Ⅱ 「コード・ガンドッグ」、始動!

ミッション:イギリス・ソールズベリ―平原

CODE23 セールスマンのおっさんをストーンヘンジに登らせない方法(1)

1月20日


――甲斐かい健亮けんすけ・「オリヅル」加入26日後――



 俺は生まれて初めて外国へ来た。


 観光したいし、現地のうまい食べ物も食べてみたい――が、残念ながらそんなヒマはない。


 俺たちの前で、大勢の人間の好奇の目にさらされながら助けを求めている、ひとりの可哀想な「能力者アビリティ・ホルダー」。彼をなんとかしないといけないからだ。


 一応ここは観光地。

 地平線までの視界すべてを覆いつくす、だだっぴろい緑の平原は、日本ではまずお目にかかれないだろう。

 どこまでも続く平原のはるか遠くで、のんびり草をんでいる牛や羊が点在する風景と、この場の緊迫した空気とのアンバランス具合が絶妙だ。


 この緑の平原に不釣り合いな、異彩を放つ巨石群。

 かの有名な「ストーンヘンジ」。


 直径ほぼ百メートルのサークル上に配置された立石群と、その上にところどころに渡されている横石群。

 円系と呼ぶにはかなり欠けているけど、昔は神殿のごとく完璧な円形に建てられていたらしい。


 建てられた目的は、天体観測だとか祭壇だとか諸説あるらしいが、今はどうでもいい。

 今肝心なのは、この遺跡と周辺の構造。地理情報。


 そして、なぜこの「能力者ホルダー」が、高さ五メートルほどの立石の上に渡された横石の上に座り込んで、泣いているのか。その理由だ。


「あーあ、めっちゃ悲嘆にくれてるよ……。やっぱあの人、純粋に困ってるだけみたい」


 百メートルほど離れた場所から、俺と折賀おりがはその人を観察した。

 ストーンヘンジ周辺は警察以外近づけないようにしてあるが、さえぎるもののない広大な平原ゆえに、話題の「ストーンヘンジ上のセールスマン」を一目見ようとやってくるヤジ馬勢があとを絶たない。


 ちなみに「セールスマン」というのが、「オリヅル」がこの人に与えたコードネーム。そのカッコ悪さまでもが気の毒だ。

 俺のコードネーム「甲斐かいけん」といい勝負かもしれない。

 甲斐犬自体は別にカッコ悪くないけど、なんというか、ネーミングセンスがね……。


「二日前にいきなり発現して、それ以来一睡もできていないらしい。マスコミにさらされ続けて私生活もほぼ壊滅。泣きたくもなるだろうな」


 折賀の声は、こんな気の毒な人を前にしても冷静だ。

 俺と違って、やつは突然力を発現してしまった能力者ホルダーの「捕獲任務」に慣れている。



  ◇ ◇ ◇



最速の黒い猟犬ブラック・ガゼルハウンド」とかいう、ちょっとカッコいいコードネームを与えられた折賀は、「捕獲任務」中は一応、俺の相棒ってことになるらしい。


 上司が「猟犬コンビツー・ハウンズ」なんてコンビ名まで勝手にCIA本部ラングレーに報告してたので、「こんな乱暴なやつとコンビ組みたくないです」と異を唱えたら、おなじみの白金色プラチナブロンドの髪をさらっとかき上げながら、いかにも面倒くさそうな顔でこう返された。


「じゃあ童貞コンビと呼ぶ」


「もっとヒドイ!!!!」


 せめてジャージコンビって呼んで! お笑い芸人みたいだけど!


 そう、俺たちは任務中こんなときも変わらずジャージなのだ。

 今の季節はさすがに薄手のロングコートを羽織ってるけど、その下は黒とグレーのいつものジャージ。どんだけジャージ推しなんだよ。


 いつもと違う点といえば、折賀の靴。

 時速七十七キロ超えでいきなり走り出してしまうこいつのために、CIAの武器研究室がわざわざ「折賀スペシャル」を開発してくれた。

 重量と強度を徹底的に折賀向きにカスタマイズされた、軍人が履くような半長靴はんちょうかだ。

 これを履かないと、たぶんこいつは任務のたびに裸足で帰ることになる。


 それからいつもの首輪。勝手に外すと電気が流れる、とかいう設定も変わらず。

 これが俺たち二人の出張任務スタイル。


 ……美弥みやちゃんには見られたくないな。特に首輪……。



  ◇ ◇ ◇



 イギリス・ソールズベリー平原にそびえたつ有名な観光遺跡「ストーンヘンジ」に、勝手に登る不届き者がいる、というニュースが流れたのは昨日のことだ。


 日本では夕方のニュースやSNSで軽く扱われた程度だが、現地の国民が受けた衝撃は計り知れない。すぐさま一帯が封鎖され、報道規制の対象となった。

 間もなく、「どうやら超常現象がらみの案件らしい」ということが発覚し、調査要請がCIA本部ラングレーを通じて「オリヅル」に回ってきた。


 イギリスにも、情報組織やオカルト研究機関はあるはずだけど。

 そこは上層部うえのひとたちの都合か、もしくはアティースさんの日ごろの根回しの成果かもしれない。


 不届き者ことコードネーム「セールスマン」の名前は、チャック・ガーランド。

 スマホなんかを売ってるセールスマン、三十一歳。


 このチャックさん。

 どういうわけか、何度警察が石から下ろしても、パトカーに乗せて連行しようとしても、いつの間にか石の上に戻ってきてしまうらしい。

瞬間移動能力テレポーテーション」の持ち主じゃないかと推測されている。


 なぜ、よりによってこんな目立つ場所にテレポートを繰り返してしまうのか。

 本人がいちばんわけわからず、石の上でやけになって泣き言を言い続けている。早くなんとかしてやらないと。


「もう一度、検証結果を整理すると」


 俺たちの背後から、世衣せいさんが声をかけた。

 今回の出張任務には彼女がついてきてくれている。


「遺跡から離しても、本人の前方に向かって移動し続けている間はテレポートしない。本人から見て前方であれば、方角は問わない。一度でも動きが止まると、その瞬間遺跡に戻る――ってことだよね」


「せめてソールズベリーのセーフハウスまで連れていければいいんだけどな。乗り物に乗せて移動するのはダメだ。途中停止しなければならない要因がいくつもある。乗降時、信号、渋滞、歩行者待ち、不意の飛び出し……それから『アー』の襲撃」


「甲斐くん、『アー』のメンバーか『番犬ガード』らしき人物はまだ見てないんだよね?」


 意見を出しあっていた世衣さんと折賀が、いっせいに俺を見る。そんな期待されても。


「見つける努力はするけど。二人とも、今この平原にどんだけの人間が集まってきてると?」


「「がんばれ」」


 無責任にハモんな。

 ほぼ透明に近い「番犬ガード」と、まだ二人しか見たことない「アー」の人間を捜せとか。普通に無理ゲーすぎる。


「コーディはこんな使い道なさそうな能力者ホルダーなんて捕獲しないと思うぞ。売っても金にならねーし」


「私もそう思うけど、警戒は続けてね」


 さて、チャックさんをどうするか。

 一瞬でも停止・後退をしたら即「ふりだしにもどる」ので、折賀の言うとおり、緊急車両やヘリも含めてすべての乗り物が却下。

 ずっと難しい顔をしていた折賀が、意を決したように声を上げた。


「ひとつ、策がある」


 嫌な予感しかしない。


「俺が彼の向きを固定したまま投げて、追って、落下前に拾ってまた投げる。それを繰り返す」


 俺はすぐさま口をはさむ。


「やめろ。タイミングあわなくて絶対落とす。グロい転落死体を生み出す気か」


 折賀、ひるまず続ける。


「甲斐を使った特訓ではほぼ成功するようになった。この平原なら、一投げで百メートルは稼げる」


「二人でそんな楽しい特訓してたわけ? 今度やるとき呼んでよ」


「大学で、地面から甲斐を投げて屋上でキャッチできるようにもなった」


「それまで俺が何回壁に激突したと? それにまたアティースさんに怒られて、帰国後に『六連ろくれんづくえ』につながれるだけだと思うけど」


 案の定、俺たちの会話を聞いていたらしいアティースさんから通信が入った。


『世衣、甲斐。命に代えても美仁よしひとのアホな発案をやめさせろ。空飛ぶビックリ人間ネタでSNSをバズらせる気か』


 折賀が背負って、地道に徒歩で運ぶことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る