おっぱいさめとどじっこメイド

Karappo

第1話 ただしこのどじっこメイド、息は臭い

 由緒正しい家系に生きる現代の貴族、その大豪邸は滅茶苦茶な大きさと奇抜なその外見から、世界樹ユグドラシルと呼ばれていた。これはその館に住み込みで働くメイドと、謎の同居人魚のお話である。


 メイドの一日は掃除から始まるものだが、ここのメイドはどじっこで、困ったことに絶叫が一日の始まりの合図となっていた。

「ああ~っ! ご主人様の大事な壷が~!」

 手が滑って壷を箒で叩き割り、慌てたメイドは尻もちをついた。その拍子に豪奢な絨毯にバケツの水を盛大にぶちまける。立ち上がりバケツを取ろうとするも、あろうことかそれを蹴飛ばして、クリスタルの飾り棚にシュートを決める(ちなみに本日中にハットトリックを達成した)。棚から飛び出したこれまた高価なティーカップは、器用にくるくると廊下を転がる。丁度そこを通りがかった飼い猫が、謎の接近物に驚いて大きく後ろ飛びをする。その爪は一つの名画に食い込み、そこらに並べて飾られた何点もの傑作を、一瞬にしてズタズタの紙切れへと変えた。

 この間わずか10秒程度。被った館の損失は2億円相当に及んだ。


「だいじょうぶかい? おっぱい揉む?」

 メイドの胸をわしわしと掴みながら、さめは形ばかりの心配をする。

「だいじょうぶじゃないです。おっぱいもいらないです」

 メイドはぐすぐすと泣きながら首を横に振る。

 セミロングの黒髪に、正統派なメイド服に身を包んだ女の子。歳は秘密らしい。人一倍頑張り屋だが、人一倍どじである。そんな感じのとても可愛らしい子が泣き顔を晒すという状況。ここでは特に珍しくも何ともない訳だが、とにかくさめにとってはいじり倒す他に選択肢はなかった。


 “さめ”というのは、メイドが彼女に与えたあだ名である。さめの人魚姫みたいな恰好をしているからさめ。メイドにはネーミングセンスもなかった。

「とにかく、ここを片付けないとね!」

 さめは(基本裸族なので)無い袖をまくるポーズを取ると、メイドの背中をばしばし叩いた。それから魚の下半身で器用に歩き、掃除用具を探す。

「ちょ、ちょっと、床濡れてるんですけど! すとっぷ! すとっぷ!」

 さめの歩いた周囲はびしゃびしゃである。さめだから仕方がない。

「んー、なに?」

「お掃除が増えます! 大人しくしててください!」

「きみよりかは……だいぶ大人しいわ?」

 と言ってうふふと笑う。そんなゆるふわな雰囲気を漂わす居候に、メイドはナチュラルにイラっときた様子である。

「止まらないと、刺身にしますよ!」

 頭から湯気を吹き出しそうな勢いで、メイドはさめに詰め寄る。泣き顔とのギャップはなかなかのものであると、さめはしみじみとその怒り顔さえ堪能しようとした。

 だが。


「うぅ……きみ……その……」

 さめは急に顔を赤らめて口ごもる。

 頭に疑問符を浮かべたメイドも、二人の距離の近さにワンテンポ遅れて気づき、急に恥ずかしい気分になった。

(これって、なんだかいけない雰囲気……?)

 メイドの心臓の鼓動がだんだん早くなる。さめも何か言いたそうにして、でも躊躇っているような、もじもじした様子である。


「きみ……」

「は、はい……なんですか?」



「きみ、口臭くね?」

 さめは、とうとう言ってしまった……というような顔をした。

 メイドはショックで気絶した。


 その後なんやかんやあって、二人は主人から死ぬほど怒られた。




※あくまでも魚類であるさめが「臭い」と感じただけで、このメイドの息が人間にとっても臭いと感じるかはまったく別の問題です! ほんとうですよ!(あからさまにメイド自身の筆跡と認められる)

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