在と認識していたので、頭が追いつ

いてこなかった。


「王様なんて他人行儀に呼ばれると哀しいなーー。朱璃は私の正体を知っても、蘭さんって呼んでくれるよね」


 なんだか静かに脅されている? いつの間にか呼び捨てになっているし……。

 いくら私でも王様(=天皇)を馴れ馴れしく名前で呼べないです。

 それでも、笑顔の中に桜雅と同じ小さな影に気付いてしまった朱璃は、もう否とは言えなかった。


「捕まったりしないのなら……」


 一瞬瞠目した蘭雅がくっくっと笑った。


「それは大丈夫。約束する。あっ、それから、これは命令なんだけど」


 命令と言う言葉に一瞬で朱璃の顔がこわばり、周りからも緊張した空気が流れた。


「兄上」

朱璃を守らねばと無意識に桜雅が朱璃に手をは伸ばした。

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