CODE59 南半球海上にて・「首斬りヒクイドリ」を捕捉せよ!(3)
「え、ええと……パーシャ、でいいんだよね……?」
絶句した
少女の口から小さな音楽のようにこぼれ出た言葉は、ゆっくりでとても聴き取りやすい英語だったから、こっちからも英語で。
パーシャが答えるより先に、突如空気を破るような緊急通信。
『ボス、緊急です! ハーバーブリッジでダンプに追突されました! 私たちは無事ですが、後部座席にいた
「か、カメ??」
目の前のカメ、じゃなかった亀山のおっさんのとぼけたツラを見ると、パーシャがクスクスと笑いながら答える。
「このおじさんの代わりにカメを置いてきたのはわたしの知ってる人だけど、事故に遭ったのはわたしたちのせいじゃないのよ。貧乏神さんのせいじゃない? でも、ハーバーブリッジを渡ったところで別の人が待ってるはずだから、渡らなかったのはラッキーかもー」
わたしたち、って……。
思っていたのと違う。
俺たちは、パーシャが「アルサシオン」に監禁されて、無理やり
でも目の前の少女は、監禁どころか、まるで自分の意志で「
その『色』は、となりのおっさんのドロっとした色すら浄化してしまうような、淡い銀色。折賀のお母さんに近い色だ。
「なんでおっさんをここへ? 世衣さんたちを待ってる人って?」
疑問を早口でまくしたててしまってから、いやそれよりも先に聞くことあるだろ、と思い直す。
「きみは、ここで何をしようとしているの……?」
「質問多すぎー」
呆れたように左右に首を振り、さらりとした長い金髪が揺れる。
長いまつげ、柔らかそうな白い肌。九歳ながら、間違いなく美少女の定義に当てはまるだろう。
でも、どうやら「とらわれのお姫さま」ではなかったっぽい。
「このおじさん、見たものをたくさん記録してくれるんでしょ? 面白そうだから連れてきちゃった! このおじさん、これからもどんどんすごい
まるで確定事項のような言い方。
確かに、おっさんの
今まで女性のバスト周辺にしかピントが合ってなかった映像が、最近はヒップ周辺まではっきり映るようになってきたし。
『世衣たちは問題ない。二人はパーシャと亀山を連れ帰る任務に集中するんだ』
アティースさんの声。黙っていた折賀が、やっと口を開いた。
「パーシャ。俺たちはきみを迎えに来たんだ。一緒に帰ろう」
「帰るって、あのいやな場所へ? また、わたしを何もない部屋に閉じ込めるの? 一年前、わたしとリーリャを閉じ込めたときのように?」
「…………」
言い返せない。映像で見た無機質な施設内部と、あの嫌なシーウェルの顔が浮かぶ。
この子は、たった九歳にしてあの施設の暗部を知ってしまっている。
でも、俺が見てきたリーリャは、いつも輝くような笑顔だったのに。
折賀の中には、今どんな映像が浮かんでるんだ?
数秒置いて、折賀のかすれた声がようやく言葉を紡ぎ出した。
「俺には何もできなかった。今も、何ができるかわからない。それでも俺は、きみを守りたい。そのためにここまで来た。一年前ほどひどい目には遭わせないと約束する。だから、きみを守らせてほしい」
今まで、双子に関してはほとんど何も話してくれなかった。
これが、折賀の本当の気持ちなのか。
「……嘘つき」
え?
『色』に変化はない。でも彼女の声に、はっきりと
「わたしのこと、子供だからってバカにしてるでしょ。わたしが何も知らないと思ってるでしょ。
オリガの言うことなんか信じない。
だって、リーリャを殺したのはオリガなんだから!」
◇ ◇ ◇
今、なんつった? 誤解だよな?
でも折賀は否定しない。なんでだよ!
「オリガになんか、会わなきゃよかった。オリガの未来の予言なんかしたから、リーリャは死んじゃったんだから……!」
そういうことか。まだ八歳だったリーリャに、
でもリーリャの予言は、折賀を心配してくれたから、だったはず。折賀のせいじゃないだろ。どう言えば、この子に伝わるんだ?
「すまなかったと、思っている。何も知らずに、リーリャに予言をさせてしまったのは俺だ。だから、もうあんな結果にはしたくないんだ。このまま『アルサシオン』に使われていたら、きみだって――」
「わたし、リーリャの力が少し使えるようになったの」
とても九歳とは思えない落ち着きと、闇をはらんだような声で、折賀の言葉が
「
折賀の目が大きく見開かれる。
「その力を使うな! リーリャと同じことになるぞ!」
「見えちゃったから教えてあげるけど。オリガ、そのうち首を斬られるわよ」
なっ……
未来がわかる? リーリャと同じ予言の力?
首をって、まさか! 冗談だよな!?
「パーシャ、きみはまさかやつを――」
「まだ、事故があった場所はそのままよね? ハレド、まずそっちにいる四人、やっちゃって!」
少女の口から飛び出た、明らかに不穏な指示。四人って?
――まさか。世衣さんと
「世衣! 矢崎さん! 警戒してくれ!」
俺と同じ考えにいたった折賀の声が飛ぶ! 続いてアティースさんの声。
『四人は無事だ! 現場を離れ身を隠しながら移動している。たった今現場周辺の映像を確認した。「ハレド」は、「
◇ ◇ ◇
――
俺と折賀は顔を見合わせ、それぞれの首輪に手を伸ばした。
周囲へのカモフラージュや空港の保安検査対策として、普通のチョーカー型アクセサリーに模した俺たちの首輪は、ロックを外すことで幅を広げ首を大きくカバーすることができる。
すべては「
徹底して行われた被害者たちの検死結果から、「
どんな位置にどんな姿勢でいようとも、殺害対象とした相手の首に、全員同じ角度・同じ深度・同じ長さの裂傷を瞬時に与える能力。当然、通常の武器では不可能。
時速百キロを超える高速移動に並び、「首斬り」そのものがやつの
それを踏まえて、CIAの武器開発室で超特急で製作されたのが、この首輪。
超硬い金属で首を覆うことでやつの攻撃に対抗する。
理論上、十五回までは「首斬り」に耐えられるらしい。十六回以上同じ個所に検死同様の傷を負ったらアウト。
「超硬い金属」の正体は教えてもらえなかったので、アダマンチウム(仮)ってことにしとく。
「あの危険な奴に指示を出してるのか!? 今すぐやめさせろ! 自分が何を言ってるのかわかってるのか!」
さすがの折賀も声が荒くなる。
パーシャの表情は、ずっと固いままだ。
「わかってなくて悪い? オリガだって、わかってなくてリーリャを殺したんでしょ?」
「そうだ、でも今はわかってる!
「償い……」
ぽそっ、とパーシャがつぶやく。
色素の薄い大きな瞳が、オリガから、俺の方に移った。
「『あの人』からは、オリガとそこの人もやっちゃうように言われてるの。それで考えたんだけど、やっぱり順番はこっちが先かなあ」
小さな指が、俺の方を指さす。
「ハレド、対象変更。こっちをやっちゃって」
「パーシャ!」
折賀の怒声。同時に、風向きが変わったかのような、異質な音が
空気が
黒い何かが、高速でこっちへ飛んでくる!
「
折賀の叫びが消えるより先に、俺の体がいきなり浮いて空気を裂いた!
◇ ◇ ◇
飛んでる! いきなり投げられた!
折賀があんなに叫ぶなんて珍しいな!
あ、海が見える!
すげえ青だ。船があちこち走ってる。俺たちがさっき乗ったフェリーに、観光用の白いボートに、あともっと小さいボートは水上タクシーっていうらしい。
また加速した! さらに高い!
視界の隅っこに真っ白なオペラハウスが見える。あの建物、形わかりやすいからいい目印になるな!
じゃねえぇー! シドニーの海に散るなんてごめんだあぁーッ!
眼下が緑になった。樹が
あ、ゴンドラが動いてる!
中の何人かが俺の方を見たあとで、ゴンドラが大きく揺れた。危ないから揺らさないでー!
思わずにこやかに手を振ったあと、俺の体はそのまんま木々の中へと吸い込まれていく。つまり、落ちてる!
「折賀ぁー! 落ち――」
上空で、何かが高速でぶつかりあうのが見えた。色は、黒と茶色。
折賀とやつが激突した!
パーシャの言葉。折賀はそのうち首を斬られる!
「ダメだ! 折賀! 戦うなーッ!」
そのままバサバサバサとせわしない音を立てて、大量の葉っぱをまき散らしながら、見知らぬ場所へと落下した。
キンッ! という甲高い衝突音が、遠くから聞こえたような気がした。
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