CODE104 時空能力覚醒! 片水崎、最終攻防戦!(2)

 俺と折賀おりがとハムの三人は、モニターで見たばかりの場所に降り立った。


 最初の転移に比べたら、なんの支障もなくスマートに。

 地に足をつけ、気がつくと目の前には見慣れた片水崎かたみさき総合病院。病棟入り口の透明な自動扉の中にも外にも、数えきれないほどの『色』がうごめいている。


甲斐かい!」


 いきなり折賀に引っ張られ、勢いよく地面に倒れ込んだ。ハムが手を広げて俺たちの前に立ちはだかる。

 細かな連続音が響き、周りのあちこちから悲鳴。しばらくして音がやむと、黒ずくめの特殊部隊SAT隊員たちが、素速く続々と病院内へ突入していくのが見えた。


 すぐそばに一般人がいるのに、いきなり銃撃かよ!


 ハムのおかげで無傷だった俺たちは、ひとまず病院前駐車場に並んでる車の陰に転がり込んだ。


「まだ一般人が大勢いる。一気に距離を詰めれば巻き添えが出る。遮蔽物しゃへいぶつの陰を移動しながら能力PK銃で狙うぞ」


「折賀、向こうでもらった『アディライン・プログラムを打ち消すプログラム』は音声データみたいなんだ。これを聞かせれば隊員たちは正気に戻るんじゃないかな」


 俺は自分のスマホを折賀に見せた。異世界あっちの再生機器は俺には扱えないからと、使い慣れた俺のスマホに急いで入れてもらったんだ。


「受付に持ってって、院内放送で流してみるよ」


「電気がまだ生きてればな。通信はダメだと思った方がいい」


 手首の端末を見ると、確かに通信系は沈黙したままだ。アディラインが言ったとおり、重力の作用でこの付近一帯が封鎖されているのは間違いないらしい。


 突然、ズゥン、と地の底から響くような振動が視界を揺るがした。

 足元のアスファルトに亀裂が入る。また悲鳴が起きた。ハムが眉をひそめながら、空を仰いでつぶやいた。


「まずいですね。この場の重力が狂い始めてるようです。しかもこの特異な重力場、どんどん病院から外へ広がってますよ」


 見上げると、自然の色とは思えない黒い渦が、上空から見た台風のように渦巻いている。

 今度は微震のような細かい振動。さらに一発の大きな揺れが来て、また足元のヒビが増えた。


世衣せい!」


 急に折賀が立ち上がった。

 病棟の四階の窓から、黒服に身を包んだ細い体が空中に投げ出されるのが見えた。


 肝を冷やしたが、世衣さんの体は病棟エントランスの屋根部分に静かに着地。

 彼女はそのまま軽やかに下まで飛び降りて、俺たちの方へすべるように近づいてきた。


美仁よしひとくん! お帰りー! 今、美仁くんが助けてくれたんだよね? いやー、とりあえず飛び降りたはいいけど無傷で済むとは思わなかった、サンキュ!」


「飛び降りた?」


 再会の感動もそこそこに、スピーディに情報が飛び交う。二人は互いに現場慣れした工作員どうしだ。


「やつらの襲撃に遭ったのか」


「そ、できるだけこっちに引きつけて。美夏みかさんは森見もりみ先生が連れてったんだけど、まだ追われてると思う。ひとりスーツのやつがいた。間違いなくハーツホーンだ」


「ハーツホーン」


 折賀の声が険しくなる。

 と、また大きな揺れが来て、近くに来たひとりの小さいおばあさんがよろめいて倒れてしまった。


「わ、大丈夫ですか」


 手を伸ばして助け起こすと、またも大きな振動。ハムが手を広げて、俺とおばあさんをまとめて支えてくれた。


「めんこいお兄ちゃんだこと。ありがとうね」


 わ、めんこいだって。照れるな。


 と思ったら、おばあさんが見てたのはハムだった。

 そりゃま、おばあさんから見たら、五十四歳のハムも息子か孫みたいな年だけどさ……。


 ふと、施設で世話になった所長こと「ばあちゃん先生」のことを思い出した。

 先生。もうすぐ俺たちの戦いに決着がつくかもしれないんだ。俺、やるよ。


「オ〜ッホッホッホ〜!!」


 突然、ケバい声があたりを支配した。新手の敵か!?


「懐かしい再会ですわね~! 教祖さまのお声に従い、この病院で張ってて正解でしたわ~!」


光子みつこ幹部、メタボ健診で今日たまたま来てただけですよね?」


 現れたのは、七色のケバい着物に身を包んだふくよかなオバサンと、ごく普通の恰好をした六人の男女。世衣さんが青い顔で「うわぁ……」とうめきをあげた。この着物でどうやって健診すんの?


 折賀は眉ひとつ動かさず、七人を順番にぽぽぽぽぽぽぽーーんと吹っ飛ばした。



  ◇ ◇ ◇



 周囲では、病院から飛び出してきた人たちが悲鳴を上げながら逃げ惑っている。重力結界の外へ出ようとしても、境界付近で弾き飛ばされてしまうのだ。


 しかも渦はどんどん大きくなって、病院の外にまで広がりを見せている。

 このままでは片水崎が――いや、もしかしたら国全体が!


「僕、ちょっと向こうへ出かけてきます」


 ハムが、ちょっと買い物に行くみたいな口調で立ち上がった。


「やり方はわかんないですけど、本当に僕に重力と反重力を操る力があるなら――ちょっとくらい、この場を収めることができるかもしれません」


 世衣さんもそれに続く。


「私はみんながケガしないようになんとか誘導してみる。通信系も使える場所がないか試してみる。ハーツホーンと美夏さんを追うのは、二人に任せてもいいかな」


 折賀がうなずくと、世衣さんとハムはそれぞれの場所へと走り出した。いや、ハムは歩くのと大差ないけど。ホバーがあったらいいのに。


「甲斐、行くぞ」


 俺と折賀は、大混乱の渦中にある病院内へと踏み込んだ。


 これが最後の戦いになると信じて。



  ◇ ◇ ◇



 受付へ向かいながら、まだ病院内にいる人たちに外へ出るように呼びかけた。受付・事務室には誰かいるだろうか。


 受付が目の前というところで、折賀に腕を引っぱられた。続く小刻みな銃撃!


 俺を引っぱったまま、折賀は流れるような動きで右腕を上げ、能力PK銃で架空の銃弾を返す。相手の体を穿うがつことなく、痛点だけを刺激して相手に「撃たれた」と錯覚させる。どんなに遮蔽物があろうと、相手の防護装備が分厚かろうと関係ない。殺さずに敵を倒す、折賀の能力の真骨頂だ。


 俺は早く逃げるようにと周囲に叫びながら、受付カウンターにも「すみませーん!」と声を張り上げた。

 奥の事務室からではなく、後ろからふいに声をかけられた。俺たちの事情を知ってる、この病院の頼れるスタッフのひとりだ。


「放送使えますか? 病院中に流したい音声があるんです!」


「音声? わかりました、こっちです!」


 カウンターの向こうへ回ると、背後から禍々まがまがしい空気が押し寄せるのを感じた。新たな隊員たちが突入してくる!


「伏せてーッ!」


 カウンターの下へ潜り込む。直後、MP5(短機関銃)の銃弾が雨のように降り注ぐ。ヤバい、このカウンターじゃ貫通しちまう!


 俺はカウンター上にあったマイクを引っつかんで、スタッフと一緒に奥の事務室へ転がり込んだ。はやる気持ちを抑えながら、スマホとケーブルを取り出し、該当のデータを呼び出し、アンプにケーブルを接続し、再生ボタンを――


 押す前に、異質な音とともに部屋の照明が消えた。


 まさか。周囲を見渡してみる。病院中の照明も、電気機器のランプも、全部消えている。手元のマイクのスイッチを押しても反応がない。


「電気落ちた!」


「非常電源があるのですぐに復旧します――が、乗っ取られたとしたら話は別ですね」


「甲斐、この場の部隊は倒した。行くぞ」


 カウンターの外から、折賀が顔を見せた。俺が音声再生に失敗してる間に、こいつはちゃんと仕事をこなしてたんだ。


 俺もこうしちゃいられない。美夏さんのためにも、片水崎のためにも立ち止まってる時間はない。


「こうなったら、部隊の指揮官にスマホで直接聞かせるまでだ。折賀、ハーツホーンを追うぞ!」


 俺は上階の奥の方に目を向けた。

 数々の遮蔽物を透過して、そこには複数の『色』が動き、俺たちを待ち構えている。


 何度も押し寄せる、地震のような揺れ。時間が経つごとに、大きく重くなっていく。

 片水崎の人たちが、重力に翻弄されている。このままでは、町ごと重力の固まりに押し潰されてしまう。


 床の一部が割れて傾き始めた。もうすぐ穴が開き、陥没してしまうだろう。建物全体がミシミシと音を立て、天井や壁から粉塵ふんじんが舞い落ちる。


 スタッフさんはひとりでも多くの人を逃がすために動き出した。

 あちこちで、スタッフ以外の一般の人たちも、他人を抱えたり励ましたりしながら、それぞれの速度で外を目指している。


 みんな、それぞれが頑張って生きてんだ。


 この世界をぶち壊すなら、ハーツホーン、俺は絶対に許さねえからな!

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