日本・片水崎市

CODE62 家族になってもいいですか?(1)

3月3日


 日本への帰国便は昼過ぎだというので、朝、ちょっとばかり観光する時間ができた。


 記念すべき、海外・初・観光! ひゃっほーい!


 俺たちが泊ったダーリングハーバーは、海沿いにショッピングセンターやミュージアムがこれでもかっつーくらいにぎやかに並ぶ、広々とした観光スポット。


 今日も快晴。

 きらきらと光る青い海には白いクルーザーがずらっと整列し、海沿いの広いエリアではあちこちで演奏やショーのパフォーマンス。

 巨大なショッピングセンターのフードコートで、新鮮なオイスターとアツアツのフィッシュ・アンド・チップスを食った。すげーうまい!


 土産物を売ってるお店も数知れず。

 その中に、きれいなアクセサリーが並んでるお店もたくさんあった。


 アクセサリー。どうしよ、もうすぐ美弥みやちゃんの誕生日じゃん。


 いつの間にか、折賀おりがまでじっとペンダントとか見てる。


「お前、まさかそれ美弥ちゃんに……とか言わないよな?」


「美弥だったらこっちの小さいシルバーだな」


「ざけんなー! あの子には俺が渡すの! 折賀はまたアティースさんに渡せばいいじゃん!」


「あーあもう、何やってんのー」


 あきれた世衣せいさんがずずいっと割り込んできた。


「美弥ちゃんへのお土産? やっぱオーストラリアの定番はオパールかなー。お値段はピンキリだから、高校生らしい範囲で選んでみよっか。あ、この辺美弥ちゃんに合うんじゃない? お値段もいい感じ」


 こういうときは、年上女性の助言がめっちゃありがたい。


「えーと、できれば誕生日プレゼントにもしたいんですけど……こういうの、贈っても大丈夫かな……」


 つい折賀と張り合いたくなっちゃったけど、彼氏じゃない男からアクセサリーって、変に思われるかな。


「これ可愛いよね。美弥ちゃんにプレゼントしたいんでしょ?」


「ええ、まあ」


「じゃ、あっちで食べ物とかコスメとか買って、一緒に買ったことにすればいいよ。すごく喜んでくれたら、きみのために一生懸命選んだ、ってちゃんとアピールするんだよー」


「難易度高ッ!」


「ラッピングもきれいにしてもらえるし。オパールって色合いがひとつひとつ違うから、特別感があるよね」


 特別感、か。重すぎないお値段に、ありったけの俺の特別な気持ちを込めてみようかな。


 十分ほどうなったあと、俺はやっとひとつを選んで小さな箱にラッピングしてもらった。

 シルバーのハートの中に、優しいピンクと淡いブルーが溶け合った、小さなオパールがひとつ。


『嬉しそうだな、甲斐かい


 心なしか、黒鶴くろづるさんもにこにこと嬉しそう。


「そりゃ嬉しいよ! 女の子にこんなプレゼントすんの初めてだもん!」


 来年は、もっと仲良くなって、もっと奮発した物が買えるといいな。


 と、うきうきしながら振り返ると、いつもよりどーんよりとした重苦しいおっさんが、ふらふらとお土産の海の中をさまよっている。


亀山かめやまさんも、ご家族に何か買われてはどうですか?」


 矢崎やさきさんが問いかけると、「いやー、いいんです~」と崩れたお豆腐みたいに頼りない返事。


「たぶん、僕はもう二人の中では生存してないことになってるんで……」


 色以上にヘビーなセリフを聞いてしまった。重いよおっさん!


 適当にお土産を手に取ってた折賀が、ほんの一瞬、ちらっと顔を上げておっさんを見た。


 生存認識されてない父親。

 亀山のおっさんと、笠松かさまつさんとの共通点がこんなとこに。


 折賀はまだ父親を知らない。

 いや、ひょっとしたら少しは勘づいてるのかもしれない。

 折賀と笠松さん。二人は目元や、ほんの少し笑ったときの口元がそっくりだ。


 そのとき、折賀がスマホを取り出した。

 電話がかかってきたらしく、耳に当てて向こうを向く。

 何かボソボソしゃべったあと、「は?」というひときわデカい声が聞こえた。


 やがてスマホを下ろし、しかめっ面で俺をにらむ。


 まさか、また緑と黒の鶴ばっか無意識に量産したのがバレた?

 それとも、美弥ちゃんのスプーンと俺のスプーンをこっそりくっつけて棚にしまったのがバレちゃった?


「母さんが、今日うちに戻ってくる」


 スプーンどころの衝撃じゃなかった。



  ◇ ◇ ◇



 大急ぎでアパートに帰宅。

 もう夜の十時過ぎだけど、折賀の話が本当だったとすぐにわかった。


「ヨシくん、おかえりー! 甲斐くんも、お疲れさまー!」


 今まで病院でしか会ったことがない美夏みかさんが、アパートの玄関先で折賀をぎゅうっとハグしてきた。


 部屋の奥から、さらに二人が顔を出す。美弥ちゃんと、それと。


「笠松さん」


 折賀が怪訝けげんそうな目を向ける。


 確かに、そこにいたのは笠松さんだった。

 おなじみの、体格のいいダークスーツ姿は、一週間前に会ったときより幾分かやつれて見える。


「ちょっと、二人に話したいことがあるんです。こんな時間だけど、いいでしょうか」


 そりゃ、聞くしかない。

 病院に続いて、俺はまたもこの二人の話を聞くことになった。


 でも、今度は折賀と美弥ちゃん、二人が一緒だ。



  ◇ ◇ ◇



「急なんだけど、今日帰宅の許可が出て。大慌てで帰って来ちゃった」


 俺と折賀の視線が、いっせいに笠松さんを刺す。美夏さんを外に出して大丈夫なのかと。

 少し困ったような顔で、笠松さんが答える。


「まあ、屋内でじっとしていてもらえれば、なんとか……」


「そうそう。仮に何かあっても、ここには能力者しか」


「うわっちいーー!!」


 美弥ちゃんがれてくれた紅茶のマグカップを折賀がはたき、俺の腕に茶色の雨を降らせた。


「お兄! 今の、手を滑らせたってレベルじゃないよー!」


「虫が飛んでたからついフックが出た」


 美弥ちゃんに向かって折賀がしれっと下手な言い訳してる間に、俺は台所で腕を冷やしてから上着を脱いだ。ジャージからジャージに着替えただけだけど。


 美夏さんは、不意打ちで大きく動揺すると周囲の人間を能力者ホルダーにしてしまう。

 ここにいる全員、この人の力を浴びて能力者になってしまったのだ。推測だけど。


 でも、美弥ちゃんだけはそのことを知らない。自分が能力者であることすら知らない。こっちは動揺すると家を壊しかねない。


 ごめんねー、あはは、という感じの顔で美夏さんが俺を見る。大丈夫かな。


「でね、近々退院もできるみたい。そしたらまた、みんな一緒に暮らせるよ」


「ほんと!? やったー!」


 美弥ちゃんが、手を叩いてはしゃぐ。


 よかった。叔父さんの影が不安だけど、何より美弥ちゃんが、それにたぶん折賀も喜んでる。

 六年もずっとバラバラだった家族が、やっとひとつになるんだ。


 ――その代わり、俺は出ていかなきゃ、だけど。


 どう考えても、このアパートに四人が住むのは狭すぎる。

 それに俺が居座ったら、親子の大切な時間が――


「でね。このアパートに五人で住むのは狭いから、いっそ一軒家に引っ越そうってことになって」


「五人?」


 美弥ちゃんが、はて、と首をかしげる。


「そ、この五人で一緒に住むの。いいよね。どうかな?」


「…………」


 俺たち三人は、順々に顔を見合わせた。


「お母さん、甲斐さんはわかるけど……ええと、なんで……?」


 美弥ちゃんの視線は笠松さんへ。


 俺が一緒に住むって、美弥ちゃんの中では確定事項なの?

 どうしよう。問題ありありなのに、単純に、すげー嬉しい。


「あーごめん、順番が逆だったね。お母さんね、この人と結婚することにしたの」


「え?」


「あ、また逆になっちゃった。この人ね、二人のお父さんなんだよ。今まで黙ってて、ごめんね」



  ◇ ◇ ◇



 俺がずっと抱えてきた秘密がさらされたと同時に、ガタン! と食卓が鳴った。


 折賀が、食卓を叩いて立ち上がった音だった。気持ちはわかる。


「なんで、ずっと」


 黙ってた。そばにいなかった。他人の振りをし続けた。

 短いつぶやきから、折賀の思いが今にもあふれそうだ。


「お母さん、ほんと?」


 美弥ちゃんが、父親と母親を交互に見比べる。


「うん、ほんと。苦情はちゃんと受け付けます。ほんと、ごめん」


 両手を合わせてごめんねポーズをする美夏さんに、美弥ちゃんは突然上半身をひねって抱きついた。


「よかったー! ほんとによかったー!」


 え、なんで?


「叔父さんが、ずっと前だけど、『僕がきみたちのお父さんだったらどうするぅ~~?』なんて言うんだもん。わたし、お母さんが叔父さんと並んで今みたいな重大発表する夢、見ちゃったことあるもん。正夢にならなくて、ほんとによかったー!」


「あはは、いい子だねー、美弥ちゃんは」


 頭をなでなでするお母さんの横で、笠松さんはひたすら「すみません」と頭を下げ続けている。


 折賀は、いったん出かかった叫びをぐっと喉の奥にしまい込んだ。


 

  ◇ ◇ ◇



3月4日


 翌日。


 美弥ちゃんを学校へ送ったあと、俺と折賀は大学へは出勤せず、片水崎かたみさき駅から徒歩十分ほどの所にある、新築一軒家の前に立っていた。

 横には、今や事実上の夫婦となった折賀の両親がいる。


「凄いでしょー。駅から近くて、日当たり良好。みんなで住むのにちょうどいいと思わない?」


 まさか、噂の一軒家がもう確定済みだったとは。


 美夏さんは、「きれーい」とはしゃぎながら靴を脱いで中に入っていく。折賀がそのあとについていく。


「あの、なんでほんとのことを言う気になったんですか?」


 ほんの一週間前、まだ秘密にしてほしいとお願いされたばかりなのに。

 家の周囲をぐるっと眺めながら笠松さんに聞くと、


「甲斐くんには、私たちのわがままに付き合わせてばかりで、本当に申し訳ないです」


と、心底すまなそうな答えが返ってくる。


「えーと、とりあえず、敬語はもうやめてもらっても……」


「あ、そうですね。じゃなくて、そうだね。堅苦しいのは、もうなしにしよう」


 照れたように笑う。温かい笑顔。

 これがきっと、父親にふさわしい顔なんだ。


 その顔が、破顔をやめたかと思うと、目元により厳しさを増した。

 折賀によく似た目で、折賀によく似たダークブルーが言葉を継ぐ。


「――全部、樹二みきじの指示なんだ」

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