第21話 役に立ちたい
「おっと……」
「ご、ごめん、ありがとう」
雑草に足を取られ朱璃が、転びそうになったのを桜雅が支えた。
先を行く桃弥らがなるべく歩き易いように草を踏み固めているのだが、先程から何度もつまずいている。
愚痴も弱音も吐かないが、足が上がってないことからも足の捻挫が相当きつくなっていると判る。
「無理すんなよ。いつでもおぶってやるぞ」
逞しい体格の桃弥は早くおんぶをしたいのかと思うほど催促してくる。
確かにおんぶの約束をしたが、あの時はこんな事になるとは思わなかった。さすがにおんぶは恥ずかしいと朱璃は何度も断っていた。
それなのに
「それとも抱っこがいい?」
「どっちもいらん、っていうかちびっ子扱いせんといて、桜雅もそうやったって顔せんといて」
「なぁお前の世界ってみんな20才で、そんなに若いのか? もしかしてさ300才くらいまで生きる?」
「生きひんわっ。こっちと同じや。悪かったな童顔で」
「うわっ悪いって言ってないだろ可愛くていいんじゃ……っゆ、弓構えるなよーー。なんで似るんだよ。そんなとこ」
元気に軽口を叩いているが、右足に負荷が掛からないようにしているのがわかる。痛むだろうに、全く表に出さない朱璃の精神力の強さに桜雅達は内心感心していた。
朱璃の師である景雪は全く手を貸す素ぶりも無く知らん顔だが、この位で根をあげるようでは武官などなれないという事だろうか。
桜雅はそんな事を考えながら、2人のケンカを止めたり、朱璃に手を貸したりしていた。
やっと地味に足にくる下りが終わったところで
「この先に吊り橋がある」
と景雪が言った。
ずっと、道なき道を進んで来たが、景雪の頭の中では正確な地図が情報処理されているのだのと判りホッとする3人だった。
やがて水音が聞こえ、少しずつそれが大きくなり、崖の下にかなり大きな河が姿を現した。
「兄上、吊り橋はどこですか?」
景雪は右前方を指をさした。
「えっと……あの崖を登るのですか?」
「そうだ。いくぞ」
この先に吊り橋があると言ってなかったか?
さっき、降りたのに今度は登るのか?
先程までの景雪への揺るがない信頼がビミョーな事になってきた。
「間違ったんだぜ」
「いや、景雪に限ってそんなことは」
小声で話す2人に朱璃は苦笑する。弟である桃弥だけでなく、桜雅も景雪には何も言えないようだ。
後ろの3人の心情を知ってか知らずか、莉己が笑顔で景雪に尋ねるのが聞こえた。
「前に来た時は直ぐに吊り橋が有りましたが、橋が移動したのでしょうか」
「かもな」
移動するわけないだろっ! と心の中で突っ込む2人。
「ふふふっ。 おや? 朱璃 なんだか嬉しそうですね」
「えへっ そう見えます?」
「今度やったら河へ突き落とすぞ」
「しませんしません」
拳を見せて、物騒な事を言う景雪に朱璃が舌を出す。
そのやりとりを見て、桜雅らは朱璃の妙なテンションアップが、霊霊茸への期待によるものだと分かった。
懲りてないな~と可笑しくなる。
「でも、桜雅と桃弥がたまたま~見つけたら採ってくれます。きっと」
「それならいい」
いいのかよっ。っていうか採らないと行けないのか!?
結局、朱璃の笑顔に負け、必死に霊霊茸を探す羽目になるのだが、当然、その様子は莉己を大いに喜ばせることになった。
やがて目的の吊り橋に辿り着いたが、直ぐに5人を大勢の武官が取り囲んだ。
「少し時間を食い過ぎたな」
朱璃の足を考えた経路が裏目に出てしまった事を反省しつつ、景雪は次の一手に頭を切り替える。
先回りしていたにも関わらず、つり橋を渡っていないのは、この先が孔雀団の陣地だと認識した上で恐れているのであろう。
敵の数は2、30人ってところか。そう考えながらいつの間にか隣に来ていた朱璃に視線をやる。
いつでも矢を射れる体制で気を集中させている朱璃は、ドン尻を勤める気満々に見えた。
今はどうやって敵の気を引き、他の4人が吊り橋を渡れるようにしようかと思案中なのだろう。
自分たちよりひと回りもふた回りも小さな身体で、全身を盾にして護ろうとする姿勢は、あまりに無謀で、呆れて言葉も出ない。
それなのに、胸の奥にとっくに失ったはずの情がうずいて、小さな光が灯るのは何故だろう。
いつもの癖で胸の玉を握り締めようとして、その存在がない事を思い出した景雪は、柔らかい笑みを浮かべていた。
朱璃の健気で、それでいて強欲な生き様に色々と予定が狂わされていく気がする。
景雪はため息を吐いた。なにも考えずに、のんべんだらりと余生を過ごすつもりだったのに……。
『俺が合図したら、バクを担いで一気に橋を渡れ』
後ろに居る年下組に手話で指示を出す。
歩く事すらきつくなっている右足では、いくら朱璃の気力を持ってしても走る事は出来ないだろう。
それに本人に橋を渡る意思が全く無いのだから「担ぐ」しか方法が無いのだ。
チラリと莉己を見ると了解していると笑顔で返してきた。
(むっ)
祇国の女神と言われる美貌を向けられても、全てを見透かされているような気がして腹が立つ。
しかし今はそんな事を言ってる場合ではない。莉己への対策は後で考えようと、景雪は面倒臭そうに現在の敵の方に向き直った。
「やぁ、
案の定、孫卓言の青筋が増えた。
そして次はこの人の番である。
「おや? 如何なされました? 御自慢のお着物も御髪も随分と乱れていらっしゃる。月夜の探索はお気に召されませんでしたか?」
逃亡中とは思えない完璧までの容姿で(もちろん着物の乱れなし、髪は光を受けてキラキラ)艶やかに微笑む莉己に、卓言だけでなく他の武官も息を飲んだのがわかった。
この2人だけは絶対敵に回したくない、改めてそう思う若者達だった。
「秦家の若造がっ! 涼しい顔をしていられるのも今のうちだ 。王殺しの重罪人 白桜雅を庇いだてするということは貴様も同罪だ。神妙にお縄に付け!!」
空気が震えた。腐っても兵部次侍だ。怒気を含むその迫力は相当なものだと桜雅は思った。
しかし2人にかかれば、からかいがいのあるオジサンに過ぎない。
緊迫した空気を気にも止めず、くすくすと莉己が笑っていた。
「兵部次侍殿に失礼だぞ」
景雪も変わらず呑気な態度だ。
「申し訳ありません。だって、お縄に付け~だなんて、くすくす 今時 戦いごっこでも言う子いませんよ」
心底おかしそうに笑い、それが絶世の美しさときているのでタチが悪い。
「まぁそう言うな。滅多に聞けないぞ。ここまできた甲斐もある」
「そう言われればそうですね。くすくす」
軽口を叩かれば叩くほど、孫卓言が頭に血を登らせ冷静な判断が出来なくなる。そこをついてか巧みに情報を引き出していく2人は楽しそうだった。
そして得た情報というと、孫卓言を動かしているのは孫公嚴。元々第1公子の後見人の1人であった彼は、王権交代の際、死ぬほど自分たちを恨んでいる事は容易に想像がつく。今まで何もしてこなかった方が不自然なくらいだ。第2公子(現王)を失脚させる事が目的のいわゆる謀反だと分かれば、おのずと先は見えて来た。
『バク、少し後ろに下がれ』
背中に回した右手でそう指示された朱璃は素直に従った。敵の数は50近くに増えていたが、景雪が何かを企んでいるなら大丈夫だと信じているからだ。
しかし朱璃は自分が勝算の割合を減らしている事もよく分かっていた。
やられるならともかく、人質になる様な足手まといには決してなってはいけない。精神を集中させ、師の次の指示を待つ。
そんな朱璃の様子に景雪は小さくため息をついた。
この後、この小さな弟子が烈火のごとく怒るのが目に浮かんだ。
まぁ多少は怒られてやるから、無事でいろ。
そんなことを思いながら少し緊張気味の朱璃の顔を見つめていると、早くも我慢の限界にきた卓言がわめく様に言った。
「てめえら……地獄を、見せてやる。あとで泣きついても後悔するなよ」
やっぱり言い回し方が古臭いと莉己が吹いた。
「生憎だが、純真無垢、清廉潔白な俺様は極楽浄土に行くことが決まっているんだ」
景雪が剣を抜くのが合図だった。
「一体誰のことですか。それは」
軽口を叩きながら、莉己が外見からは想像出来ない豪快な剣を振るった。
それと同時に、朱璃の放った矢が景雪の死角にいた武官を戦闘不能にした。素早く第2矢に手を伸ばそうとした途端、朱璃は後ろから抱き上げられ、そのまま肩に担ぎ上げられた。
「なっ?!」
視野が逆? 地面? どうなってるん!?
慌てて顔を上げた途端、ものすごいスピードで自分を担いだ人物が走り出した。
「桃弥! なにしてのっ 降ろして 降ろしてっ」
景雪と莉己が剣を振るっている姿が遠ざかって行く。
「先生!」
「暴れるなって じっとしとけ」
朱璃を抱く腕に力を入れ桃弥が怒った。
「橋を渡るからなっ。暴れると落ちるぞ」
片手で橋を渡らせまいとする武官たちをなぎ倒し、桃弥が橋を渡り始めた。
4人の無駄のない動きは計画的なものだ。敵の上げ足を取っている間に策を練ったのだろうか。何も知らなかった朱璃は唇を噛んだ。
そして、桃弥の肩の上から、ただただ見ているしか出来なかった。
自分が最後に残るつもりだったのに……。
しかも、走ることすら出来ないのも見破られていた。完全に、文字通りお荷物になっている自分が情けない。奥歯を噛みしめ、朱璃は3人が無事橋を渡れる事だけを祈った。
橋も半ばに来た頃、やっと桜雅が群衆から姿を表した。桜雅が自分を追ってくる武官を軽々倒しながら、桃弥らを追う者らも倒してゆく。
一方、橋に近づけないようにしている景雪らがいつまで待ってもこない。
「桜雅っ 先生達は来ーへんの!?」
追いついて来た桜雅に問うも、答えは帰ってこなかった。
「変わってくれ!」
桃弥の声とともに、朱璃は桜雅に抱きとめられた。
今度も荷物抱きで、朱璃の意思など全く無視だ。
「ちょっと待って! 降ろして! 私も戦える!先生置いていけへん!」
「しゃべるな 舌を噛むぞ」
「ぎゃっ。うぐっ」
「ほらみろ」
桜雅がさらに加速して橋を渡りきってから、朱璃はやっと地上に降ろされた。
ふらふらして思わず座り込んでしまう。
そんな朱璃を横目に、桜雅は今度は吊り橋の縄を切り始めた。
「桜雅!?」
桃弥が追いついてき、桜雅と共に縄を切る。
「……!」
桜雅が橋に駆け寄って来た朱璃を抱き抑えた。
「景先生! 莉己様!」
2人がこちらに来る気が全くないと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
やがて桃弥の渾身の一振りで最後の縄が切れ、吊り橋がゆっくりと落ちていく様子が朱璃の瞳に映った。
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